6月の終わりに 2013・6・30(日)
 今年の梅雨は雨の日が少ないようだ。今月は雨の合間にあちこち歩いたが、いまだに真ダニがいなければと思っている。
 月初めに鈴虫誕生、しかし4個の水槽の虫たちは少なく、成長も遅い。月末にはいつも咲いている月下美人も蕾らしいものが見えるがまだ咲かない。芙蓉と皇帝ダリアだけが大きく育っている。同時に雑草も勢いよく伸びるので庭仕事は増える。敷地3000坪の会津八一の下落合秋艸堂などとは比べ物にならない数坪なのに草は良く生える。
 村荘雑事(第14首)
  おこたりて くさ に なり ゆく ひろには の
           いりひ まだらに むし の ね ぞ する   解説
    (おこたりて草になりゆく広庭の入日まだらに虫の音ぞする)  
近鉄霞ケ浦駅(6・23) 2013・6・29(土)
 阿倉川駅から霞ケ浦駅までのハイキング。自宅から歩いて国道1号線にある四日市橋停留所で三重交通のバスに乗り、出発点の阿倉川駅まで出ることにした。ただ、ずっとバスに乗ったことがないので、ネットでバスの乗り方を学習する。乗客は素空を入れて2人、料金は200円だった。
 阿倉川駅から線路沿いを歩くとしばらくして羽津城跡に出た。ここに昔は羽津駅があったが、霞ケ浦駅と統合されて無くなったと言う。ゆっくり歩いて20分ほどで霞ケ浦駅に出る。霞ケ浦緑地や垂坂公園まで20~30分、1日の平均乗車人員が2,000人弱の駅である。駅には大量の自転車があり、大輪の夾竹桃が咲いていた。
  
 ジュニアが生まれた頃、この駅の近くの借家から名古屋へ車で通勤していた。もう40年ほど前になるが、記憶を頼りに探した。とても懐かしいその家はまだあった。パンクした自転車が置いてあり、誰もいないのかと思ったが電力メーターは動いていた。しばらく、思い出に浸っていたが裏庭を抜けて、次の近鉄富田駅まで歩くことにした。     
  
観音堂・第3首(會津八一) 2013・6・28(金)
 かどがは の いし に おり ゐて なべぞこ の 
         すみ けづる ひ は くれむ と する も    解説
     (門川の石に降りゐて鍋底の墨削る日は暮れむとするも)  

 観音堂での独居は長くはなかったようだが、初めて経験する鍋底洗いを詠うことによってきい子亡き後の情景が鮮明に浮かび上がる。
植田重雄先生 2013・6・27(木)
 昨日の中日新聞「けさのことば・岡井隆」に「シレジウス瞑想詩集」の訳者として先生の名があった。担任だった先生の授業はほとんどサボったが、社会に出てからは就職等いろいろとお世話になった。
 先生の著「会津八一の芸術」をひさしぶりに開くとお別れの会の小冊子が出てきた。2006年6月、日本キリスト教団早稲田教会に参列した時のことを思い出す。
 西洋の宗教倫理学が専門だが、和歌にも精通し自ら同人誌「淵」を発行されていた。和歌は自然の美しさを詠うことを旨とし、さらに自然と自己の融合を目指すと言っておられた。我家の玄関には先生の歌を置いている。

 けさのことば・岡井隆
薔薇(ばら)を見るのがわたしは好きだ。薔薇は純白であり、真紅であり、わが神、血の花婿と同じように、茨(いばら)に満ちているからである。
               「シレジウス瞑想詩集」(植田重雄・加藤智見訳)
 こういう詩を好む人は決して幸福な人ではあるまい。茨の冠をかぶせられた十字架上で弑(しい)された神の子と同じような花を悦(よろこ)ぶというのだ。この世にあって「多くの茨の痛み」を味わっているひとの祈りの詩。
                シレジウス(1624-77年)はドイツの宗教詩人
究極の選択(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・6・26(水)
 妻が家に迷い込んだ猫を飼い始めた。でも爪を立てるので、柱やふすまがボロボロに。「もう捨てろ」と言うと、オレと猫をまじまじと見比べた。おい、今どっちを捨てるか考えたろ! (猫にはまけない夫・72歳)

