4月の終わりに 2016・4・30(土)
 4月は美しい花が次々と咲いて楽しく過ごした。課題だった「谷岡経津子・紹介」もなんとか完成させた。親切で人懐っこい谷岡博物館館長を紹介したくて書いた。
 読みかけの本も読了し、なんとなく満足感があったが、転んで右手親指の靭帯を損傷したことは予想外だった。一か所の怪我で大事なことがほとんどできないのは大変である。幸い完治したので今後は気を付けようと思っている。しかし、年齢からくる不安定感は否めない。
谷岡経津子7(完)・そらんぽ四日市 2016・4・29(金)
 「四日市博物館・プラネタリウム」と「四日市公害と環境未来館」を総称する「そらんぽ四日市」という名前は、来館者より名前を募集してその中から選んだという。「そら(空)」と「さんぽ(散歩)」を組み合わせた造語で、そらは青空を取り戻した四日市などをイメージし、さんぽは各施設を巡って学んでほしいとの思いを込めたという。なかなかいい名前だが、まだなじんでいない。
 谷岡館長はある場所でこんな発言(平成19年)をしている。
 「 今まで考えられないような非常識が常識になっている、そのぐらい世の中は変わっているんだということを私はつくづく実感します。例えばメディア映像ですね。ITの映像でも思わぬ映像が飛び出す。それがやはり若者に受ける・・・」この心根と親切な人柄が支える四日市博物館・プラネタリウムの発展は間違いないと思う。
 4月の四日市の広報にはプラネタリウムの観覧引換券が付いていた。四日市市の努力も実感する。ぜひ、みなさんも出かけてほしいと思う。
 最後に「当日(3月6日)博物館前は、ハトがいっぱいだったね」という同級生M(四日市)の俳句を引用して終わりたい。
      博物館前園庭にて
            長閑けしや 銅像の頭に 鳩遊ぶ  


                          谷岡経津子・全文(4・29)
我が家の花・あーちゃんと写す 2016・4・28(木)
 北隣の家の長女・あーちゃんは小学3年生、素空の孫・将周と同年だけどとても大人びていてしっかりしている。というのはあーちゃんには妹1人と弟2人がいるからだ。いつも下の子たちの面倒を見ている。
 3年前にくるみと遊んだ頃は子供子供していたが、今では可愛い少女になった。右隣の家の前まで出張している我が家の花と一緒に写真を撮った。
 花はパンジー、ビオラ、スノーポール、ユリオプスデージーなど。
  

                    鉄道館から藤・ノブ君ハイキング(4・28)
小園・第7首(會津八一) 2016・4・27(水)
 折りにふれてよめる(第2首)                    解説
   さき ををる もも の したみち ひたすらに
              くだち も ゆく か よる の をすぐに 

 伊邪那岐(イザナギ)、伊邪那美(イザナミ)の神話を知らないとわかりにくい。解説を参照して!
我が家の花・テッセン 2016・4・26(火)
 我が家に今(4月24日)咲いている花は40種ほどある。なかでもしばらく前から咲き始めた白色のテッセンは美しい。毎朝切り花にしているが、もう100本ほど切った。
 テッセンとの出会いは亡父が庭で育てていた紫のテッセンだ。父の思いが残ったのか我が家の裏のフェンスには数mにわたってテッセンの蔓が伸び、毎年秋まで咲いてくれる。
 父が亡くなった時の会葬御礼のパンフには母の歌を載せた。
      亡き夫が植ゑしてっせん花咲けば
                  花にもわれは物言いにけり

 亡くなった母のノートには沢山の歌がある。その中から、てっせんと夫を詠ったものを以下に書き出した。
  亡き夫が買ひ置きし肥料をてっせんに良き花咲けと今日もほどこす
  在りし日に夫のはぐくみしてっせんは今年もつぼみふくらみそめつ
  つぎつぎとてっせん咲きて羨しや亡き夫これを我に残しし
  下葉枯れし木を見あぐれば紫こきてっせん一本秋風に咲く

    
   
