7月の終わりに 2013・7・31(水)
 今月は暑かった。張り切ってハイキングを続けたが、月半ばに桑名で38.5度に遭遇した。その後体調不良でおとなしくしている。今は元気になったが年を感じる今日この頃である。
 月下美人が咲き、鈴虫が鳴き出した。“年年歳歳花相似”だが、眺める自分は変わっていく。そう思いながらも明日への希望を抱くのも人間である。8月は良いことがあるかな?その前に孫たちの“嵐”が四日市祭りに合わせてやってくる。 
誕生日と命日 2013・7・30(火)
 連れ合いの誕生日祝いがジュニア一家から届いた。素敵な帽子と化粧品、孫たちが描いたバースデーカードである。嬉しくて機嫌が良いので亭主の扱いもいい。毎日誕生日でもと思う。
 ただ、2年前の誕生日に愛犬・うららが体調を崩し、翌朝亡くなってしまった。あっという間の出来事だったが、連れ合いの誕生日に寝ずの看病をしたことは忘れられない。うららの妹・くるみの健康を願っている。
柴売・第2首(會津八一) 2013・7・29(月)
 わが かど に いくひ はこびて そまびと が
          つみたる しば に あきつ たち たつ    解説
       (わが門に幾日運びて杣人が積みたる柴に秋津立ち立つ)

 冬に備えた柴が近くに積まれた観音堂は蜻蛉が飛び回る秋になった。
イエスは「水の上を歩いた」 2013・7・28(日)
 『・・・夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた』(マタイによる福音書)
 有名な湖上を歩くイエスの描写である。ところが、バーバラ・スィーリングは言う。『(ある儀式で)祭司が船に行くために桟橋が作られていて、祭司の優位について冗談をいいたい者にとっては、祭司は「水の上を歩いた」のである。・・・「奇跡」は、イエスが水の上を歩いたことではなく、アンナス(大祭司)に取って替わって完全な祭司のように行動していたことであった』
 前後をもう少し引用しないとわかりにくいが、単純に言えば「水の上を歩いた」は桟橋上を歩いたこととなる。奇跡の一つの解説として紹介しておく。
邪魔者(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・7・27(土)
 最近ひらがなが読めるようになった4歳の息子。絵本や張り紙など、楽しそうに読み上げる。先日、新聞を読んでいる私の横からのぞき込み、張り切って読み始めたが、納得がいかない様子。少し読み上げ、「漢字がじゃまで読めない」と一言。
   (東京都品川区・確かに今のあなたには邪魔な存在かも・40歳)

 「漢字がじゃま」はとても新鮮。長年、漢字や語句あるいは難語に理解を阻まれてきた。頭に叩き込まれた「辞書で調べる」を実行してきたが、なるほどそんな発想もあると今にして感心する。
いたずら 2013・7・26(金)
 同級生Aは仲間が風呂や温泉で頭を洗い、流していると後ろからシャンプーを流し続けると言ういたずらをよくした。流しても流しても泡が無くならないので、困ってしまって後ろを振り向くと憎めない顔で笑っている。
 一昨日は土砂降りの雨の中でゴルフをした。雨具を着て傘を持っていても下着までびっしょりである。プレー後、風呂場で湯船から出て年下の義兄が洗っている横に座ろうとした時、いたずらで背後からタオルを絞りながら水をかけた。びっくりして振り向いた顔は義兄ではなかった。相手も驚いたが、こちらは顔面蒼白、一時置いて平謝りした。その後、良く見たら風呂場にも脱衣所にも、義兄のような少し薄めの頭の人が数人いた。
 教訓、いたずらは慎重に!慣れてない人はやめましょう。
 帰路、仲間のO君が言う。「暴対法でこの頃は怖いお兄さんがいないから良かったね!」
                      (今日、鈴虫が鳴き出した)      
柴売・第1首(會津八一) 2013・7・25(木)
 みゆき ふる ふゆ を ちかみ か わが かど に
          ひ に はこび こし そまびと の しば    解説 
       (み雪降る冬を近みかわが門に日に運びこし杣人の柴)

 養女きい子への挽歌・山鳩、観音堂に続く柴売(6首)はきい子を亡くした64歳の八一が観音堂での独居を詠ったもの。柴売は歌集・寒燈集(昭和19年6月から21年6月までの212首を収録)の中にある。
くるみは今年も泳いでいるよ! 2013・7・24(水)
 毎日三滝川で泳いでいるよ!8月3日に千葉の琴音ちゃんと将周ちゃんが来たら、一緒に水遊びをしたいな!四日市祭(3~4日)も行けるね。
      