 前にいたアルバ(猫)もあちこち引っ掻いたけど、大きな顔をしていた。くるみ(犬)もしたい放題。でも「捨てろ」などとは絶対に叫ばない。捨てられるのが誰かわかっているからだ。
観音堂・第2首(會津八一) 2013・6・25(火)
 かたはら に もの かき をれば ほし なめし        解説
           うどん の ひかげ うつろひ に けり
   (かたわらにもの書きをれば干し並めしうどんの日影移ろひにけり) 

 情感をこめた山鳩21首とは趣が異なる。観音堂での情景を淡々と詠んで、その中に深い悲しみをにじませる。
近鉄阿倉川駅(6・13) 2013・6・24(月)
 自宅から阿倉川駅まで30度を超える炎天下を歩いた。ほとんど歩いたことのない道を選んであちこち眺めながら歩くので、距離は長くなり時間も40分ほどかかった。阿倉川町には仲のよい同級生が住んでおり、最近は病気の同級生が近くの山手町に引越してきている。
 利用したことのない阿倉川駅に入ってみたかったが、今日のハイキングの予定は自宅ー阿倉川駅ー川原町駅を歩くことなので写真だけにした。線路沿いを歩くが、すぐに迷ってしまう。用意したスマートフォンの徒歩ナビをオンにしたが、フリーズして役に立たない。
 迷いながら川沿いの「堀川菖蒲園」に出たが、もう花は終わっていた。橋を渡って、もう1人の同級生の家を横目に見ながら川原町駅にたどり着いた。足の裏が痛く、リュックを背負った背中は汗だくである。やってきた各駅列車に乗って四日市駅へ、運賃は150円だった。家を出てから約2時間経っていた。
 東海自然歩道を歩く予定だったが、真ダニが怖いので一時中止、近鉄駅を訪ねるハイキングに変えた。当面の目標は名古屋駅。
  
  
交代(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・6・23(日)
 夕食後、妻に絵本を読んでくれとお願いする2歳の娘。「お母さんはお皿を洗わないといけないから、お父さんに頼んでおいで」と言われると素直にうなずき、私の元へ走ってきて叫んだ。「お父さん!お皿洗って!」
    (大分県日田市・読み聞かせより、皿洗いが得意です・43歳)

 子犬・くるみはハハが洗い物をしていると必ずチチの所にやってきて一緒に遊べと催促する。ハハは忙しく遊んでくれないことを知っているからだ。ハハが暇な時はチチの所へは来ない。
イエスの血筋 2013・6・22(土)
 「大工ヨセフの妻マリアが処女妊娠してイエスを馬小屋で生んだ」と聖書に書かれているし、子供のころそう教わった。この事からイメージするイエスは「(貧しい)大工の妻が、劣悪な環境(馬小屋)で生まれた貧しい者の心のわかる人」だった。
しかし、「イエスのミステリー」(バーバラ・スィーリング箸)を読むと違う姿が見えてくる。
 イエスの父ヨセフはダビデ(1000年前のエルサレムに都を置いた全イスラエルの王)の系統で名門である。ヨセフの父は「ダビデ」という名前を用いていたダビデの系統のヤコブ=ヘリで、もし神の王国が到来するなら、王の地位につく人だった。イエスはその孫にあたる。
 ヨセフは大工と言われるがそれには理由があった。修道院にいたヨセフが結婚を契機に生活を支えるために一時的に働いた職が大工だった。しかし彼は名門ダビデ(ヤコブ=ヘリ)のプリンスだった。
 イエスの誕生はベツレヘムではなく、そこからは東にあるクムラン台地近くの「女王の家」=「ユダヤのベツレヘム」=「馬小屋」とよばれた建物だったと言う。馬小屋はダビデ家の者たちの戴冠式の行列が始まった場所だったと言う話もある。ともあれ、「馬小屋」は「貧しい場所」と言うわけではなかったようだ。
 終戦後疎開先の田舎の蚕小屋で生まれたらしい素空は、イエスに似ていると思っていたが「イエスのミステリー」を信じれば全く話は違う。
観音堂・第1首(會津八一) 2013・6・21(金)
 くわんおん の だう の いたま に かみ しきて
           うどん の かび を ひとり ほし をり    解説
     (観音の堂の板間に紙敷きてうどんのかびを一人干しおり)

