10月の終わりに 2013・10・31(木)
 ノブ君ハイキングの翌日、軽い腰痛になった。2日ほどで痛みは軽くなったが、その週はゴルフを断念、近鉄駅ハイキングも控えた。
 昨日、近鉄八田駅から烏森、黄金、米野を経て名古屋駅にたどり着き、目的を達成した。10月中に終えることができ、ほっとしている。
 さて、11月は紅葉のシーズンなのであちこち出かけてみたい。

放浪唫草・第4首(會津八一) 2013・7・20(土)
 鞆の津にて(第2首)
  ふね はつる あさ の うらわ に うちむれて
          しろき あひる の なく ぞ かなしき    解説
      (船泊つる朝のうらわにうち群れて白き家鴨の鳴くぞかなしき)

 海辺で鳴く家鴨が愛おしい。瀬戸内を行く旅情である。
戸田駅(10・18) 2013・10・30(水)
 蟹江駅から直線で1,3kmぐらいの戸田駅へ歩きだした。すぐに福田川を渡るが、もうそこは名古屋市中川区だった。ちょっとびっくりする。
 近鉄線南側の田んぼ路を歩く、黄色く実った稲穂の向こうを特急が走っていく。線路の北側は住宅街のようだ。
  
 30分ほどで戸田駅に着いた。名古屋市中川区水里三丁目にある駅で主として通学・通勤用に利用される。1日の平均乗車人員は4,000人ほどである。
  
 戸田駅を過ぎて伏屋駅に向かったが、すぐに「供米田」の標識に出会う。「くまいでん」と読み「熱田神宮に供える米を出す田」から地名は来ているらしい。地名の由来を考えて歩くのも楽しい。戸田は田に関係するのだろうと思い、伏屋の由来は何なのだろうと歩き続ける。
チェンジ?(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・10・29(火)
 日曜の朝、「今日は衣替えをするから、お利口にしていてね」と言われた孫娘。無言のままなので、「わかったの?」とママが尋ねると、「パパもママも大好きだから、『子どもがえ』しなくていいと思うけど……」。ママは抱きしめて泣き笑い。     (神奈川県綾瀬市・心配になったのね・78歳)

 可愛らしいね。幼子の素直さと抱きしめて泣き笑いするママが目の前に浮かぶ。
              私の水彩画  彦根城京橋口  (Masanori.Y)
スマホ3 2013・10・28(月)
 高齢者にとってのスマホのメリットとデメリットは何なのか?一般的なメリット・デメリットは参照。
 メリットはパソコンでできる便利な世界をポケットやカバンに入れて持ち歩けることである。極端に言えば、ありとあらゆることができるので従来の辞書などが不要になる。知識や疑問への回答はスマホの中にある。その上、テレビが見れ、動画が見れ、音楽が聞け、ゲームもできる。もちろん、高画素数の写真も撮れる。ただし、使いこなすには相当な努力がいる。
 しかし、新しい世界への挑戦が便利な世界を生み、かつ能の低下を防ぎ活性化させることが出来るなら使ってみる価値は十分にある。
 デメリットは何か。
 もちろん宝の持ち腐れにしてしまうことである。電話機能だけ使うだけの人が持てば、無駄に経費を使って、沢山の機能を持つスマホを泣かせることになる。
 その他を羅列すると、・月額料金が高い・バッテリー持ちが予想以上に悪い・設定などの文字が小さいので老眼の人には不向き(ネットなどの画面では拡大は自由)・使いこなしに努力がいる・トラブルなどの対応が難しい、等かな。
 もし使うなら、挑戦する意欲を持つことと、困った時に教えてくれる家族や友達を持つとよい。80代の仏像製作仲間は素空がお友達をしている。


