「大和路」(堀辰雄)と會津八一8 2012・11・30(金)
 「大和路」の「十月二十四日、夕方」の百済観音の場面は、像を思い出しながらゆっくりと読むと味わいがある。
 『・・・僕の一番好きな百済観音くだらかんのんは、中央の、小ぢんまりとした明かるい一室に、ただ一体だけ安置せられている。こんどはひどく優遇されたものである。が、そんなことにも無関心そうに、この美しい像は相変らずあどけなく頬笑まれながら、静かにお立ちになっていられる。……
 しかしながら、此のうら若い少女の細っそりとしたすがたをなすっていられる菩薩像ぼさつぞうは、おもえば、ずいぶん数奇すきなる運命をもたれたもうたものだ。――「百済観音」というお名称も、いつ、誰がとなえだしたものやら。が、それの示すごとく古朝鮮などから将来せられたという伝説もそのまま素直に信じたいほど、すべてが遠くからきたものの異常さで、そのうっとりと下脹しもぶくれした頬のあたりや、胸のまえで何をそうして持っていたのだかも忘れてしまっているような手つきの神々しいほどのうつつなさ。もう一方の手の先きで、ちょいと軽くつまんでいるきりの水瓶すいびょうなどはいまにも取り落しはすまいかとおもわれる。
 この像はそういう異国のものであるというばかりではない。この寺にこうしてっと落ちつくようになったのは中古の頃で、それまでは末寺の橘寺たちばなでらあたりにあったのが、その寺が荒廃した後、此処に移されてきたのだろうといわれている。その前はどこにあったのか、それはだれにも分からないらしい。ともかくも、流離というものを彼女たちの哀しい運命としなければならなかった、古代の気だかくも美しい女たちのように、此の像も、その女身の美しさのゆえに、国から国へ、寺から寺へとさすらわれたかと想像すると、この像のまだうら若い少女のような魅力もその底に一種の犯し難い品を帯びてくる。……そんな想像にふけりながら、僕はいつまでも一人でその像をためつすがめつして見ていた。どうかすると、ときどき揺らいでいる瓔珞ようらくのかげのせいか、その口もとの無心そうな頬笑みが、いま、そこに漂ったばかりかのように見えたりすることもある。そういう工合なども僕にはなかなかありがたかった。……』
 八一の歌
 ほほゑみて うつつごころ に あり たたす   
            くだらぼとけ に しく ものぞ なき    解説    
     (ほほゑみてうつつ心にあり立たす百済仏にしくものぞなき)
 たなごごろ うたた つめたき ガラスど の 
            くだらぼとけ に たち つくす かな    解説 
     (たなごごろうたた冷たきガラス戸の百済仏に立ちつくすかな)
 くわんおん の しろき ひたひ に やうらく の
            かげ うごかして かぜ わたる みゆ  解説
     (観音の白き額に瓔珞の影動かして風わたる見ゆ)  
古川柳(誹風柳多留より) 2012・11・29(木)
 絵で見ては地獄の方が面白し
  極楽は蓮と迦陵頻伽(かりょうびんが・上半身が人で下半身が鳥の
  仏教における想像上の生物)しか描かれてなく退屈なところと言う。
  落語の大ネタ・地獄八景亡者戯(YouTube)はとても面白い。
 極楽は見たい所だが行く気なし
  川柳の世界ではこうひねくれる。しかし、案外真っ当かも。 
高圧洗浄機2 2012・11・28(水)
 塗装のほとんどは下準備だと分かった。高圧洗浄機での洗浄と縁切り(重なっているカラーベストの間の古いゴミやこびり付いたペンキを落とす作業=雨漏り防止)である。
 高圧洗浄は吹き飛ばしたゴミその他を隣家に撒き散らしてしまう。そのため専門家は、足場を組んだ周りにビニールシートを施し予防するのだ。
 風のない日を選んでもゴミは飛んでいく。近所に洗濯物があればほとんど中止である。風の強い日、雨の日は出来ないので困っていると、専門家が「雨の日にすれば良い」と教えてくれた。洗濯物はないし、降り注ぐ雨で汚水が遠くへは行かない。
 カラーベストの間のこびり付いたペンキを落とすことは高圧洗浄でもある程度は出来たが、ネットで購入した縁切りの道具を使って手作業でした。屋根は5か所あり、100㎡以上ある。まさしくそこにあるのは「仏像作りで養った我慢と根性」だけだった。