 きい子がいない観音堂で一人暮らす八一、観音堂10首を詠む。山鳩21首に続く挽歌である。
幻の赤福氷 2013・6・20(木)
 「明日の休みは赤福氷を食べに行く」と宣言した連れ合いが、当日(18日)お腹を壊したので、EXPASA御在所(上り線)にある赤福茶屋行きは中止になった。甘いものを食べない素空、EXPASA内に入れない子犬・くるみはひそかに喜んだ。EXPASA御在所は伊勢まで行かなくても自宅から20分で行けるので、暑くなると連れ合いはすぐに赤福氷を思うらしい。
 「赤福氷はやめて、ジャズドリームへ」、目的はジグソーパズルの購入である。ここは犬が入店できる店が多くあり、中庭でペットと一緒に飲食できるので、くるみは大喜び?コーヒータイムはドーナツとパイだった。
 午後にはお腹も良くなった連れ合いだが、EXPASA御在所へ行くとは言わなかった。しかし、夜になると「赤福氷、残念!」と叫んでいた。7月の休み(第3火曜日)の行き先は決まったも同じだ。
おばあちゃんには・・(朝日新聞・あのね) 2013・6・19(水)
 おままごとの包丁で、おもちゃのにんじんを切っていた。近くにいたおばあちゃんに、「包丁、あぶないよ。おばあちゃんには、まだ無理」。
              《大阪市 河原 野々花(ののか)・3歳》

 最近、いろいろな面で能力が劣ってきている。その内に孫のココロから「危ないよ。スージには、もう無理」と言われそう。
近鉄名古屋線 2013・6・17(月)
 6月7日、  JRで名古屋に行った帰りは近鉄で四日市に戻った。できれば各駅停車でと思ったが、時間の都合で発車間際の急行に飛び乗った。こんな時は改札を瞬時に通過できるPiTaPa(ピタパ)・乗車カードは便利だ。
 車内では若い人たちはスマートフォンを操作して楽しんでいる。スマートフォンをいじるのは照れ臭いので、本を取りだしたが集中はできなかった。
 各駅停車だと名古屋ー米野ー黄金ー烏森ー八田ー 伏屋ー 戸田ー 蟹江ー富吉ー佐古木ー弥富ー長島ー 桑名ー 益生ー伊勢朝日ー 川越富洲原ー富田ー 霞ヶ浦ー 阿倉川ー川原町ー四日市、21の駅でJRの倍ある。
 夜、ノブ君パパと話していたら、彼も名古屋にいたと言う。早速、JRと近鉄の各駅についてあれこれ話をした。JR弥富駅で初めて見た弥富始発の名鉄の津島/尾西線なども話題になった。
 名古屋ではプーシキン美術館展と鶴舞公園のバラ・花菖蒲を楽しんできた。
  
                 (明日第3火曜日は独り言を休みます)