メリット
・ 小さなノートパソコンと同じで、パソコンで出来ることがほとんど可能
・ 沢山の無料、有料のアプリ使える(ダウンロード)ので、多くのことに対応できる
   (動画、音楽、ゲーム他)
・ “ワンセグ機能”“GPS機能”“無線機能、Wi‐Fiその他”が内蔵されているので、
  TVが見れ、ナビも使える。
・ パソコンのメールやデータをスマートフォンで見ることができる
・ ワード、エクセル、パワーポイントなどソフトを取り入れれば、
  ビジネスなどにも活用できる
デメリット
・ バッテリーの持ちが悪い
・ 月額料金が高い。ネット接続を中心にするので、パケットの定額加入が必須
  また本体の値段も高い
・ 携帯電話より大きくなる(扱いにくい)
・ タッチパネルは静電気で反応するため、反応しにくい場合がある
・ 慣れないと、メールや電話番号が入力しづらい
・ 従来の携帯電話で使っていた、モバイルサイトが使用できない
・ 機種によっては、フリーズが起こる場合がある
放浪唫草・第3首(會津八一) 2013・10・27(日)
 鞆の津にて
  きてき して ふね は ちかづく とものつ の
          あした の きし に あかき はた たつ    解説
      (汽笛して船は近付く鞆の津の朝の岸に赤き旗立つ)

 瀬戸内海航路の要所、鞆の浦に船は近づく。
 この古い港町の雰囲気が気に入った宮崎監督が『崖の上のポニョ』の舞台とした。
地下鉄の臭い 2013・10・26(土)
 田園をハイキングした後、名古屋まで出かけて地下鉄に向かった。地下への階段を下りると熱気とともに臭気が鼻をついた。初めての経験である。名古屋までの近鉄電車が空いていたので臭いが感じられなかったことも原因かもしれないが、嫌な臭いだ。毎日利用する人は大変だと思った。
 臭いではないが、大都会東京新宿の人があふれる雑踏も息苦しい。ここは住む所ではないと思い、その後郷里に帰った。
 田畑があり、自然に囲まれた所はいい。しかし、昔の四日市は帰省する列車が近づくと公害の臭いを避けて窓を閉めたものだ。地下鉄の臭気がそんなことを思い出させた。 
話のタイミング(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・10・25(金)
 テレビを見ていた夫に話しかけたら「今いいところだから後で」と言われた。しばらくして「何の話だっけ」と聞かれたが、忘れてしまった。なんか悔しい。だからすぐに聞いてくれなきゃだめなのよ。
                    (もっと夫と話したい妻・53歳)

 物忘れは甚だしい。今しようと思ったことをすぐに忘れる。それで、スマホのメモ帳に書きとめておくことにした。ところが、今書こうとしたことが何だったか思い出せない時がある。さらに悪いことにはそのメモ帳を見ることを忘れている。
蟹江駅(10・9) 2013・10・24(木)
 蟹江町は海抜ゼロメートル地帯、しかもその4分の1が河川で占められている。富吉駅を出て1号線は日光川、佐屋川、蟹江川を渡る。蟹江川沿いを北に歩き線路を越えて右に行くと近鉄蟹江駅に着く。直線で3kmぐらいだろうか?1時間かかった。
 ここは同級生が住む町で、過去に仲間と何度も来ているのでなじみ深い。人口は36,596人、蟹が多かったからこの名がついたと言われている。蟹江駅の1日の平均乗車人員は13,000人ほどである。
 駅前に観光マップが3種類立っている。マップを見ながら、こことここは行ったなと確認した。富吉駅までの雨で疲れたので、コーヒーを飲んでから帰路についた。
  
活字中毒? 2013・10・23(水)
 小さい頃から、学習は活字を読むことが主力だった。幼児の頃の耳学問もあるが、字を読むことは身に染みついた習慣である。仕事中や娯楽に興じている時ではなく、車内とか待合で全く他にすることがない場合、必ず本を携帯する。他の人が何もせずにぼっ~と座っている事が不思議だった。
 ところが最近活字離れはしていないが、難しい文章などの理解力が急激に落ちてきた。そして意味無く本の活字を追っている場合がある。痴呆が進んだ亡母が本を手放さなかったことなどを思い出す。
 それが理由ではないが、電車に乗った時などにあえて活字を追わない時間を持つことにしたら、いろいろな事が見えてきた。考えることも増えた。車外を眺めたり、車内の人の様子を見ながらいろいろ思いを巡らしと楽しくなってくる。新しい領域であり、脳の活性化につながるかもしれない。
 読むことだけを全てと思っていると見落とすことが沢山あるようだ。そんな風に思うようになった。
放浪唫草・第2首(會津八一) 2013・10・22(火)
 瀬戸内海の船中にて
  わたつみ の みそら おし わけ のぼる ひ に
          ただれて あかき あめ の たなぐも       解説
      (わたつみのみ空押し分け昇る日にただれて赤き天のたなぐも)

