布袋 2012・5・31(木)
 原形は名古屋の荒子観音寺にある。 布袋は日本の七福神の一つで、中国唐末に実在したとされる僧・布袋に由来する。大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で描かれ、福の神の一種として信仰を集めている。
岐阜羽島 2012・5・30(水)
 仲間と円空の生誕地と言われる羽島市へ。一昔前は故大野伴睦(自民党副総裁)が田んぼの真ん中に政治的に作った新幹線岐阜羽島駅の存在で有名だったが、今はそんな話も風化するくらいに時が経った。
 駅前に着くと仲間が「大野伴睦の銅像がない」と叫ぶ。駅前ロータリー中央には円空の護法神を模した8mの巨大モニュメントが異彩を放っている。その昔、ロータリー中央に建っていた大野伴睦夫妻像は端のほうに移されていたのだ。
 円空仏巡りがなければ、ほとんど観光にならない羽島だが、駅を中心にゆったりとした街が作られ、落ち着いた雰囲気である。ランチを食べたターミナルホテルも感じが良かった。
 昼食後、もう一つの巨大円空モニュメントを見学し、摸作の円空仏が歩道に沢山並ぶ円空ロードをゆっくりと車で走った。こうした摸作の円空仏・300体が町おこしとして羽島に飾られていると円空仏が9体ある長間薬師寺で聞いた。17体の円空仏を持つ中観音堂(羽島円空資料館)が休館日だったのが心残りだったが、のんびりした羽島の一日は良かった。円空を訪ねるツアーだったが、例のごとく食事とおしゃべりが中心の一日だった。
両面宿儺 2012・5・29(火)
 両面宿儺(リョウメンスクナ)は岐阜県丹生川村の千光寺にあり、円空独自の鉈彫りの妙技が立体的造形美として表現された代表作である。
 両面宿儺は仁徳天皇の時代に飛騨に現れたとされる妖怪で、頭の前後に顔が二つ、腕が前後一対の四本、足も前後一対の四本あったとされる。千光寺の本堂にある像は頭の前後に顔が付いている武将像だが、同じ寺にある円空仏は笑いの顔の肩の上に怒りの顔が並んでいる。
         
狛坂磨崖仏1 パトカーの先導で 2012・5・28(月)
 高さ6mの花崗岩に刻まれた磨崖仏は金勝山の山中(滋賀県栗東市荒張地先)にある。ずいぶん前から見たかったもので、26日思い立って出かけた。調べると馬頭観音堂の駐車場に止めて、45分ほど歩けばよいと書いてある。近くにある道の駅・こんぜの里で地図をもらって説明を受けたのに目指す駐車場とは全く正反対の方に出てしまった。
 車を止めて、近くの人に聞いていると駐在さんがやってきて「今から出かけるので、わかりやすいところまで送るから後ろからついてきて」と言う。車一台がやっとの山道をパトカーで先導してもらった。別れ際に「ここを右に行けばいい、三叉路になったところを右に曲がって」と丁寧な説明を受けた。
 道を間違えて幸先が悪いと思ったが、パトカーに先導してもらうという貴重な経験が出来てラッキーだった。ところが目指す三叉路はちっとも現れない。狭い林道をずいぶん走ったのでまた間違ったかと不安になったが、無事到着してほっとした。
 ここから何十年ぶりの山道登山(ハイキングコースだが)が始まった。
 
  
     