  
南京続唱(會津八一)第1首 2012・11・27(火)
 鹿鳴集の中で南京新唱(99首)、南京余唱(42首)に対応する南京続唱(14首)の解説を始める。
 唐招提寺にて
    せきばく と ひ は せうだい の こんだう の
            のき の くま より くれ わたり ゆく    解説  
        (寂寞と日は招提の金堂の軒の隈より暮れわたりゆく)

 11月25日、奈良明日香の橘寺に八一の20基目の歌碑が建立された。いち早く写真が鹿鳴人から届いたので歌のページにアップした。
     くろごま の あさ の あがき に ふませたる 
             をか の くさね と なづさひ ぞ こし 
落語クイズG 2012・11・26(月)
12 落語「死神」のもとになったのは?
    イソップ物語 聖書 グリム童話 ギリシャ神話 
落語クイズFの答
11 古典落語の演目は、あくび指南(しなん)。
 あくびの指南所ができたので、熊さんが源さんを連れて習いに行った。
「(船遊びの夕暮れ時で、体が自然と揺れている、煙草を一服吸って)船頭さん、船を上手にやっくれないか、堀から上がって、一口やって、中へでも繰り込んでわっと騒ごうよ、船も良いけど長く乗っていると、退屈で退屈で(ホワァー)ならねえや」と師匠が手本を示す。
 熊さんが、何度も真似をしようとするがうまくできなくて時間が過ぎる。横にいた源さんが、「こんなくだらねぇ話を聞いていると、退屈で退屈で(ホワァー)ならねえや」、師匠が「ああ、お連れさんはご器用だ」。

 “あくび指南”という想定がそもそもくだらない。だから落語の世界なのだ。それが楽しく、落ちもとても良い。
落語クイズF 2012・11・25(日)
11 古典落語の演目は?
    ケンカ教室 屁理屈教室 捨てぜりふ塾 あくび指南  
落語クイズEの答
9  上方落語協会・236名(落語家223、三味線13)の会長は
   桂文枝(6代目)。
10 破天荒な人生が伝説になり、都はるみの「浪花恋しぐれ」で
   歌われているのは桂春団治。
なまず定食 2012・11・24(土)
 ノブ君との「月一ハイキング」、今月はおちょぼさん(千代保稲荷神社)からスタートした。30年ほど前にノブ君パパと2人で訪れた時、真昼のおちょぼさんは閑散として人がいなかったが、今は四日市のメイン商店街より人通りが多い。ノブ君パパは同じ神社関連なので、素空とは違った目で観察して歩く。ノブ君がお稲荷さんの前で手を合わせ祈っている。お参りをほとんどしない大人2人は感心する。「さすが神社の息子、偉い!」と親が褒めていた。素空も全く同感だった。
 素空の今回の目的は未経験の「なまず」を食べること、ノブ君親子はうなぎ丼で付き合ってくれた。半分食べた頃に「ブログ用に写真を撮ったら?」と言われて写す。彼らにも強制的に一切れ食べさせた。
 味は淡白で普通の魚と変わらず美味しい。多分、鰻と同じタレで料理してあると思う。素空のゲテモノ?喰い、後は「くさや」かな!
  
古川柳(誹風柳多留より) 2012・11・23(金)
 泣きながら眼(まなこ)をくばる形見分け
  この時代の形見分けの中心は衣類、貴重品だった。
 泣き泣きもよい方を取る形見分け
  今は「泣く泣くもよい方を取る形見分け」が人口に膾炙(かいしゃ)する。
 泣き泣きもうかとは呉れぬ形見分け
  与える側からはこうなる。
 背の低かった父の形見分けの服は高価な物もあったが、もらった親族はほとんど着れなかったと思っている。
聖宝寺(しょうぼうじ)の紅葉 2012・11・22(木)
 いなべ市藤原町にある紅葉の名所に出かけた。250段ほどの階段を上ると本堂に向かって右前にある永年親しまれてきた「血のもみじ」が枯れてしまったと案内があり、再生を願う赤い布が沢山巻かれていた。
 ずいぶん昔、数人で聖宝寺で訪れた時、年配の女性が階段を登れず、付き添った素空と2人で仲間が戻るまで待った。そのため、寺も紅葉も見ていなかったので、今年の紅葉狩りはどうしてもここにしたかった。
 紅葉の他に銀杏もきれいだったし、藤原町のあちこちで皇帝ダリアが美しく咲いていた。
 紅葉が過ぎ、落葉が始まると待望の雪の季節が近づいてくる。
   