 船で朝を迎えた瀬戸内海の雲はただれたように赤く染まっていた。

                        ノブ君ハイキング・岐阜城
スマホ2 2013・10・21(月)
 スマホが流行りなので、買い替える人が多くなった。ただ、初期のころはパソコンやネットに興味のない高齢者には販売店は薦めなかったが、最近はそうでもないらしい。80代の仏像製作仲間がスマホに替えていたのでびっくりした。彼の購入理由はいろいろあるだろうが、その一つは「自分の仏像作品がアップされているページ」を見ることと、知人などにそれを自分のスマホで見せることだった。しかし、取扱いに苦労しているのでいろいろアドバイスしている。
 携帯電話とスマートフォンの違いは簡単にはこうだ。携帯電話はあくまで電話でそこにいろいろな機能が付加され、ネットも見れる。スマートフォンは小さなパソコンと言える。ネットが見れ、いろいろなアプリがインストール出来て多機能、そこに電話機能があると思えばいい。
 だから、パソコンを触ったことが無い高齢者には難しい。しかし、スマホはそうした世界へのチャンスとも言える。電話だけで使うなら、携帯電話で良いし、もっと簡易なPHS(携帯電話)がお薦めである。
 次は高齢者にとってのスマホのメリット、デメリットを書いてみたい。
妻の言い訳(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・10・20(日)
 私はおいしいものを食べたとき、夫に「これ食べる?」とお裾分けする。でも夫が言うときは全く逆の意味。つまり「おいしくない」か「おなかがいっぱい」ということ。だから私は太ったのよ。(ナイスバディがほしい遊馬・54歳)

 「これ食べる?」には「食べない勇気」があればなんとかなる。カロリー制限をしているので外食の時、「残す勇気」が出来るまで時間がかかった。作った人の気持ちを思うし、食べ物は粗末に扱わないとして育ったから。
富吉駅2(10・9) 2013・10・19(土)
  富吉駅はマンション、アパートに周りをぐるりと囲まれている。駅ビルもアパートとなっているので戸惑い、びっくりした。名古屋線の車両基地・富吉車庫があるので駅の敷地は大きい。名古屋のベッドタウンとして発達し、1日の利用客は6,000人ほどである。 

南口は住宅と併設

北口ビルは住宅

南口横のマンション
 南口、北口を見学し蟹江駅に向かう。1号線に出るとすぐに蟹江警察署がある。愛西市からすぐなので、ここでも戸惑った。蟹江駅近くだと想像していたからだろう。
  
富吉駅1(10・9) 2013・10・18(金)
 佐古木駅から富吉駅・蟹江駅をめざす。前回、川に阻まれた事を教訓に1号線を歩いた。案の定、善太川を渡る事になった。ところで佐古木駅は弥富市、1.7km離れた富吉駅は海部郡蟹江町なのに善太川の橋を渡ると愛西市の看板が出てきた。おかしいなと思ったが、ここは旧佐屋町で立田村、八開村、佐織町と合併して愛西市に入ったからだ。
 刈入れ前の稲穂を眺め、養殖池の金魚を見ながら歩くが、天気予報が外れて風と雨の中のハイキングになった。30分ほどで富吉駅に入る。ハイキングを諦めてプラットホームにいたら雨がやんできた。思い直して、駅から出ようとしたら入場出来たPiTaPaカードが出る時は使えないと言う。データを消去してもらってやっとOKになり、蟹江駅に向けて歩きだした。
  
   
放浪唫草・第1首(會津八一) 2013・10・17(木)
 大阪の港にて
 をちこち に いたがね ならす かはぐち の
          あき の ゆふべ を ふね は いで ゆく    解説
      (をちこちに板金鳴らす川口の秋の夕べを船は出でゆく)