                               ジャズドリームートミジャス
JR関西本線 2013・6・16(日)
 くるみと散歩していると四日市駅を出て名古屋に向かうJR関西本線の電車とよく出会う。孫たちと三滝公園で遊ぶとすぐ横をJRが通過する。このJR関西本線に乗ったのは国鉄マンだった叔父と一緒に四日市と八尾を往復した子供の頃、京都にいた時に乗った10代の終わり、最後に乗ったのは夜行寝台で東京に出た20歳頃である。四日市では近鉄線ばかり利用するので、最近は一度JRに乗ってみたいという思いが強くなっていた。
 6月7日思い切って自宅から15分歩き、四日市駅始発の各駅停車に乗り名古屋まで行った。「各駅停車で行くこと、車内外を良く観察すること」を念頭においた50分ほどの時間だった。四日市ー富田浜ー富田ー 朝日ー桑名ー長島ー弥富ー永和ー蟹江ー春田ー八田ー名古屋、11の駅である。
 四日市と名古屋以外はすべて初めて、窓外の景色も新鮮である。次から次へといろいろなことが思い浮かんで楽しく、「愉快リゾート」に行くと言う姦しい4人連れのオバサンたちの飛び込んでくる会話も快く聞いていた。
 ところで関西本線とは「名古屋駅から亀山駅、奈良駅を経てJR難波駅に至る鉄道路線」だと案内に書いてあった。
  
山鳩・第21首(會津八一) 2013・6・15(土)
 かなしみて いづれば のき の しげりは に
           またま あかき せきりう の はな       解説
     (悲しみて出づれば軒の茂り葉にたまたま赤き石榴の花)

 山鳩連作21首の最後である。八一は連作の最後に「赤」を使うことが多い。挽歌の最後を飾る赤色は更に印象的である。
近鉄川原町駅(5・27) 2013・6・14(金)
 自宅から川原町駅まであちこち眺めながら歩き、約20分で着いた。駅は立体交差事業が進行中、完成すると4か所の踏切が無くなり踏切による混雑が解消される。
 駅の近くに父方のおばさん2人が住んでいたがもう亡くなっていない。1人は駅横で「みはと」と言う和風料理店を、夫婦で経営していたが今は無い。その同じ場所に「うなぎ 魚文」と言う店があった。そこから50mぐらいの所にもう1人のおばさんの娘夫婦が住んでいる。久しぶりに立ち寄り話しこんだ。従姉は6歳年上、随分前の病気で半身に障害があるが、とても元気だった。「元気な頃にあなたの家まで行き、お母さん(素空の亡母)とよく話をした」と笑顔で話していた。
 目的はもう少し歩くことだったが、従姉宅で予定時間が過ぎてしまった。
  
学校探検(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・1・13(木)
 この春小学校に入学した孫が、授業の一環で学校内を探検した。校長室では、飾られていた歴代の校長先生の顔写真を見て、すべて遺影と勘違い。帰宅するなり、「校長室に死んだ人の写真がいっぱい並んでいて、ぼく、びっくりした……」。   (鹿児島市・校長先生ごめんなさい・60歳)

 我家の亡父母の遺影は死後数年して壁から外して箱にしまった。遺影をはずした後、父母への想いがどんどん希薄になっていったが、歳を取るとともに遺影無しでも「この年に父母はどうだった」などといろいろ考えるようになった。
山鳩・第20首(會津八一) 2013・6・12(水)
 ひとり ゆく よみぢ の つかさ こと とはば
          わが ともがら と のら まし もの を      解説
    (一人ゆく黄泉路の司こと問はばわが輩とのらましものを)

 冥土への道をたった一人で行くきい子に向かって叫ぶ。お前は一人ではない、貧しいけれど学問一筋に生き、その学問は仏の世界にも及んだ私の友と言いなさい。きい子への絶唱である。
ニセ黄門に裁かれて・プロメテウスの罠 2013・6・11(火)
 朝日新聞のプロメテウスの罠を読んで思わず手を叩いてしまった。福島原発5、6号機がある双葉町の前町長・井戸川の講演資料を参考にした文である。放射能汚染した住宅に対する保障がほとんど無いに等しいことを取り上げて。
『 テレビでは、水戸黄門がお白洲に悪代官と被害住民を座らせて裁きをする。
 しかし、今回の事故では、白洲に座らされているのは被害を受けた住民だけだ。悪代官と水戸黄門は白洲を見おろしながら上に一緒に並んでいる、と井戸川は思う。「裁かれるべき人間が、私たち被害者に右向け、左向けって命令している。こんなことってありますか。いま裁いているのはニセ黄門なんですよ」』
あべこべ(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・6・10(月)
 連休で帰省中、4歳の孫と善光寺行きバスに乗ったら、「ジイジ、おしっこは降りるまで我慢だよ」と言われた。
                (千葉県習志野市・ 孫に教えられ・65歳)