伝教大師像 2012・5・27(日)
  伝教大師像ページへ                           
何必館(かひつかん) 2012・5・26(土)
 この美術館は京都の祇園・四条通りに面している。HNKの日曜美術館で開館30周年記念・村上華岳展を見た。何必館・京都現代美術館も村上華岳も初めて知った。
 何必館ホームページで見てもらえば分かるが、村上華岳の仏画は素晴らしい。友人たちを誘って見に行こうと思ったが開催は6月10日までで日程の調整がつかない。機会があれば、この作家の作品は必ず見ようと思う。
 ところで何必館の名の由来はこう書いてある。
 『人は定説にしばられる。学問でも、芸術でも人は定説にしばられ自由を失ってしまう。定説を「何ぞ必ずしも」と疑う自由の精神を持ちつづけたいという願いから「何必館」と名づけました』
 昔、四条通りで良く遊んだころにこの美術館は無かった。この展覧会は開館30年と書いてあるから当たり前、素空の記憶は40年以上前だから。
十一面観音菩薩・円空彫り 2012・5・25(金)
 原型は岐阜県美濃市の岩屋観音堂に祀られている。岐阜県指定重要文化財。岩屋観音堂は片知山を登りきると大岩があり庇のようになった岩の下に建立されている。
道風記念館と会津八一5(完) 八一と道風 2012・5・24(木)
 友人Nと書道が「蘭亭序」(王義之)に大きく影響されていることなどを話し、書の良し悪しについて語った。オーソドックスな書を信奉する彼は「(八一が言うような)オリジナルな書は良いか悪いかの判断が難しい」と言う。たしかに芸能人などの独特の字などの判定は難しい。
 會津八一は小野道風の書を評価した。厳しく排したのは道風などの字を無批判的にただ真似ること。八一は言う「字の趣味といふものは自分が相当の域に達した時に自ら湧いて流れでるところのものである。謂はばその人の体臭の如きものである・・・」「(だから)王義之の趣味、顔眞卿の趣味、小野道風の趣味といっていくらその人の字を真似てみたところで、生れつき違ふものが何になるか、そんなことは声色の稽古と同じことである」「自分で気がつかないうちに自ら湧き出て来るのが、その人の持味であると私は考へた・・・」そして独自の書のための基礎訓練を経て高いレベルでのオリジナルな八一の書を確立した。
 書の良し悪しは難しいが、それを芸術として見る限りは「美」を中心に据えて鑑賞するのみだと思う。鑑賞眼の良し悪しも問われるが、俗っぽく言えば一軸何十万円もする八一の書は評価されているのだろう。
   

                   小野道風記念館
南京余唱第33首(八一) 2012・5・23(水)
 法隆寺東院にて 第2首
  ぎそ の ふで たまたま おきて ゆふかげ に
           おりたたし けむ これ の ふるには     解説
      (義疏の筆たまたま置きて夕光に下り立たしけむこれの古庭)
物売りの声 2012・5・22(火)
 「ご家庭にある洗濯機など古くなったものは~~~」とスピーカーの音を流してトラックがやってきた。庭いじりをしていると珍しく運転手が声をかけてきた。低調に断ったが、肉声の勧誘にあったのは久しぶりである。
 最近では「竹屋ー、青竹ー」などの物売りの声はほとんどなくなり、僅かに豆腐屋、焼いも屋ぐらいである。
 寺田寅彦が大正時代にこう書いている『「昔は「トーフイ」と呼び歩いた、あの呼び声がいったいいつごろから聞かれなくなったかどうも思い出せない。すべての「ほろび行くもの」と同じように、いつなくなったともわからないようにいつのまにかなくなり忘れられ、そうして、なくなり忘れられたことを思い出す人さえも少なくなりなくなって行くのであろう。』
 そして以下のような物売りの声をあげている。「ナットナットー、ナット、七色唐辛子(なないろとうがらし)」 「豆やふきまめー」 「ナスービノーナエヤーア、キュウリノーナエヤ、トオーガン、トオーナス、トオーモローコシノーナエ」(苗売り) 「花のたより、恋のつじーうら」 「あんま上下(かみしも)二百文」 「ええ朝顔やあさがお」 「ええ鯉(こい)や鯉」等など。そして提案する。「今のうちにこれらの滅び行く物売りの声を音譜にとるなり蓄音機のレコードにとるなりなんらかの方法で記録し保存して・・・・・」
 この大正時代の売り声をほとんど聞いたことがないが、落語の枕で江戸時代のリアルな物売りの声の再現を聞くことはできる。それとて本当のものではない。人の声がじかに伝わってくる商いは良いものだ。今では商いの仕方が変わってきたから仕方がないが寂しい。今年の冬、実際に聞いた「いしや~~きいも!」の美声は素晴らしかった。           
ハナミズ(あのね 朝日新聞) 2012・5・21(月)
 お母さんに連れられて駅前を歩いていたら、美容院の人に宣伝のティッシュを渡された。
 「ハナミズたれてるから、拭けってこと?」
        (奈良 片山璃玖“りく”・3歳)