近鉄伊勢朝日駅(7・2) 2013・7・23(火)
 伊勢朝日駅までの途中、国道1号線から朝明川を少し下った所にある川越町郷土資料館に立ち寄った。手入れされてない古ぼけた建物で「見学希望の方は申し込みを!」とある。仕方が無いので引き返しかけて、隣に「よつばの里」と看板が出ていることに気がついた。ちょうど、代表のIさんがいて「夏休みに小学生数人を預かるので、ここを借りて準備しているのです」と言う。パソコン講座を受注した時からの付き合いで、定期的に訪問し素空の地蔵菩薩(円空彫り)も寄贈してある。
  
 偶然にびっくりしながら、目標の伊勢朝日駅に向かう。東芝工場の大きな看板「TOSHIBA」が目当である。駅前にある東芝三重工場に子供の頃よく行った。お茶屋の娘だった母がお茶を納品していたからだ。特に夏は社内にある林のセミが取りたくてせがんで行ったものだ。
  
 駅を見学して、すぐ近くの仏像作りを習っている安達先生宅にたどり着いた。
白内障の手術を終えた先生がとても明るい笑顔で歓待してくださり、夫人(洋子先生)は冷たいコーヒーをくださった。
とても美味しく、暑い中を苦労して歩いた後のご褒美と思った。
 伊勢朝日駅は三重郡朝日町大字小向(おぶけ)のある1日の平均乗車人員が2,000人ほどの駅である。
好きな動物(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・7・22(月)
 2歳3ヶ月の孫は、おしゃべりが楽しくて仕方がない。「一番好きな色は?」「あお」。「一番好きなくだものは?」「すいか」とすかさず返ってくる。「じゃあ、一番好きな動物はなあに?」「じい!」(東京都杉並区・そうね、おじいちゃんも動物だよね・69歳)

 孫たちが四日市祭りに合わせてやってくる。「一番好きな動物はスージ!(素空の呼び名)」と答えてくれるかな。 
芙蓉と虫 2013・7・21(日)
 月下美人と一緒に芙蓉が咲きだした。両方とも一日花だが、芙蓉は沢山の花が次々と秋まで咲くので毎日楽しめる。困るのは若葉が出た頃から写真のような虫が葉を食べてしまうことだ。初めはモンシロチョウの青虫のようだが、成長するとグロテスクな形になる。毎日、10匹ほど補殺するが、それでも育った虫が葉を食べ、場合によっては蕾まで食べてしまう。
 この虫がどんな成虫になるか、葉と一緒に籠に入れて育てて見たが途中で死んでしまう。でも、どうなるか知りたかったので調べるとフタトガリコヤガと言う蛾の幼虫だった。その他、ワタノメイガ(葉巻き虫)によって葉がクルクルと撒かれてしまう被害もある。
 美しい花には棘が・・・ではなく虫がつく。せっせと虫を駆除して花達の忠実なナイトになっている。     
観音堂・第10首(會津八一) 2013・7・20(土)
 うらには の しげき が もと の あらぐさ に
          こぼるる ひかげ み つつ かなし も    解説 
       (裏庭の繁木がもとの荒草にこぼるる日影見つつ悲しも)