             テッセンの写真へ
枕草子(六十段)・暁にかへらむ人は 2016・4・25(月)
 一夫多妻、通い婚の平安時代、朝帰る男の姿を描写する。女の立場から理想的な帰り方とそうでない場合を書いている。
 女に朝起こされ、衣装などは乱れていても名残の言葉を言い、別れている昼の間の気がかりなども語って去っていく姿が素晴らしいと言う。
 高校時代には絶対学ばない段である。その頃受験用に読んだ枕草子を今読みすすめると違った世界が広がってくる。  原文と訳(60段)
谷岡経津子6・博物館館長 2016・4・24(日)
 多忙な方なのに彼女はとても親切である。年下である私たち同級生の仲間を分け隔てなく尊重し、もてなしてくれる。
 そんな館長のことを同級生O(三重)はこう書いてきた。
 「初対面の私にも、笑顔で接してくださり、なんとも親しみのある方で、館長という硬いイメージを取り払ってくれた。
 夫があれからプラネタリウムに星空を見に行きました。星空見上げるのもええなあ~と満足した様子です

 今回の博物館行きには参加できなかった同級生F(三重)はこう言う。
 「谷岡館長、会ったのはもう半年以上も前だった。その時は、以前から知り合いのように話をして下さった。親切な説明があり、パンフレットをたくさんもらったね
 博物館は平成5年11月1日開館。「伊勢湾(うみ)と鈴鹿山脈(やま)のある四日市の文化と生活環境」を基本テーマに四日市の歴史と文化を紹介する常設展示、郷土を代表する作家・丹羽文雄の事績を展示する丹羽文雄記念室に加え、多種多様な企画展や教室等、そしてプラネタリウム。
 平成27年3月21日にリニューアルオープンしたプラネタリウムは世界で一番たくさんの星を写しだすことができる最新プラネタリウムである。
 また、同じ日に「四日市公害と環境未来館」が博物館の1~2階にオープンし、「博物館・プラネタリウム」と「四日市公害と環境未来館」の各施設を総称する名前を四日市市は「そらんぽ四日市」と決定している。
ごあいさつ(朝日新聞・いわせてもらお) 2016・4・23(土)
 若くてきれいなおねえさんが好きな次男(4)。試しに「もし、ママがいなくなり、かわりに若くてきれいなおねえさんが新しいママになったら、どう思う?」と聞いてみた。少し考えてから、「お世話になりました」と、私に向かって頭を下げた。    (東京都足立区・ママは死にましぇん!・38歳)

 
即答でなく、少し考えたところがにくいね。大きくなって、「若くてきれいなおねえさん」を恋人にしましょう。
ダイエット 2016・4・22(金)
 仲間のグループメールにこう書いてあった。
 「有酸素運動、数か月(もう半年くらいかな)前から始めたインターバルエアロバイクで体重2.5kg減・・・
 その努力に頭が下がる。減量おめでとうと思いながら、自らの体重の増減を思い出した。
 深酒でヘビースモーカーだった30代、毎朝気持ちが悪いので禁煙に踏み切った。苦しかったが実行したら食事が美味しいし、食べる量が増えて1年で約10㎏増加した。その後、血糖値が高くなったので酒を止めた。酒だけは絶対止めないと禁煙した時に思っていた。身体にどうのこうのではなく、素空の頭の中では酒は同僚であり、ある意味文化だった。
 その禁酒(10ヶ月)で8㎏減量した。しかし、酒の種類を選び、多飲を避けて飲めば他のことに有効とあったので飲み始めたら、2年ぐらいで2㎏増えた。以前の禁酒でズボンのウエストは全部縮めたのでこれ以上は太れない。こんな理由でも血糖値を下げる方法にはなる。 
小園・第6首(會津八一) 2016・4・21(木)
 折りにふれてよめる(第1首)                    解説
   あり わびぬ ほとけ いまさば をろがまむ
              やむ と しも なき よる の まくら に