 「憂患」の山田温泉(山中高歌10首)を経て、今度は西国の旅へ大阪から船出する。
                        写真集 月下美人へ
スマホ1 2013・10・16(水)
 近鉄電車に乗るとあちこち興味を以て眺めまわす。ずっと以前はさりげなく女性を見ていた?が、この頃はいろいろなことに興味をそそられる。まずはスマホ、持っているほとんどの人が画面を覗いている。乗客の4分の1ほどだから普及は凄い。ほとんどが若い人である。下校時に乗りこんでくる高校生もほとんどスマホを使っている。この経費はだれが払うのだろうと余計な心配をしてしまう。そういえば、朝日町で事件にあった中学3年生も使っていた。
 しかし、使っている人は楽しそう。桑名で乗ってきた男子高校生に富田で乗った女子高校生がすぐに楽しそうに話しだした。どうしてこの時間、この車両、この扉の所で会えるのかな?と思う。スマホで連絡しあえばいとも簡単なのだと気がついた。
 下宿していた若い頃、人に会うには手紙か電話だったが、手紙とはなんと悠長なことだったのだと思う。懐かしいとも思うけれど、もう手書きでは漢字が書けなくなった。パソコンやスマホがないと1日が動いていかない。 
変わった贈り物?(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・10・14(月)
 妻が届け物の包みを開けて、うれしそうに居間で叫んでいる。「くさやの粕漬けをもらったよ!」。おお、随分とインパクトのある贈り物だな、と半信半疑で近寄ってみたら、長崎の老舗、福砂屋のカステラだった。どこでどう聞き間違えたものやら・・・・・・。  
            兵庫県西宮市・どんな味だったかな・50歳)

 福砂屋のカステラは食べたことはあるが、くさやは食べたことがない。くさやは独特な臭味のため、好む人嫌う人が極端に分かれると言う。加山雄三が蛇を食べる話をしていたが、これも食べたことがない。
                 (明日第3火曜日は独り言を休みます)
                          
花ひろばートミジャス
佐古木駅(10・4) 2013・10・13(日)
  10月4日、弥富駅から出て途中蛇行した川に阻まれ、佐古木駅(弥富市佐古木6丁目)の到着が遅くなった。弥富、蟹江は東海の水郷と言われているから、思わぬところで川に邪魔される。
 川や田畑、花などを楽しみながら歩いていたが、予定時間を大幅に上回ったので県道109号線を佐古木駅に向かう頃には辺りを観察する余裕がなかった。佐古木駅は簡素な駅だが、名古屋の住宅地化が進んでいて、1日の平均乗車人員は3,000人ほどである。
 駅の近くに「伊勢湾台風時湛水位」の標識が立っていた。あの台風の時、長期にわたって水があった高さを示している。高さは2mほどある。海抜0m地域の被害の記録が残されているのだ。
  
           
放浪唫草(會津八一) 2013・10・12(土)
 山中高歌に続いて放浪唫草(63首)を紹介する。
 鹿鳴集・放浪唫草
   “大正十年十月より同十一年二月に至る。唫草(ぎんそう) 「唫」は「吟」の古字。「吟草」にて「詠草」といふに同じ。”
 大正10年6月、「憂患」の山田温泉(山中高歌10首)を契機に、学校運営から学術の道に軸足を移す。その後の奈良行きを経て、同年11月から翌年2月まで西国九州の古寺古跡、石造美術の調査を行うとして西国を遍歴する。その時の歌が放浪唫草である。
 2月18日帰京した八一は、早稲田中学教頭辞任を坪内逍遥に3月22日に申し出て受理される。
 西国遍歴の意義は、捨て身の思いで旅立った病身の道人が大自然や古代の美術のおおらかな精神にふれることによって、心の懊悩煩悩が消え、腎臓障害、神経痛などからも解放され、心身ともに新鮮で充実した時を過ごすなかで生気を蘇らせたことにある。
               (植田重雄著「會津八一の生涯」を参考に)
弥富駅2(10・4) 2013・10・11(金)
 弥富駅を写真に撮って、すぐ横を走る1号線を歩きだす。さすが1号線、道路沿いには沢山の店が並んでいる。食堂、喫茶店が随分あるが、金魚店も並んでいる。仲間と2003年に行った弥富金魚市場を探して歩いたが見つけられなかった。弥富市は金魚で有名、文鳥の生産でも知られている。近年は名古屋のベッドタウンとして住宅開発が進んでいて、人口は4万3千人ほどである。
 木曽川の流し出した土砂の堆積に輪中を造る事で成立した村々であったので海抜ゼロメートル地帯が広がり、JR駅は全国で一番低い所にあると言う。
 今日は佐古木駅から富吉駅だったが、1号線はやっぱりつまらないので左折して北へ、近鉄の踏切を越えて右折、線路添いに歩いたら川に出た。川上に歩いて橋を探したが無い。随分歩いてやっと川を渡り、佐古木駅に着いたら1時間半かかっていた。弥富から直線で2kmなのに!
 予定を変更し、佐古木駅で電車に乗って名古屋三越で開催されている日本伝統工芸展に出かけた。
  