 納骨その他を終えて秋になった。きい子への悲しみは静かな自然の中で更に深まっていく。
                       月下美人咲く
イエスは結婚していた 2013・7・19(金)
 「イエスのミステリー」(バーバラ・スィーリング箸)では、マグダラのマリアと結婚していたと言う。
 マグダラのマリアは、新約聖書の福音書に登場するイエスに従った女性である。7つの悪霊をイエスによって追い出してもらった彼女は、磔にされたイエスを遠くから見守り、その埋葬を見届け、そしてイエスの復活に最初に立ち会う。その復活を弟子(使徒)たちに伝える聖女である。
 聖書には無いが“フィリポによる福音書”には、 マグダラのマリアはイエスの伴侶と紹介されている。
 「三人の者がいつも主と共に歩んでいた。それは彼の母マリヤと彼女の姉妹と彼の伴侶と呼ばれていたマグダレーネー(マグダラ)であった。なぜなら、彼の姉妹と彼の母と彼の同伴者はそれぞれマリヤ(という名前)だからである」「主はマリヤをすべての弟子たちよりも愛していた。そして彼(主)は彼女の口にしばしば接吻した。・・・」(フィリポによる福音書より)
 バーバラ・スィーリングはこの福音書の記述にも触れるが、本当はイエスが王朝の秩序の規則(結婚と子孫)を満たすためだったと言う。
 本当かどうかは別として、マグダラのマリアは西洋絵画に多く描かれている魅力的な女性である。
 イエスとマグダラのマリアが結婚しており、子供をもうけたという仮説がその他にも存在し、そこから小説「ダ・ヴィンチ・コード」が書かれている。
シラスの真実(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・7・18(木)
 大根おろしにシラスがたっぷりのっていた。珍しいので「賞味期限切れ?」と尋ねたら、妻が「そう。みーちゃんも食べないの」だと。「俺は猫以下か」と怒鳴ると「うそよ」という。ホントかな?(新鮮な魚が食べたい夫・61歳)

 我が家では新鮮な魚も食べさせてくれるが、「宵越し」の食べ物はほとんどが素空の腹の中へ。丈夫な胃腸だと感心していたら、下痢から体調不良で、せっかく出かけた鮎やなで、鮎のフルコースを注文できなかった。
                鮎やな・ノブ君ハイキングへ
星野富弘7~8月の詩画 2013・7・17(水)
 詩の題は胸の火、花は京鹿子(キョウガノコ)。
    「あなたの 胸の火が わたしに 飛び火して 全焼です」
 インパクトのある言葉だ。生半可ではなく全焼、すぐに若き日の愛を想像する。富弘さんのパッションが伝わってくるが、クリスチャンである彼の胸の火、それはキリストかもしれない。
 京鹿子はバラ科シモツケソウ属の多年草、草丈は50センチから150センチくらい、紅紫色のつぶつぶの小さい花が咲く。「京鹿子(鹿の子絞り)」とは、鹿の斑点のような模様をぎっしり並べた、ピンク色の絞りのこと。
        


観音堂・第9首(會津八一) 
 ひそみ きて た が うつ かね ぞ さよ ふけて
          ほとけ も ゆめ に いり たまふ ころ    解説
       (ひそみきて誰が打つ鐘ぞさ夜更けて仏も夢に入り給ふころ)

 八一が好んで書画としたこの歌を、2年前に1m余のケヤキに素空が彫って友人に贈った。懐かしい思い出である。
身勝手(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・7・15(月)
 中学2年の娘がフライドチキンを食べながら、「食べにくいなあ。どうしてこんなところに骨をいれるんだろう?」と怒っていた。(大阪市・それが自然の鶏の姿なんです!・47歳)

 傑作!知らないと言うことより、こう言う発想に感心する。

観音堂・第8首(會津八一) 
2013・4・5(金)
 あき ふかき みだう の のき に すごもる と
          かや に はね うつ はち の むれ みゆ   解説
       (秋深きみ堂の軒に巣ごもると茅に羽打つ蜂の群れ見ゆ)

 きい子が死んだ夏から季節は移り、晩秋を迎える。八一の眼は自然の営みに注がれる。
           (明日第3火曜日は独り言を休みます) 

  K宅ー赤福氷(EXPASA御在所)ーラーメン田(Yと)ー
                           A宅ーカインズートミジャス
安美錦 2013・7・14(日)
 同級生Hから電話で誘われ、大相撲名古屋場所に出かけた。相撲を観戦するのは30年ぶり、日曜なので満員御礼が出ている。相撲を観戦しながらHと四方山の話をする。同時代を一緒に過ごした同級生とは話が弾む。
  
 同行の人は相撲通、質問には正確に答えてくれる。これはいい。桂南光が物知りの師匠桂米朝を「一家に一人、桂米朝(辞書)」と昔紹介していたが、「枡席に一人、相撲通」である。
 この相撲通は「横綱をも惑わす技巧派・安美錦」のファン、横綱白鵬戦を一緒に応援したが、惜しくも負けてしまった。
  

観音堂・第7首(會津八一)

 うゑ おきて ひと は すぎ にし あきはぎ の       
           はなぶさ しろく さき いで に けり     解説
       (植ゑ置きて人は過ぎにし秋萩の花房白く咲きいでにけり)