 病身の八一が仏にすがると詠む。弱音を吐かない八一には珍しい。

          緑地公園の藤・くるみ(4・19)  みさきちゃん・くるみ(4・11)
「共振・西山厚(4・18)」へのメール 2016・4・20(水)
 奈良で活躍する友人・鹿鳴人から、「共振・西山厚」のブログに以下のように感想と説明があったので転載する。
 「素空の部屋で、西山先生のことを読みました。よくまとめてありますね。奈良国立博物館の館長になられるかなと思っていたけれども、いまは帝塚山大学の教授となっています。以前にも増してのびのびと、学生を教えられるほか、執筆活動や講演活動や案内同行など活発に活動されています。彼は徳島生まれで、伊勢育ち、お父さんが皇學館大學の教授でした。高校まで伊勢に育ち、大学から大学院は京大。奈良博では、東京や文化庁など行かず、ひたすら奈良におられました。学者一筋で、博学で何でもこなし、素人でもわかるようにやさしく話し楽しませる話術はさすがです。
 一度明日香で紹介した上野誠先生(奈良大学教授)と西山先生は今の奈良の双璧と思います。最近春日大社の権宮司をやめて活動を始めた岡本彰夫さんも大変人気のある人です。むつかしいことをわかりやすく、そして楽しく教えられるのは3人の共通した良いところだと思います
共振・西山厚 2016・4・18(月)
 長年、奈良国立博物館学芸部長を務めた西山厚・帝塚山大学教授の本「語りだす 奈良 118の物語」に「共振」という文がある。「共振という現象がある。振り子を揺らすと、同じ長さの振り子は、触ってもいないのにやがて揺れ始める。私は、他者の悲しみに強く共振する
  彼の専門は日本仏教史。仏教を中心に、人物に焦点をあてながら、日本の歴史・思想・文学・美術を総合的に見つめ、執筆し、生きた言葉で語る活動を続けている。何年か前に津で講演を聞いたことがある。
 彼は言う。「病気や障害の人、悲しんでいる人、苦しんでいる人に、親近感をもつ。全く何の力にもなれないのに・・・」「・・・聖武天皇の苦しみ、光明皇后の悲しみに心ひかれる」それらを共振と言い、大切にしていきたいと語る。彼の言葉に共感し、ともに共振していきたいと思う。
 とても感じた以下の言葉も紹介する。
 「私は小さい生き物が好きだった。トンボ、セミ、カマキリ、バッタ。・・・私は強いもの、大きいものが嫌いだった。健康であるがゆえの無神経さや、多数であるがゆえの無自覚さに違和感を覚えていた」「私はマイノリティ(少数派)であることをいつも感じていた
 そして最後に締めくくる。「苦しみや悲しみからしか生まれてこないものがある。私はそういうものを大切にしていきたい

               (明日第3火曜日は独り言を休みます)
     珈琲庭・桜(菰野)ー友人宅(潤田)-
          モノマニアー緑地公園ーカインズー兄と夕食
心臓手術(朝日新聞・いわせてもらお) 2016・4・17(日)
 夫(71)が心臓病で手術をした。学生時代のお友達から「大丈夫か?」と電話。「うん、手術したら、心がきれいになったよ」と夫。「ホンマかー。もうちぃと、早うしてもらやぁ、よかったのに」
         (広島市・お友達に座布団3枚あげたい妻・67歳)

 「お友達に座布団3枚あげたい」と投稿した妻さんにも座布団。
谷岡経津子5・高校、大学 2016・4・16(土)
 彼女は津高校から三重大学に通った。卒業後、四日市大学短期大学部を経て四日市大学教授、2012年四日市博物館館長に就任、2015年四日市大学名誉教授の称号を贈られた。
 津高校のTさん(愛知)の同級生で、彼にはスキーやゴルフでお世話になり、その関係で彼女と面識ができた。

 Tさんの奥さんが素空の同級生で仲良くしており、彼女を中心にここのところグループで四日市博物館を訪問してきた。その奥さん・Hがグループメールで以下のように言ってきた。
 「谷岡さんの、あの人懐っこい笑顔と心配りには参ります。私達が四日市博物館へ到着するころ、ロビーで待っていて下さったのには驚きました。その時、手には特大サイズの絵本があり、“ここで子どもたちが一杯来て読んでいってくれるのよ~”と満面の笑顔。誰もが彼女の魔法にかかってしまいそうです。“今日は小学生の団体来館者があるからこの服を着てきました”と、子ども受けしそうなドレス。子ども達の来館を心から喜んでいるのが伝わって来ました。
 ノリタケの森ギャラリ-で5月17日から22日まで開催の展覧会には、またみんなで行きましょう
小園・第5首(會津八一) 2016・4・15(金)
 仏伝をよみて                              解説 
   みほとけ を やどし まつりて くさ の と の
              あかつきやみ に かしぐ かゆ かな