 孫に言われたことはないが、仲間を乗せて車で出かける時は、トイレ休憩をとることに気を使っている。仲間は年配者か女性なので!
山鳩・第19首(會津八一) 2013・6・9(日)
 ひかり なき とこよ の のべ の はて に して
           なほ か きく らむ やまばと の こゑ    解説
     (光無き常世の野辺の果てにしてなほか聞くらむ山鳩の声)  

 光も色も音も無いであろう野辺の果てで、きい子が山鳩の声を聞いているだろうかと詠う八一の姿は悲しみにあふれている。
中国王朝の至宝 2013・6・8(土)
 5月22日、「仏像展」(名都美術館)の後は名古屋市博物館で「中国王朝の至宝」を三重刻友会のメンバーと共に見学した。中国古代の宝が168点並んでいた。見たことがないものが沢山あったが、特にその名前の一文字のものに戸惑った。何となくわかるものもあるが、以下からどんなものを想像しますか?
   豆(とう)  爵(しゃく)  尊(そん)   璧(へき)
   盉(か)   弩(ど)    鼎(かなえ)  磚(せん)
 興味のある方は名古屋市博物館へ、6月23日(日)までです。

  豆(とう)は肉や野菜を盛る高坏(たかつき)。
  爵(しゃく)は酒を温めるための把手と細長い注口が付いた三足の器。
  尊(そん)は酒を注ぐ器。
  璧(へき)は玉器の一種で、扁平環状で中央に小さな孔がある。
  盉(か)は注酒器のひとつで、酒をほかの酒や香料、水などと混ぜ
   合わせる撹拌器であり、盃に注ぐ役割もすると考えられている。
  弩(ど)は古代から近世にかけて使われた射撃用の武器の一種。
  鼎(かなえ) は3本の脚と2個の耳のついた金属性の容器。
  磚(せん)は東洋建築に用いられた煉瓦。
イエスの奇跡2 2013・6・7(金)
 奇跡はイエス以前の共同体の諸規定にイエスがもたらした一連の変化の記録だと「イエスのミステリー」の筆者は言い、「死海文書」の研究から奇跡の内実に迫る。
・たったパン5切れと2匹の魚だけから5000人の群衆を食べさせ、残り屑が12の籠に一杯になった。
 それまでのユダヤ人の仕来たりでは祭司はレビ族に生まれた者(少数)でなければいけなかった。「パン」はレビ族を表しており、普通の人がパンを食べるということは聖務者への道を、多くの人に解放したことになる。
 こうしたイエスの奇跡の真実が隠されたのは理由があったようだ。

 死海文書
 1947年から1956年にかけて死海の北西にある遺跡キルベト・クムラン周辺で発見された972の写本群の総称。主にヘブライ語聖書(旧約聖書)と聖書関連の文書からなっている。「20世紀最大の考古学的発見」ともいわれる。第二神殿時代後期のユダヤ教の実情をうかがわせるものでもある。
片付けられない夫(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・6・6(木)
 家に使わなくなった夫の物が多い。整理しようと、夫に「この服、全然着てないよ」と見せたら、「まだまだときめくから捨てるな」だと。太って着られないだけでしょ?そういうのは未練って言うの。
                (夫にときめかない妻・49歳)