 植えた人はこの世にはいない。しかし、萩は毎年咲く。人間の儚さがきい子の死と重なる。萩の花の白が印象的である。    
犬山 2013・7・13(土)
 子供が小さいころ、城を見て鵜飼を楽しみ、近くのホテルで泊まったことがあるが、それが岐阜城なのか犬山城だったが記憶が薄らいでいた。先日、仲間と犬山城に登ったが、どうも昔行ったのは岐阜城のようだ。猛暑を避けて、車、城、レストラン、一宮ツインアーチなどの中でほとんど「おしゃべり」をしていた。
 ところで犬山城をナビで設定するのに岐阜県を調べていた。「犬山は愛知県ですよ」と仲間に言われた。名古屋の北は全て岐阜県だと思っている地理音痴?である。
 
     犬山城からツインアーチ138へ
 
優しい夫(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・7・12(金)
 「花がらを摘んであげないと、次の花が咲けないからかわいそう」と花壇を手入れする夫。その姿を見るたびに思う。せめてその優しさの百分の一でも私に向けてくれたらなあと。(花に負けている妻・62歳)

 「・・・・・・しないとくるみがかわいそう」と愛犬を溺愛する連れ合い。犬に完全に負けている夫。
近鉄川越富洲原駅(7・2) 2013・7・11(木)
 近鉄富田駅から近鉄川越富洲原駅をめざしたが、西寄りを歩いていたら、前回見つからなかった下宿跡に出てしまった。迷いながらJR線、三岐鉄道線、近鉄線をくぐったり、渡ったりして東海道・国道一号線に出て川越富洲原駅にたどり着くまで45分ほどかかった。途中に田村寺があったがどのあたりか分からない。
 あちこち眺めながらのハイキングなので、時間は気にしないが疲労はやってくる。昼食のため休憩するのが丁度良い疲労回復になる。
  
 1日の平均乗車人員が3,000人余の川越富洲原駅は昔は富洲原駅だった。富洲原中学に卓球の試合に行った時に利用しているはずである。ただ、不思議なのは川越は三重郡川越町、富洲原は四日市市富洲原町、二つの名前が合体して今の名前になったことだ。
 いきさつはいろいろあるが、1945年まで四日市市平町にあった富洲原駅が、伊勢電気鉄道川越駅と統合し、現在の川越町豊田地区に移り、その後川越町の要望で2009年に川越富洲原駅に改称した。
 昼食後、昔、会社に勤めていた時の取引先で、よく出入りしたA精工前まで行き、地図に出ている川越町郷土資料館に向かった。
  
観音堂・第6首(會津八一) 2013・7・10(水)
 には あれて はえ ひろごれる やまぶき の    
           えだ さし しのぐ はぎ の はなぶさ    解説
       (庭荒れて生え広ごれる山吹の枝さし凌ぐ萩の花房)   

 秋になって庭には山吹が伸び放題、その生え広がった間から萩に花が咲いている。寂しい眺めである。 
短足のメリット(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・7・9(火)
 スーパーの駐車場で車止めにつまずいたが、幸い転ばずに済んだ。「あー、重心が低くてよかった」とつぶやくと、夫が「正しくは『足が短くてよかった』だろ」だと。(もっと優しい会話がしたい妻・63歳)

 連れ合いが段差を飛び降り損ねて膝と小指を打撲、真っ赤に腫れた。「痛い痛い」と言いながら、高さを勘違いしたと言い訳した。「夫を年寄りと言う前に自分の年を考えたら」と親切?なアドバイスをする。夜になって腫れが引いたら「私は若いから」と嫌みたっぷりに言う。
近鉄富田駅2(6・23) 2013・7・8(月)
 久しぶりに母校・四日市高校の前に立った。卒業後校内に入ったことはないが、門前には何度か行った。「関係者以外立ち入り禁止」と書いてあると入ることに躊躇する。卒業生の扱いは?
   