 伝記にでてくる貧しい人が釈迦をもてなす姿を詠む。
靭帯損傷 2016・4・14(木)
 月曜日の夕方、工事中の道路のわずかな段差に足を取られて転び、右手から落ちた。なんともなかったのだが、深夜になって親指が痛くなり眠れなかったので翌日医者へ。レントゲンの結果、骨折はしていなかったが、親指の付け根の靭帯が損傷しているという。「ああ、骨折でなくて良かった」というと「安心してはいけませんよ、大事にしてください」と医者が言って、鎮痛用の湿布をくれた。完治には最低2週間必要という。
 痛みも引き、親指を動かさなければ痛くない。しかし、親指を動かせないとほとんどのことができない。字が書けない、箸が握れない、彫刻刀ももちろん使えない。スキーのシーズンは過ぎたので、ストックを握る必要はなくなったが、来月約束したゴルフのクラブが握れるかどうか心配だ。
 倒れた様子がスロービデオを見ているみたいだったと連れ合いがケラケラ笑うが、素空ができないことはすべて連れ合いがすることになった。
枕草子(五十九段)・河は 2016・4・13(水)
 心動かされる河(川)について述べる。詠まれた歌や川の名から感想を書いている。根拠とした歌を二首書いておく。内容は下記の訳を参照。
 飛鳥川
  世の中は何か常なる飛鳥川 きのふの淵ぞ今日は瀬となる(古今集)
 天の川原
  狩りくらし七夕つ女に宿借らむ天の河原にわれは来にけり
                                (古今集・在原業平)
 (五十九段)
 河は、飛鳥(あすか)川、淵瀬(ふちせ)も定めなく、いかならむとあはれ也。大井河。音無(なし)川。水無瀬川(みなせがは)。
 みゝと川、又も何事を、さくじり聞き(きゝ)けんとお(を)かし。たまほし川。細(ほそ)谷川。五貫(いつぬき)川、沢田(さわだ)川などは、催馬楽(さいばら)などの思はするなるべし。
 名取(とり)川、いかなる名を取(とり)たるならむと聞(き)かまほし。吉野川。天(あま)の川原(かはら)、「たなばたつ女(め)に宿からむ」と、業平がよみたるもをかし。

 河については、飛鳥川が、歌によれば、淵がいつ速い流れの瀬になるか分からないという、一体どのような河なのかと思うとしみじみとした趣がある。大井河。音無川。水無瀬川。
 耳敏川、これもまた何事をほじくり聞き出したのだろうかと思われて、面白い。玉星川や細谷川。、五貫川、沢田川などは、催馬楽などを思い起こさせる。名取川は、いったいどんな評判を立てられたのだろうかと聞いてみたくなる。吉野川。天の川原は、「たなばたつ女に宿借らむ」と、在原業平が詠んだのも面白い。
仲間?(朝日新聞・いわせてもらお) 2016・4・12(火)
 犬の散歩でよく出くわす犬が、私の犬には目もくれず、いつも私に擦り寄ってくる。「この子はイヌよりヒトが好きなんです。自分をヒトと思っているらしいんです」とご主人。私はギクッとした。ひょっとして、私がイヌに見えているんじゃないかと。
       (埼玉県入間市・どちらかというとネズミ顔・74歳)

 我が家のくるみも犬より人が好き、自分を人間と思っているのだと解釈していたが、実は人は皆、犬に見えているのかも。
人の性格 2016・4・11(月)
 しばらく見なかった知り合いが女性に手助けされてゆっくりと公園を歩いていたと知らせが届いた。たぶん、脳卒中で倒れたのだと思うが、聞くところによると弱々しい語り方で不明瞭なところもあるという。この人は元気な時、自分勝手で
知り合いの間では嫌われている部類に入る。
 最近たびたび現われ、おとなしい態度だったので、連れ合いなどに「親切にしてあげなさい」と言っておいた。ところが電話がかかってきて「脱会するから会の入会金を返せ」と小さい声で言う。この人は会に入っていなかったので断ると「警察へ行く」と大声で捨て台詞を残して電話を切ったので唖然とした。もちろん、警察には行ってないが、人の手助けがいるようになっても持ち前の性格は変わらないのだということだ。
 人は時間と境遇で変わるものだと思っていたし、とりわけ年を重ねた今はだれとでも仲良くしたいと思っている素空にはショックな出来事だった。人はそれほど変われないものなのかな? 
小園・第4首(會津八一) 2016・4・10(日)
   ひびき なき サジタリアス の ゆみ の を の      解説
              かど の かれき に かかる このごろ