第二回諏訪神社 神笑亭  2012・11・21(水)
 11月17日はあいにくの雨で心配したが、襖で仕切った会場は満席だったので、とてもいい雰囲気だった。
 四日市出身の林家染弥が諏訪神社で落語をするのは3回目(3年続いている)、中堅落語家として脂の乗り切った熱演に会場は爆笑する。今回の相方・桂ひろばは「動物園」、染弥は「看板のピン」と自作の新作落語「貢ぐ女」を披露した。ひろばの落語はパワフルで上手だが、一本調子気味で「間」が感じられないのが残念だ。それも影響してか、今回の染弥の落語は良かったと思う。「間」は年齢と経験を重ねないと出来ないのかもしれないが、当日も話題に登っていた桂小三治の絶品の「間」を盗むと良いのにと思った。
  
紅葉(ゴルフ場) 2012・11・19(月)
 11月中旬、緑の中にわずかに紅葉していた。風邪で微熱があったのでハーフで止めて帰った。体調不良で途中退場はあったけど、ゴルフ場から仲間と別れて先に帰ったのは初めてだった。
  
          (明日第3火曜日は独り言を休みます)

   片岡整形外科(健康診断)ージャズドリームートミジャスー三重大病院(見舞い)
「大和路」(堀辰雄)と會津八一7 2012・11・18(日)
 「大和路」の「十月二十四日、夕方」から
 『きのう、あれから法隆寺へいって、一時間ばかり壁画を模写している画家たちの仕事を見せて貰いながら過ごした。これまでにも何度かこの壁画を見にきたが、いつも金堂のなかが暗い上に、もう何処もかも痛いたしいほど剥落(はくらく)しているので、殆ど何も分からず、ただ「かべのゑのほとけのくにもあれにけるかも」などという歌がおのずから口ずさまれてくるばかりだった。――それがこんど、金堂(こんどう)の中にはいってみると、それぞれの足場の上で仕事をしている十人ばかりの画家たちの背ごしに、四方の壁に四仏浄土を描いた壁画の隅々までが蛍光灯のあかるい光のなかに鮮やかに浮かび上がっている。…』
 荒れてしまった壁画を保存する模写の様子を生き生きと堀は描写している。しかし残念なことだが模写中に壁画は燃えてしまう。
 八一の「病中法隆寺をよぎりて(第4首)」 
   ひとり きて めぐる みだう の かべ の ゑ の 
             ほとけ の くに も あれ に ける かも
      (一人来て巡る御堂の壁の絵の仏の国も荒れにけるかも)
野田スパイ工作が成功 2012・11・17(土)
 日刊スポーツ・政界地獄耳より抜粋
 「大義なき解散の先には、野田の壮大な政治構造改悪プランがあった。民主党の内部に潜み最終的には2大政党どころか自民党に民主党を吸収させていく工作員だった自民党野田派の領袖、野田のスパイ工作が成功したと考えればわかりやすい」(民主党ベテラン議員)
高圧洗浄機 2012・11・16(金)
 自宅の外装修理、まずは屋根の修理とペンキ塗りをめざした。しかし、大変なことは「屋根の洗浄」だった。ネットの動画・YouTubeで大半のことが出ているので助かるが、見るのと実行するのでは大違いである。カラーベストの汚れ(変色や藻の付着等)を落とすこと、重なっているカラーベストの間の古いゴミやこびり付いたペンキを落とす作業(雨漏り防止)を足場の悪い高所でやらなければいけない。面積は100平米以上ある。
 手作業ではほとんど無理なので、ホームセンターで高圧洗浄機を手に入れた。持ち帰ってセットしようとしたら、ホースが上手くつながらない。ホームセンターに持って行くとすぐに取り替えてくれた。セットして放水するとガレージのコンクリート舗装が面白いほどきれいになる。車のタイヤも洗ってみた。さて本番と勇んだら、急に力が弱くなって役に立たない。またホームセンターへ。ホームセンター製の廉価なものだったからだろうと苦情処理に行くと「取り替えますか?それとも別のものにしますか?」とすぐに言う。メーカー製を追加料金を払って持ち帰った。これは気持のよいほど働いてくれた。
    