 高校時代、2年間学校近くに下宿した。そのことを思い出して、校門から西に歩いた。300mほど歩き、変電所の手前を右に曲がって300mあたりにあったはずである。急に降りだした雨の中を探したが見つからない。昔は田畑だった付近は住宅街になっていた。探すのをあきらめた頃にはずぶぬれになっていた。山道用のリュックから沿線ハイキング用に替えたので、雨具が入っていなかった。
 近くのスーパーで雨宿りしていたが、なかなか降り止まない。連れ合いに電話すると「そんな知らない場所には車で行けない」と言う。雨が止むまで待って、富田駅から電車で帰った。

 教訓、ハイキングにはいつも雨具をリュックに!
夫はボケ役(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・7・7(日)
 最近、夫は言い間違えが多い。先日も脱ぎ散らかした靴下を片付けようとして「これは今日履いたハンカチだし・・・」と独り言。思わず「あんたはハンカチを履いてたんか?」とツッコミを入れた。
                (夫の言い間違えが楽しみな妻・51歳)

 「風呂場」を「トイレ」など言い間違えは毎日、その度に連れ合いに冷やかされる。滅多にないが連れ合いが間違えると鬼の首を取ったように指摘し、溜飲を下げる。

観音堂・第5首(會津八一) 
 のきした に たちたる くさ の たかだかと 
           はな さき いでぬ ひとり すめれば     解説
       (軒下に立ちたる草の高々と花咲き出でぬ一人住めれば)

 一人観音堂で暮らしているといつの間にか秋になろうとしている。堂の周りは草が伸び放題で、その草も花を咲かせている。
俳聖かるた 2013・7・6(土)
 芭蕉・去来・蕪村・一茶の49句のかるた、芭蕉17、去来4、蕪村12、一茶16。読み札は俳句そのもので17文字、取り札は上の句が無く、中と下の句で絵入りになっている。昭和52年に故伊藤豊吉によって考案された。ゆたか作で1句(予備札)入れて50句にしてあるのは愛嬌である。
 百人一首、万葉集、古今集、會津八一と短歌には親しんできたが、俳句は今一である。知っている俳句は半分もなかった。去来4句は初めてである。49句を下記する。あなたはどうかな?
      
芭蕉の句
   古池や蛙飛び込む水の音(春)
   花の雲鐘は上野か浅草か
   山里は万才おそし梅の花
   唐崎の松は花より朧にて
   閑かさや岩にしみいる蝉の声(夏)
   夏草や兵どもが夢の跡
   五月雨を集めてはやし最上川
   うき我をさびしがらせよ閑古鳥
   秋深き隣はなにをする人ぞ(秋)
   名月や池をめぐりて夜もすがら
   物言えば唇寒し秋の風
   菊の香や奈良には古き仏たち
   蛤のふたみに別れゆく秋ぞ
   いざさらば雪見にころぶところまで(冬)
   ふるさとや臍の緒に泣く年の暮
   旅人と我が名呼ばれん初時雨
   旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
去来の句
   元日や家に譲りの太刀はかん(春)
   鎧着てつかれためさん土用干し(夏)
   柿主や梢はちかき嵐山(秋)
   応おうといえどたたくや雪の門(冬)
蕪村の句
   春の海ひねもすのたりのたりかな(春)
   菜の花や月は東に日は西に
   春雨やものがたりゆく蓑と傘
   五月雨や大河を前に家2軒(夏)
   鮒すしや彦根が城に雲かかる
   蚊帳の内蛍放してああ楽や
   月天心貧しき町を通りけり(秋)
   温泉の底にわが足見ゆる今朝の秋
   追剃を弟子にそりけり秋の旅
   宿かせと刀投げ出す吹雪かな(冬)
   化けそうな傘貸す寺の時雨かな
   葱買うて枯れ木の中を帰りけり
一茶の句
   桜さく大日本ぞ日本ぞ(春)
   我ときて遊べや親のない雀
   雀の子そこのけそこのけお馬が通る
   やせ蛙負けるな一茶ここにあり
   田の人よ御免候らえ昼寝蚊帳(夏)
   やれ打つな蠅が手をする足をする
   飛べ蛍野良同然のおれが家
   大の字に寝て涼しさよ淋しさよ
   名月を取ってくれろと泣く子かな(秋)
   うつくしや障子の穴の天の川
   小言いう相手もあらば今日の月
   寝返りをするぞそこのけきりぎりす
   芭蕉忌や鳩も雀も客の数(冬)
   ともかくもあなたまかせの年の暮
   うまそうな雪がふうわりふわりかな
   これがまあ ついの棲家か雪五尺
                       上野公園(ノブ君ハイキング)へ
感謝を見たい?(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・7・5(金)
 母の日の翌朝、息子に「また今年も何事もなく過ぎたわ」と嫌みを言うと、「おれ、昨日は一日中、感謝していたんだぞ」だって。それを形にしてくれないとわかんないのよ。         (口だけの息子の母・51歳)