                   近鉄弥富駅

         緑の線ならすぐなのに、川に阻まれて赤い線を歩く
葉っぱ(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・10・10(木)
 猛暑の夏、下着一枚で横になっていた。チャイムが鳴り、宅配便が来たようだ。妻が「葉っぱを付けて、早く出て」と言った。いくらなんでも、と思ったら、「パッパと着て、早く出て」の聞き間違いだった。私も後ろめたい恰好をしていたが、妻もそのままでは出ることが出来ないぐらいの薄着だった。
            (広島市・皆さんのお宅ではどうですか?・44歳)

 チャイムが鳴ると真っ先に服を着ていない(?)くるみが玄関に走っていく。服を着ながらくるみの後を追い、犬だったらすぐに出ることが出来るのにと思う。
くるみのボール遊び 2013・10・9(水)
 涼しくなったので三滝川の水遊びが出来なくなった。水遊び後シャワーで全身洗ってもらうのだが、その後ブルブル震えるのでハハが禁止した。そのかわり、毎日、川原でボール遊びをしているよ。
 走りすぎてゼイゼイするけど、いつまでしてても面白い。上手にくわえてくるくるみとハハの豪快な投球を見てね!

   
弥富駅(9・22) 2013・10・8(火)
 長島駅を出て尾張大橋(878.8m)を渡りながら、木曽川の水上スキーを眺めている間は良かったが、橋を渡ると疲れが出て、ただただ弥富駅にたどり着きたいという気持ちしかなかった。そうなると周辺をのんびりと眺める余裕はなく、帰ってからも弥富の町の印象は薄い。
 弥富駅には3時前につき、電車に乗って四日市まで帰った。次回は弥富駅から富吉駅(愛知県海部郡蟹江町)まで歩く予定なので、その時弥富をゆっくり歩きたいと思う。
 弥富駅の1日の平均乗車人員は12,000人ほどである。
  
肉(朝日新聞・いわせてもらお) 2013・10・7(月)
 先日、義母(70)が「肉がどこかにあるはずなんだけど」とカバンの中を探し始めた。冷蔵庫じゃなく、カバンの中を探すなんて、いよいよボケが始まったのかと驚く私に、「朱肉ある?」
            (山梨県富士吉田市・肉は肉・・・・・・32歳)
 
 しっかりした義母さんだ。冷蔵庫を指差して「洗濯機の中」と口走る素空とは大違いだ。
長島駅(9・22) 2013・10・6(日)
 桑名駅から伊勢大橋を渡って長島町に入る。ここは木曽三川に囲まれた三角州で輪中の里と知られてきたが、今では長島温泉の方が有名である。
 一号線沿いで食事をし、しばらく歩くと庭に曼珠沙華が咲く又木茶屋があった。ここは画家佐藤昌胤の生前の屋敷を長島町が譲り受け、情報交流施設として運営している。こじんまりとした茶屋内を見学し、長島駅に向かう。のどかな田園と住宅が続く静かな町である。
 今から54年前、伊勢湾台風(9月25日)でこの海抜0m地域は大きな被害を受けた。父が親戚の手助けに行き「舟で2階部分から入った」と言っていた事を思い出しながら歩いた。
 長島駅は桑名市長島町西外面にあり、午後1時半に着く。こじんまりした駅を外国人が写真を撮っていた。まだ時間が早いと思って弥富駅をめざしたが、木曽川手前で「弥富まで4km」と標識が出ていたのでハイキングを延長したのを後悔した。
 長島駅の1日の平均乗車人員は1,700人ほどである。
    