               参考のため、ネットの写真を転載する。
落語クイズE 2012・11・15(木)
9  現在の上方落語協会(236名)の会長は?
    笑福亭仁鶴 桂文枝(6代目) 桂文珍 明石屋さんま
10 破天荒な人生が伝説になり、「浪花恋しぐれ」で歌われる落語家は?
    笑福亭松鶴 桂春団治 桂文枝(5代目) 月亭可朝
落語クイズDの答
7  エノケン、ロッパ、金語楼らが出演した映画のシリーズは落語長屋。
   陸軍落語兵、落語娘も落語の映画。銀座カンカン娘だけが別。  
8  落語作家と知られているのは山田洋次。
   作品は「とんまの使者」「真っ二つ」など。 

         第二回諏訪神社 神笑亭 
            出 演  林家 染弥 桂 ひろば
            11月17日(土曜日) 18:00開場 18:30開演
         紅葉に染まる秋のひだ白川郷 (Masanori.Y)
七五三 2012・11・14(水)
 11月10日、孫の七五三の祝いを千葉の中山法華経寺で行った。久しぶりにジジババ4人がジュニア宅に集まり、孫たちと遊ぶ。かるた、オセロ、トランプなど沢山のゲームが飛び出してくるので、対応するのが大変だ。
 翌日は新しくなった東京駅丸の内駅舎の見学に出かけた。見学の人の多さにはびっくりする。その後、東京駅地下1階の丸の内と八重洲を結ぶエキナカゾーンのショップを楽しみ、お土産、駅弁を買って孫たちと別れた。
 会うたびに孫たちは見違えるほど成長している。正月の帰省にはどんな姿になっているか楽しみである。
  
   
サザンカ(山茶花) 2012・11・13(火)
 庭を掃除していたら、サザンカが咲き始めていた。我が家では赤いサザンカがこれからずっと咲き続ける。
 星野富弘さんの11,12月を飾る詩と絵は「ひよどり(ツバキ)
       
「大和路」(堀辰雄)と會津八一6 2012・11・12(月)
 「大和路」の「十月二十一日夕」から
 「・・・午後からはO君の知っている僧侶の案内で、ときおり僕が仕事のことなど考えながら歩いた、あの小さな林の奥にある戒壇院(かいだんいん)の中にもはじめてはいることができた。
 がらんとした堂のなかは思ったより真っ暗である。案内の僧があけ放してくれた四方の扉からも僅かしか光がさしこんでこない。壇上の四隅に立ちはだかった四天王の像は、それぞれ一すじの逆光線をうけながら、いよいよ神々しさを加えているようだ。
 僕は一人きりいつまでも広目天(こうもくてん)の像のまえを立ち去らずに、そのまゆねをよせて何物かを凝視している貌(かお)を見上げていた。なにしろ、いい貌だ、温かでいて烈(はげ)しい。……
・・・僕がいつまでもそれから目を放さずにいると、北方の多聞天(たもんてん)の像を先刻から見ていたA君がこちらに近づいてきて、一しょにそれを見だしたので、「古代の彫刻で、これくらい、こう血の温かみのあるのは少いような気がするね。」と僕は低い声で言った。
 A君もA君で、何か感動したようにそれに見入っていた。が、そのうち突然ひとりごとのように言った。「この天邪鬼(あまのじゃく)というのかな、こいつもこうやって千年も踏みつけられてきたのかとおもうと、ちょっと同情するなあ。」
 僕はそう言われて、はじめてその足の下に踏みつけられて苦しそうに悶(もだ)えている天邪鬼に気がつき、A君らしいヒュウマニズムに頬笑みながら、そのほうへもしばらく目を落した。……」
 八一は 「戒壇院をいでて」で広目天を詠んだ。
   びるばくしや まゆね よせたる まなざし を
            まなこ に み つつ あき の の を ゆく
   (毘楼博叉まゆね寄せたるまなざしを眼に見つつ秋の野を行く)
 天邪鬼についてはこう詠う。
  三月堂にて
   びしやもん の おもき かかと に まろび ふす
            おに の もだえ も ちとせ へ に けむ
   (毘沙門の重き踵にまろび伏す鬼のもだえも千年経にけむ)
   “毘沙門の重い踵に踏まれて転び伏している邪鬼の悶えも、もう
   千年を経たのだなあ。”
落語クイズD 2012・11・11(日)
7 エノケン、ロッパ、金語楼らが出演した映画のシリーズは?
    落語長屋 陸軍落語兵 落語娘 銀座カンカン娘
8 落語作家と知られているには?
    南原清隆 さだまさし 桂木文 山田洋次
落語クイズCの答
5 「まんじゅうこわい」で本当に怖いものは、茶。(参照)  
6 「長屋の花見」でかまぼこは大根だった。
命綱 2012・11・9(金)
 10月の初めに20mのロープ(1980円)をホームセンターで買い、9月の仏像彫刻展終了後に計画した自宅の外装修理の第一歩をスタートさせた。我が家は2階建の木造モルタルカラーベスト葺である。
 連れ合いと2人で気楽に挑戦を始め、当初は簡単に行くと思っていた。足場を組まずに一本のロープを2本に切って、命綱にするのだから無謀なスタートだった。あるのは仏像作りで養った我慢と根性だけである。まずは屋根の修理とペンキ塗りをネットの情報を頼りに始めたが、そこで膨大な下準備が必要なことが分かって驚いた。連れ合いは塗ることだけがしたいのでのんきに構えている。
 ともあれ、ブログを今書いているので怪我はなかったと言うことだが、修理のいろいろを順次アップしていこうと思う。
   