  サジタリアスとは射手座のこと。八一は天文学に造詣が深い。
谷岡経津子4・光風会、日展 2016・4・9(土)
 画家・谷岡経津子は光風会会員、日展会友である。ここで光風会と日展について書いておく。
 光風会とは白馬会(1896年・明治29年に黒田清輝と久米 桂一郎を中心に結成)解散後、白馬会に出展していた7人が1912年・明治45年に設立し、その後ほぼ毎年公募展を開き、日本の絵画をけん引してきた。現在は工芸部門もある。
 光風会理事長・寺坂公雄は、「私共は春がきて無意識に咲いた野の草花のようだ……隠れた無名の花を紹介する廣い花園を開拓した」(1912年の設立趣意書)を引用し、この精神と志を受け継ぎ後進を育てたいと言う。
 日展(日本美術展覧会)は1907年・明治40年に官展として出発した文展(文部省展覧会)の流れをくむ。文展は、帝展、新文展と名をかえ、敗戦後の1946年・昭和21年に文部省主催による日本美術展覧会(日展)として再出発した。日本を代表する展覧会で、日本画、洋画、彫塑、美術工芸の4部門がある。毎年秋の東京展には約1ヶ月で16万~18万人が来場する大きな展覧会である。
 こんな画家(四日市博物館館長)のことを前述の同級生Mはこういう。
 「(3月6日は)ロビーで館長さんが、待ち受けてみえましたよね。いつもおしゃれで、依然お会いした時は素敵な帽子をかぶってみえました。話すテンポが速く、話題も豊富な方です。館長さんがお似合いですね。見学の私たちを、ずっと前からの知り合いのような親しみをもって、もてなして下さいました
愛妻家(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2016・4・8(金)
 夫(80)の知人男性は愛妻家と評判。我が家でベロベロになるまで飲んだ後も「母ちゃんが待っているから帰る」と言うので、私の運転で夫と送っていった。ところが、知人の家には鍵がかけられ、中も真っ暗。仕方ないのでそのまま戻って我が家に泊めた。

             (千葉県柏市・恐妻家だったらしい・76歳)