 母の日のプレゼントはしたような気がするがほとんど覚えていない。父の日のプレゼントは送ったことが無い。昔は父の日は無かった気がする。それに較べると息子夫婦は立派!事あるごとにプレゼントをくれる。まあ、息子より嫁さんが気が利くのだろうな。
近鉄富田駅1(6・23) 2013・7・4(木)
 近鉄霞ケ浦駅から線路沿いの田圃路を歩く。稲穂の緑が一面に広がる中を名阪自動車道・四日市東インターにつながる自動車道が通っている。
 しばらくすると茂福城跡が線路の向こうに現れた。調べると羽津城田原氏と茂福城朝倉氏が争った茂福合戦では朝倉氏が勝利したが、織田信長の侵攻で茂福城は落城、朝倉氏は滅亡したとある。
  
 四日市高校の校庭横を通って近鉄富田駅に出た。ここは三岐鉄道富田駅でもある。近鉄富田駅は1日の平均乗車人員が10,000人弱の急行停車駅である。三岐富田駅は4,000人弱。高校時代はこの駅を乗り降りしたが、その当時は三岐鉄道はJR(国鉄)駅の方にあった。
  
 高校生当時は無かった西口がきれいに整備されていた。
  
返事だけの夫(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・7・3(水)
 夫に話しかけると、いつも「うん、うん」と返事はしてくれるが、実は何も聞いていない。理由を尋ねると「お前に悪いと思って」だって。うれしいような、かなしいような・・・。        (孤独を感じる妻・53歳)

 こんな生返事をすると爆弾がきそう。「お前に悪いと思って」は優しい。最近の言い訳は「耳が遠くなったので」

観音堂・第4首(會津八一) 
 このごろ の わが くりやべ の つたなさ を 
          なれ いづく に か み つつ なげかむ   解説
      (この頃のわが厨辺の拙さをなれ何処にか見つつ嘆かむ)

 年老いてからの独居は厳しい。家事をするたびにきい子の嘆きながらも優しいまなざしを感じるのである。 
処女降臨の秘密 2013・7・2(火)
 「イエスのミステリー」(バーバラ・スィーリング箸)では処女降臨の現実を記述する。新約聖書の4福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)で処女降臨は2つの福音書だけに書かれていると言い、独身主義を最高の生き方とするエッセネ派とイエスがかかわっていたことから、以下を推論する。
 独身主義を掲げ、共同体生活を中心にするエッセネ派だが、その中でも自らの家系を継続させる必要があった重要な階級もあった。ダビデの子孫ヨセフ(キリストの親)のように。
 子を産むためには長い婚約期間と厳格な結婚の条件があった。しかし、男女の営みが禁止されている婚約期間中にマリアはヨセフによって身籠ってしまった。あってはならないことなので、取り繕うために処女妊娠として処理した。そのことは、信者にとってはその時も後にも霊的意味が加わるので歓迎されることでもあった。
 彼女は「一部の人びとにとっては、イエスの懐妊と誕生を普通の人間のレベルに引き下ろすことは困惑させることになるかもしれないが、他の人々にとっては啓蒙的なことでもありうる」と語る。
 啓蒙とは思わないが、とても面白い見解だと思う。

 エッセネ派
 イエス時代のユダヤ教の一分派で、修道院に似た共同生活を行う。試験期間後、厳粛な誓約により初めて加入が許され、共同体のあらゆる規律の遵守を義務づけられた。結婚と財産私有に関し、これを厳格に禁止する祭司的共同体と、一部分これを認容する共同体があったといわれる。
ゴミ出しの朝(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・7・1(月)
 朝食前、「昨晩の残りのフライ食べる?」と妻が聞く。「朝から揚げ物か、どうしよう」と迷っていると「どうするの、今日はごみの日よ」だと。おれの胃はごみ袋じゃないぞ!       (残り物が嫌いな夫・63歳)

 連れ合いが食事を作るのは夕食だけ、後の2食のために多めにおかずを作ってくれる。連れ合いはその日の物しか食べないので、余分な物、残り物は胃袋にいくかごみ袋にいくかは、素空次第。
  
               上野公園(ノブ君ハイキング)へ  

             
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