名古屋・日本伝統工芸展 2013・10・5(土)
 名古屋三越で開催中の第60回伝統工芸展に昨日出かけた。その前に9階にある東洋軒でブラックカレーを食べたかったが、満席であきらめ和食の店に入った。
 工芸展の中心、陶芸は大きなものばかり、しかも精緻な作品が多い。そのせいか素朴な土肌に柔らかい緋襷(ひだすき)がある備前焼が魅力的だった。他には泥線黄流々大鉢(村田眞人・まこと)、 黄釉が流れるように薄くかかった鉢が良かった。初めて見る何とも言えない色合いである。
 大きなものの中で2点だけの小さな茶碗は素晴らしい。特に志野(鈴木藏・おさむ)の緋色の火色が良かった。
 帰ってから、去年のブログを見ると以下のように書いてあった。
「・・・全体の大半を占める陶芸作品は大きい物ばかりである。見事さに圧倒されるが、心惹かれるものは少ない。小さな秀品、瀬戸黒茶碗(加藤孝造)、志野茶碗(鈴木藏)がどれほどの人に注視されたかは疑問だ。今回は精緻で見事なものより、備前焼緋襷の陶器に目が行った」
 工芸作品を見る目はちっとも進歩していないと思った。工芸展は10月7日までである。
山中高歌・第10首(會津八一) 2013・10・4(金)
 かみつけ の しらね の たに に きえ のこる
          ゆき ふみ わけて つみし たかむな   解説
      (かみつけの白根の谷に消え残る雪踏み分けて摘みしたかむな)

 山中高歌の最終歌。 山田温泉での時を経て、憂患を克服しつつ穏やかになった八一は坪内逍遥に筍を送る。
木曽三川を渡る(9・22) 2013・10・3(木)
 桑名駅から弥富駅に行くには国道一号線にかかる伊勢大橋(揖斐川、長良川)と尾張大橋(木曽川)を渡る。車でよく走る1号線はできたら歩きたくないが仕方がない。しかし、二つの橋を歩いて渡るのは初めてで楽しかった。伊勢大橋は揖斐川と長良川の合流区域にあり、長さは1,105.8mである。川岸で貝取りをする人達や川下の長良川河口堰を眺めながら、のんびりと渡った。渡り終えると長島(桑名市)に入る。
  
 長島駅を見学して、三重県桑名市から愛知県弥富市を繋ぐ木曽川の尾張大橋(878.8m)へ。休日だったので水上バイクを楽しむ人が沢山いた。乗ったことがないので、いくばくかの乗り賃で相乗りさせてくれないかと思った。
 尾張大橋のまん中には「愛知県境」と標識があり、何となく嬉しくなった。二つの橋を渡る間に近鉄電車が何本も川を渡っていった。
  
弁当(中日新聞・つれあいにモノ申す) 2013・10・2(水)
 帰省した娘が高校時代の思い出話をした。2段重ねの弁当を広げたら、上も下もおかず。「どういうこと?」と父親にメールをしたら、「上も下もご飯だった父さんの気持にもなれ!」と激怒のメールが返ってきたそうだ。
           (山梨県北杜市・時々物忘れする妻・58歳)
 
 こんな経験はないが、弁当を毎日三個持って通学したことはある。下宿した兄の分、家族が転勤したクラスメートの分、重いと不平を言ったりしたが作っていた母は大変だったようだ。
アベリア 2013・10・1(火)
 三滝公園の相撲場の周りに生垣があり、小さな白い花が長い間咲いている。花の名前はアベリア(ツクバネウツギ属)と書いてある。調べると春~秋に渡って、香りの非常に強い鐘形の小さい花を多数咲かせるとある。また名前は19世紀のイギリスの医者で植物学者のエイブル(Abel)さんからきている。
 アベリアと言う名が覚えられないので、「アベマリアと覚えよう」と言ったら、連れ合いが「アベサンかな?」と答えた。さすがご時世、安部人気は強い。ところで一緒にいたくるみが「 アー 、ベー 、ツェー 」とドイツ語で吠えたかどうかは不明である。
    

   
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