 数年前、酒をやめて減量し、全てのズボンのウエストを5cmほど縮めた。その時の苦労もあるし、ズボンを太くするわけにもいかないので現状維持を心がけている。でも、美味しいものを沢山食べてみたいし、心行くまで酒も飲みたいといつも思っている。
サラリーマン川柳ベストテン 2013・6・5(水)
 今年の1位は4563票(総投票13万票)を集めた
     いい夫婦 今じゃどうでも いい夫婦  (マッチ売りの老女)
 「どうでも」まではいかなくても、今では空気のような存在であることは確かだ。2位から10位までは以下だった。
    2  電話口 「何様ですか?」と 聞く新人
    3  「辞めてやる!」 会社にいいね!と 返される
    4  風呂にいた ムカデ叩けば ツケマツゲ
    5  ダルビッシュ 一球だけで 我が月給
    6  スッピンで プールに入り 子が迷子
    7  人生に カーナビあれば 楽なのに
    8  すぐキレる 妻よ見習え LED
    9  ワイルドな 妻を持つ俺 女々しくて
    10 何かをね 忘れたことは 覚えてる
 ところで素空が投票した句はやっと10位に入っていた。その時、この独り言でピックアップした他の7句はベストテンには入らなかった。
山鳩・第18首(會津八一) 2013・6・4(火)
 やまばと は き なき とよもす ひねもす を
         ききて ねむれる ひと も あら なく に     解説
   (山鳩は来鳴きとよもすひねもすを聞きて眠れる人もあらなくに)

 山鳩の声だけが聞こえる静寂のなか、八一は観音堂で一人暮らす。第2、3首で詠んだ山鳩が第19首とともに再度詠われる。山鳩はきい子の挽歌の象徴である。
春風亭小朝・独演会 2013・6・3(月)
 6月1日、四日市文化会館に出かけた。N夫婦と4人で鑑賞する予定が、急な用事で2人の都合が悪くなったので、代わりにF夫婦と出かけた。
 前座は春風亭ぽん吉、隣にいるF夫人はニックネームが似ていたので親近感を抱いたようだ。演題は「牛ほめ」だったが、これは不出来、とにかく主役・与太郎の味が出ていない。その上まずいのはとても間が悪い。帰って調べたら、昨年11月入門の経験不足の小朝の3番弟子だった。
 滝川鯉斗(こいと)は芸歴8年目の二ツ目で「動物園」を演じた。上方落語を聞き慣れている連れ合いは随分省略してあるねと言う。主役が小朝なので時間の配分もあろうが、江戸落語なのでニュアンスは違う。
 春風亭小朝は「試し酒」と「越路吹雪物語」を演じた。とても面白く、笑い転げた。さすが小朝である。
 1980年に36人抜きで真打昇進した天才肌の実力は凄い。その頃は小生意気な面も見えて嫌だったが、年齢を重ねてそんな面が払しょくされとても良かった。59歳になり、円熟の境地とはこんなものだろう。
シニア料金(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・6・2(日)
 映画館のチケット窓口で「シニアなら千円です」と言われた。老けて見られたのが悔しくて、つい「違います」と口にした。「しまった」と思ったが、後の祭り。意地を張らなきゃ安くなったのに・・・。(若く見られたい妻・56歳)

 シニア券、ほとんどのスキー場で該当することになったので喜んで使っている。若く見られたいともう思わなくなったが、年上の仏像作り仲間といると若手のバリバリになる。だけど、一説には若い人と交わっている方が若さは保てると言う
                              鈴虫誕生
星野富弘5~6月の詩画 2013・6・1(土)
 花の名は半夏生(はんげしょう)。半夏生は夏至から数えて11日目頃の日を半夏生(七十二候の1つ・7月2日の頃)と呼ぶが、その頃に花が咲くことから名づけられたと言う。開花時期は7月1~20日頃。上の方の葉っぱが、ペンキをべったり塗ったように白くなる面白い花。
 花木は雨が良いだろうが、6月は梅雨晴れの日が多いほどいいな!
        

             
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