                 修理した2階屋根からロープを写す
      (明日の独り言は休みます)→琴将の七五三で千葉・中山法華経寺へ
古川柳(誹風柳多留より) 2012・11・8(木)
 相性(あひしやう)は聞きたし年は隠したし
   男との相性(生まれ年で占う)は知りたいが、年は隠したい娘心。
 本の年いひないひなと膝でおし
   お転婆娘ならこう迫る。
 白状を娘は乳母(うば)にしてもらひ
   箱入り娘は色恋を乳母に頼る。恋の悩み、あるいは子が出来た?
 きかぬふりするは娘の吉事なり
   婚礼前の娘の嬉しさと恥ずかしさ。お転婆ではこうはいかない。
 娘心はいろいろ、なかでも「恥ずかしさ」は風情がある。
寄席での落語(天満天神繁盛亭) 2012・11・7(水)
 繁盛亭・昼の部出演は10人で、中入りを入れて3時間余、それぞれ15分ほど語り、トリは30分ほどだった。まくらが短かったり途中で終わったりするが、総じてレベル以上の熱演だったし、生は良いものだ。帰ってから諏訪神社の宮司と演目について話した。覚えていた古典落語の演題は「ヤカンなめ」「天失気」「饅頭怖い」「寄合酒」「代書屋」「真田小僧」「妾馬」だった。
 トリの桂文太(60歳)は時間をかけて「妾馬(八五郎出世)」を熱演した。大ネタなのでやはり途中で終わったが素晴らしかった。少し目線が斜めかなと思っていたら、盲導犬と女性に守られて繁盛亭を後にした。調べると50歳の時に病気で失明したとのこと、それにしても失明を感じさせない高座は見事なものである。
 今回は、奈良から参加の友人・鹿鳴人(繁盛亭のブログ)から事前に天神橋筋商店街や繁盛亭について聞いていたので、安心して出かける事が出来た。彼の紹介の中華料理(夕食)が参加メンバーに好評だったので、幹事役は楽だった。
    
