『寒燈集』 自序  
 この書は昭和十九年六月より二十一年六月にいたるまでに作るところの和歌二百十二首を輯録し、わが家の第三集なり。時はあたかも未曾有の国難にあたり、たまたま予は老齢を以て職を辞したるに、たちまち身辺の一切を喪ひ、蹌踉として故園に帰り来れり。この間に成るところなれば、その内容の索莫として殆ど無一文に似たるものあらむも、もし後人の世を隔てて仔細にこれを看るものあらば、必しも花なく、月なく、また楼台なきにあらずして、かへつて興趣の汪洋として尽くる無きものあらむか。
 友人喜多武四郎さきに予が胸像を刻み、苦心数月にして成り、予見て以て会心となし、これを歌ひしもの集中あれども、原型は鋳物師の家とともに焼失してまた得べからず。空しく彼が手に遺れるは数葉の素描あるのみ。方外の友銭痩鉄が、はじめて来たりて予を訪ひしは、不動谷の旧居にして、集中「閑庭」と題したるはその追憶なり。「落合山荘図」はすなはち当時の印象によりて後に描きて寄せられしところなり。よりてこれらを影印して巻中に収め、永く両友の好意を謝し、また以て読者の興を助けんとす。

       昭和二十二年正月七日         新潟市南浜通二番町の仮寓にて
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