 若いころは大酒飲み、連れ合いは怖かったけどベロベロで帰っても家には入れてくれた。

日録 20世紀(1934・昭和9年) 2016・4・7(木)
 1934年のグラビアは
  ◦「 室戸台風」襲来!
  ◦ 初のプロ野球「大日本東京野球倶楽部」結成
  ◦ 大スキャンダル!「春峯庵」贋作事件
  ◦ 中国紅軍「大長征」と”毛沢東の闘い”
 室戸台風、子供のころよく聞いた名前だ。約3000人の死者・行方不明者を出し、枕崎台風(1945年)、伊勢湾台風(1959年)と並んで昭和の三大台風とよばれる。この室戸台風で台風への対策が整備されたが、それでも伊勢湾台風は約5000人の死者・行方不明者を出している。
 大日本東京野球倶楽部は今の巨人のこと。対抗するプロ球団は1年間存在せず、米国遠征などをしていたという。
 「春峯庵」(しゅんぽうあん)贋作事件は、肉筆浮世絵の大規模な偽造事件で、浮世絵商、表具屋、大学関係者、出版業者がかかわった。この事件のことは初めて知った。
 春峯庵なる旧家の所蔵品という触れ込みで東洲斎写楽、喜多川歌麿などの肉筆浮世絵の入札会が開かれた。大変な注目を集めたが、やがて全てが贋作であることが発覚した。また、美術史研究の権威だった笹川臨風が、作品の推薦文を書いたことで詐欺の共犯容疑として警察に勾留され、学者生命を絶たれている。
 この浮世絵を模写した表具屋・矢田一家の矢田金満(かねみつ)は16歳だった。天才少年と脚光を浴びたが、過労から18歳で死んでいる。
枕草子(五十八段)・滝は 2016・4・6(水)
 滝について書いている。冒頭の音無の滝と最後の轟の滝が対置しているのが面白い。解説書によるとこの轟の滝の所在はわからないと言う。滝の感じから言えば何処にでもある滝のように思うけど。
 (五十八段)
 滝は 音なしの滝。布留(ふる)の滝(たき)は、法皇の御覧じにおはしけむこそめでたけれ。那智(なち)の滝は熊野にありと聞(き)くが哀(あはれ)なり。とゞろきの滝は、いかにかしがましく、おそろしからん。
 滝は、(紀伊の)音無の滝が良い。(大和の)布留の滝は、法皇がご覧になるために出かけられたことがある素晴らしい滝だ。那智の滝は、霊場熊野にあるときくのでしみじみとした趣きがある。轟の滝は、その名から、どんなにかやかましく、恐ろしい滝なのだろう。
一所懸命 2016・4・5(火)
 命がけで事に当たることは古来「一所(いっしょ)懸命」と言い、最近になって「一生(いっしょう)懸命」と表現するようになったと思っていた。しかし、夢十話(夏目漱石)に「一生懸命」と出てきたので驚いた。
 昔、学校で「一所懸命」は「中世、1か所の領地を命をかけて生活の頼みにすること」よりきたから「所」だよと聞いた時から印象的な言葉だった。
 命がけ(一生をかける)という意味から「一生」が使われるのは納得できるが、漱石の時代に使われていたとは思わなかった。実は江戸時代になって貨幣経済が徐々に拡大し土地離れしたのを背景に、1700年代になって浄瑠璃などで「一生懸命」が使われ始めたという。
 現在、新聞社や雑誌社では、外部からの寄稿などを除いて「一生懸命」に統一しているところが多い。放送でも「一生懸命」を使っているようだ。
 言葉は時代や状況によって変わる可能性がある。古来からの内容ある言葉は大事にしたいが、意味もなく固執するのも考え物だ。「一所懸命」を気に入ってきたけど、ぼちぼち「一生懸命」を受け入れなくては!
小園・第3首(會津八一) 2016・4・4(月)
   あをやぎ の えだ も とををに あわゆき の       解説
              ふり つむ なべに つゆ と ちり つつ


柳の枝がたわむほどに降り積もった春の淡雪とその消えゆく姿をとらえて詠う。
谷岡経津子3・日展など 2016・4・3(日)
 日展に出かけると大量の作品の中で彼女の絵を真っ先に探す。赤い鶏頭、白い胡蝶蘭が目に飛び込んでくる。花をモチーフにした作品の中に力強い生命力を感じる。じっくり眺めていると他の作品がかすんでくるような気がする。その後、自らが手掛ける彫刻の部屋に急いで行く。
 洋画を描く同級生M(三重)は以下のように言ってきた。「日展へ行く楽しみのひとつに先生の画があります。鶏頭花の燃えるような絵が大好きです。今年のは、胡蝶蘭舞うサミットの花と題してありました。清楚な中に、力強さを感じました」。さらに「先生の絵がノリタケの森ギャラリ-で展示されます。2016年5月17日から22日まで開催です」と書いてきた。
 「ノリタケの森」は名古屋市西区にある公園、レストラン、ミュージアムなどを含む複合施設。若いころに西区に住んでいたので一度は出かけたいと思っている。
                   お花見・くるみ(4・3)
母から受け継いだもの(中日新聞・つれあいにモノ申す)
                          
2016・4・2(土)
 頭が良くて字もきれい。料理、裁縫、なんでもできる私の母。「何一つ、引き継いでいないなあ」と落ち込む私に、夫はこう言った。「大丈夫。目が細いところは、引き継いでるから」  (いいところも引き継いでます・53歳)


 幼いころは母親一人の手で育った。だから母のいろいろを受け継いだはずだけど、はっきりとはしない。 
4月のはじめに 2016・4・1(金)
 いつもは近くの海蔵川(四日市)の桜が見頃になっているが、昨日はまだ駄目だった。たぶん3日の日曜日は花見客でにぎわうだろう。
 モクレンは散ったがコブシの白い花は咲いている。ボタンは蕾をふくらませ、ハナミズキはさくらの後を飾ろうと沢山の蕾を持っている。春到来、なんとなく浮き浮きする。
 奈良の友人・鹿鳴人が詠んだ歌とともに4月を始めたい。   
      はや桜咲く氷室社の古き池に
                オタマジャクシも泳ぎ始めぬ


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