落語クイズC 2012・11・6(火)
5 落語「まんじゅうこわい」で嘘がばれて、本当に怖いものはと聞かれて
  答えた物は?         茶  酒  せんべい  大福
6 落語「長屋の花見」(貧乏長屋の花見)では酒のつもりが番茶、卵焼きは
  タクアン。かまぼこは?   チクワブ 豆腐 はんぺん 大根
落語クイズBの答
3 手ぬぐいを使って表現するのは、財布。手紙は扇子で表す。
4 落語家が高座で持っている「かぜ」は扇子、「まんだら」は手ぬぐい。
情に棹さす 2012・11・5(月)
 夏目漱石の「草枕」の冒頭の言葉だが、水をさす=「邪魔をする」の意から、現代では「流れに逆らう=ブレーキをかける」と意味を取り違える人が多い。(60%以上) かく言う素空も最初はそう思っていた。それでは草枕の文章 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」は理解できない。「棹さす」は、船頭さんが船を進めるために棹で川底を押す意味で「情に棹させば流される」とは、情に押し流され自分を見失うこと。
 棹さすはこう使う。「彼は巧みに時勢に棹さして大臣になった」
「草枕」
 「山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。」
 再読したくなった。続きを読みたい人は草枕(青空文庫)へ。
古川柳(誹風柳多留より) 2012・11・4(日)
 我が好かぬ男の文は母に見せ
   好きではない付け文の男を母に断ってもらう気弱な娘。
 捨てられぬ文が島田のしんになり
   愛しい人の手紙は髷(まげ)の芯(しん)に用いて大事にする娘心。
 惚れたとは女のやぶれかぶれなり
   女が「若い時は親に従ひ、盛りにしては男に従ひ、老ては子に従ふ」
  (毛吹草・寛永15年)という時代、愛の告白は余程のこと。まさしく
  「やぶれかぶれ」なのだ。
 男でも惚れたとは言いにくい。「惚れたとは短い事の言いにくき」がこの世界なのだが、この世の中心をなす素晴らしい世界でもある。

                津市街 岩田橋の絵 (Masanori.Y)
天満天神繁盛亭 2012・11・3(土)
 蟹江・四日市組8人が近鉄特急で大阪へ。奈良、兵庫からの2人を入れて天満橋商店街で合流、10人で繁盛亭に乗りこむ。
 幼い頃、ラジオで落語を聞き、近年はテレビやビデオ、ホール落語で楽しむ世代だが、寄席で落語を聞くのは初めての人もいる。提案は素空だが、落語では先輩格の諏訪神社の宮司とスケジュールを練った。彼は4年間の大阪住まいをしていて地理にも詳しい。
 日本一長いと言われる天満橋商店街でまずは昼食をとり、1時開演の寄席に入った。関西落語界の悲願だった寄席の再興が2006年になされた。それがこの繁盛亭、客席数216と規模は小さいが、素晴らしい「小屋」である。新しいから「トイレの匂いのする昔の映画館」のような浅草演芸ホールではない。
 今回は演者で日を選んだのではなく、寄席そのものを体験し、楽しむツアーとした。今回の中心メンバーである高校の同級生の会としては6月の「新東名高速道路探索」以来である。
     
落語クイズB 2012・11・2(金)
3 落語家が手ぬぐいを使って表現するのは、手紙それとも財布?
4 落語家が高座で必ず持っている「かぜ」と「まんだら」はそれぞれ何?
落語クイズAの答
1 寄席=よせ 落語や漫才、講談、浪曲、奇術や曲芸などを演じる場所。
  東京では新宿末広亭、鈴本演芸場、浅草演芸ホール、池袋演芸場が
  有名。大阪は天満天神繁盛亭が2006年に開場した。
  下座=げざ 三味線で演者の出囃子をひく人、及び場。   
2 トリ 最後に出演する人。
  大喜利=おおぎり 最後の出し物。落語が最後の演目にならない場合
  にかわりにする演目、あるいはトリの落語のあとのオマケ。
  天失氣=てんしき おなら。詳細はこちら
  まくら 本題と何らかの関連がある落語の最初にする短い話。
法起寺(ほうきじ) 2012・11・1(木)
 會津八一の奈良における18基目の歌碑(法隆寺前)を見て、近くの法起寺、法輪寺を時間の都合で拝観せずに回る。
 八一は53歳の時に「法隆寺、法起寺、法輪寺建立年代の研究」を学位請求論文として提出し、翌年1933年に文学博士の学位を受けている。1931年には「法起寺塔露盤銘文考」を発表し、三重塔の建立時期に一石を投じた。その三重塔をコスモス畑を前景に大勢の人達(写真教室の人?)が写真を撮っていた。一緒に写真を撮って、法輪寺へ。もちろん、八一の名歌を思い起こしながら。
   くわんおん の しろき ひたひ に やうらく の
            かげ うごかして かぜ わたる みゆ   解説
          (観音の白き額に瓔珞の影動かして風わたる見ゆ)
  



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