会津八一 山光集・榛名(十八首)
                               昭和十五年六月
  六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す            
  三日榛名湖畔にいたり旅館ふじやといふに投ず                
  宿の主人心ありて高山の植物多く食膳にのぼる


山光集    「昭和15年6月から昭和19年4月に至る4年間に詠まれた246首。
        戦争時代を色濃く反映した作品も含まれる。戦中、戦後の価値観の
        転換により3度出版され、歌の取捨が行われている」
榛名     「群馬県の中央部にある山。赤城山、妙義山とともに上毛三山と
        呼ばれる。山頂部には東西に長い長円形のカルデラがあり、
        その中に榛名湖がある」
吉野秀雄   「1902年ー67年。群馬県高崎市生まれ。慶大中退。アララギ派の
        作風に強い影響を受けたが、会津八一の南京新唱に感動し師事、
        唯一の門弟となる。作品に“苔径集”“早梅集”“寒蝉集”“良寛
        和尚の人と歌”“秋艸道人會津八一”“鹿鳴集歌解”」
多胡の古碑 「群馬県高崎市吉井町池字御門にある古碑(金石文)」
伊香保    「群馬県渋川市伊香保町、ここでは伊香保温泉のこと」
10首

 6首

 2首

注2
 山光集について宮川寅雄は以下のように書く。(昭和46年出版・山光集、解説より)
 「・・・醜い、無惨な戦争に、拒絶の術もなく、時にはひきまわされ、時にはさいなまれ、その歌にさえ、それを投影しないではおれなかったのである。
 しかし、それは、総体的日本人の歴史的宿命でもあった。そして、會津八一もまた、その思想の質を、それによって冷厳に問はれ、試されたのであった。かれは軍国主義やファシズムには無縁ではあったが、国家の伝統の伝説には弱かった。『山光集』に、それをまざまざと見とることができる。しかし、かれは、その陥穽に対して、微妙に警戒を怠らなかったことも汲み取るべきだろう。
 『山光集』には、一部の、戦争の投影を除けば、そこには、平常の、美しい人・會津八一がいる。・・・

                                        会津八一の歌 索引
1 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第1首)
    たまたまに やま を し ふめば おのづから
                 やま の いぶき の あやに かなし も   
歌の解説
2 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第2首)
    やまつつじ うつろふ なべに おにつつじ
                 もゆる たをり に のぼり いで に けり 
歌の解説
3 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第3首)
    この をか の うめ の ふるえだ のび はてて 
                 なつ に か むかふ きる ひと なし に      
歌の解説
4 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第4首)
    みはるかす のら の いづく に すむ はと の
                 とほき つづみ と きき の よろしき 
歌の解説
5 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第5首)
    とね いまだ うらわか からし あしびき の 
                 やま かたづきて しろむ を みれば 
歌の解説
6 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第6首)
    たなぐも を そがひ に なして あまそそる
                 あかぎ の ねろ は まなかひ に たつ 
歌の解説
7 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第7首)
    むらぎもの こころ はるけし まなかひ に 
                 なつづく やま の そき たつ を みて   
歌の解説
8 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第8首)
    あかぎ ね の をちかた とほき やまなみ に
                 ふたら さやけく くも の よる みゆ   
歌の解説
9 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第9首)
    かみつけ の くに の かぎり と たつ くも の
                 ひま にも しろき ほたかね の ゆき   
歌の解説
10 六月一日吉野秀雄の案内にて多胡の古碑を観たる後伊香保にいたり
  千明仁泉亭に入る翌二日裏山の見晴に登り展望す(第10首)
    かみつけ の そら の みなか に かがよへる
                 くも は しづけし いにしへ も かく 
歌の解説
11 三日榛名湖畔にいたり旅館ふじやといふに投ず(第1首)
    いたり つく やま の みづうみ おほなら の
                 ひろは ゆたけく かげろへる かも 
歌の解説
12 三日榛名湖畔にいたり旅館ふじやといふに投ず(第2首)
    なら の は は いま を はるび と わが たてる
                 つか の あひだ も のび やま ざらむ
歌の解説
13 三日榛名湖畔にいたり旅館ふじやといふに投ず(第3首)
    はるやま の なら の わかば に なく せみ の
                 くぐもりて のみ わが よ は をへむ 
歌の解説
14 三日榛名湖畔にいたり旅館ふじやといふに投ず(第4首)
    おほなら に こなし さき そふ みづうみ の
                 きし の いはほ に つる は なに うを 
歌の解説
15 三日榛名湖畔にいたり旅館ふじやといふに投ず(第5首)
    しろがれ に かれ たつ かや の なか にして
                 つつじ は もゆる みづうみ の はて に 
歌の解説
16 三日榛名湖畔にいたり旅館ふじやといふに投ず(第6首)
    きし ゆけば あさ の まさご に おほき なる 
                 こひ しにて あり やま の みづうみ 
歌の解説
17 宿の主人心ありて高山の植物多く食膳にのぼる(第1首)
    あつもの の うけら も をしつ みづうみ の 
                 やど の あさげ は のち こひむ かも 
歌の解説
18 宿の主人心ありて高山の植物多く食膳にのぼる(第2首)
    うけら にる やど の くりや は かむさぶ と
                 をとめ が かみ も わわけ たり けむ
歌の解説
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