会津八一の歌

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 八一は最晩年新潟で親戚の医師で「はたれ」の同人・中山後郎(會津蘭子の父)に添削を乞われ、それに代わるものとして「歌をよむには(十四ヶ条)」「作歌の心得」などを提示した。
 八一は、・感情を持って詠むこと ・感情を単純化して歌うべきことを、終始強調している。
 注1 上記は「會津八一の芸術」(植田重雄著)を参考にした。
 注2 會津蘭子、中山蘭子は八一の養女となった。
         
 歌をよむには                               

1  感情を以ってうたふこと。
2  真に内心から湧き上がる感情無きときは、漫然として歌を作らんと思わざるべきこと。
3  世才・文才・常識、そんなものでは、自分も感動してをるにあらず。
  それを以て他人を動かし得ざること当然なり。
4  感情を単純化してうたふべし。
5  表現も単純にして直裁なるを尚ぶ。徒に曲折せるは、真情の流露をさまたぐ。
6  詞句の曲折は初学の能くなし得るところにあらざるも、老熟してこれを
  自在になし得るとも、真情の枯渇し居らば、かへりて厭うべきなり。
7  用語は常人の耳に遠からざるものをよしとす。ろくろく学問を精しからぬ者が
  専門家振りて、古語歌謡といふようなるものを襲用するは、最も厭うべきことなり。
  古語を用ふるは、やむを得ざる時にのみ限りて許さるべし。
8  散文にていふに如かざることを歌として歌ふは、根本的に心得ちがいなり。
9  和歌は我国のみにあれども、詩歌は如何なる民族にもあり。和歌はその一種なり
  と知るべし。我国の歌人なかまにあらざれば解しがたき如きことを、詩歌の本道とも
  本質とも認めがたし。外国語に翻訳しても、その国の人々によりてたやすく解せらる
  るやうにてありたし。
10  従って、その辺の歌集をのみひもどき居りて、それで勉強したりとおもふは
  不心得なり。ひろく世界古今の詩歌を味ひみるべし。
11  いやしくも歌を作るは容易にあらず。うかうかと濫作して、よき歌の出来んことを
  希ふは無理なり。一方心境を練り詩歌を弘むるとともに、真に感興の内に催すを
  まちて、精細を傾けて歌ひ出すべし。
12  要するに作歌は、天才と人力とをまちて、しかも精進して初めて為し得るのみ、
  漫然たる態度にてたづさはるべきにあらず。
13  右は歌を作る人々が問ひ来たらば先ず答えんとおもふ条々なり。
14  書外は工夫をつみて悟得せらるべし。
     昭和二十三年正月廿九日
                                            秋艸道人
  中山後郎君

 音調の朗々としてうたふに勝ふるを要することは、毎度申す通りなれば、右には省略したり。歌の内容が、内心からこみ上げ來れる感激にあらば、うたふべき調子を帶び來るは當然のことなり。世才常識理屈などはうたふものにあらざれば調子もそなはらぬ筈なり。字餘りには字あまりの調子あり。字あまりてはじめて調子を成すこともあるべし。 
 


十四ヶ条と歌会始入選(東京学館新潟高校)

 東京学館新潟高校の1年生が平成26年と28年に入選するという快挙を成し遂げた。加藤光一(26年)、内山遼太(28年)の両君である。
 「秋艸」(平成28年4月1日発行)で、指導したこの高校の田村裕教諭はこう書いている。「・・・加藤君や内山君の短歌の共通点を思い浮かべると、授業開始時に紹介している會津先生の短歌創作十四ヶ条に重なる。・・・會津先生の作品からは、物事の真価が時間を超え、後世まで力を及ぼす事を学んだ。・・・會津先生の「学規四則」を掲げた書道教室で、今後も會津先生の学芸や、恩師故植田重雄先生の教えに独自の工夫を加え、これからも長く実践したいと考えている。」
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