 ハナミズキの花が散りだしたら、ハナミズが出て止まらない。花はきれいだけど、ハナミズはね~!手の届くところにティッシュを置いている。  
トイレ掃除 2012・5・20(日)
 「罰としてトイレ掃除!」は若い頃からよく聞き、イメージがわくが罰としてやらされたことはない。しかし、ここの所2回も実行した。
 「2階のトイレは汚いから嫌だ!」と連休に孫の琴音に言われたからだ。お姫様に憧れ、美しいもの綺麗なものが大好きな孫の自然な言葉だ。旧宅で使っていた便器をそのまま使っているのだから相当古い。連れ合いが気にして掃除をするが汚れが落ちない。
 その汚れをネットで調べてみると「尿石や黄ばみや水垢等の様々な汚れが付着している。黒ずみは埃が付いて固着したものやカビ等」と書いてある。なるほどこれなら塩酸系の除去剤を使えばよい。早速、取り寄せて作業したが、1度ではダメで2回挑戦して真白できれいな便器にした。
 普段は家のことなどそれ程考えないが、孫の一言は偉大だ。夏にやってきたら一番に二階のトイレに案内しよう。
十一面観音菩薩 2012・5・19(土)
 観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つ、本体の顔以外に10または11の顔を持ち、10種類の現世での利益と4種類の来世での果報をもたらすと言われる。
道風記念館と会津八一4 八一の奈良歌 2012・5・18(金)
 神林恒道(會津八一記念館館長)も言っているが、八一の奈良へのかかわりは失恋を背景したセンチメンタル・ジャーニーから始まった。それが「猿沢の池にて」の歌である。
     わぎもこ が きぬかけ やなぎ みまく ほり 
             いけ を めぐり ぬ かさ さし ながら 
 しかし、八一の古代への憧憬と芸術、学問への探求心が奈良歌を中心にした歌集・鹿鳴集を生み、また高いレベルの奈良に関する学術論文として結実していく。
 八一が初めて奈良を訪れた明治41年は、あの廃仏毀釈による仏教施設の破壊により荒涼としていた。処女歌集・南京新唱はそうした奈良の姿への「ため息」を詠んだ奈良歌であると神林恒道は強調し、「酷愛する奈良への捧げもの」であると言う。
 余談だが、奈良を35回訪れた八一の骨が唐招提寺にもあるということを初めて知った。墓は新潟市・瑞光寺にあり、東京(練馬)・法融寺に分骨されている。
空返事(つれあいにモノ申す) 2012・5・17(木)
 「美容院へ行ってくるね」「オー、行っといで」。
一時間後に戻ると「オー、さっぱりしたなあ」。どこを見てんだい、臨時休業だったのに。
          (お調子モノ夫の女房・67歳)

 昔、連れ合いによく言われた。
「どう?」 「????」 
 美容院に行って髪型を変えたことにちっとも気がつかない亭主だった。
 
四日市港5 概要 2012・5・16(水)
 概要を書いておこう。大きくは5つの地域でなっており、その中に3つのコンビナートがある。(四日市港地図 四日市港管理組合 参照)
1 四日市地区(千歳地区)
    第一埠頭 第二埠頭 第三埠頭 旧港 第二コンビナート
2 霞ヶ浦地区
   四日市港ポートビル 霞ヶ浦南埠頭 四日市コンテナターミナル
   第26コンテナターミナル、各種大型クレーン、石炭貯炭施設
   霞ヶ浦北埠頭 LNG・LPG受入桟橋  第三コンビナート
3 塩浜地区、石原地区
   石炭埠頭  第一コンビナート 
4 川越地区
   LNG受入桟橋 漁港  中部電力川越火力発電所
5 シーバース
   (シーバースとは、 原油やLNGなどの危険物を、船舶を陸上港に
    直接停泊することなく、積荷を安全に搬出入するために海上に
    設けられた桟橋。「原油(LNG)受入基地」とも呼ばれる)
南京余唱第32首(八一) 2012・5・14(月)
 法隆寺東院にて 第1首
  ゆめどの は しづか なる かな ものもひ に
           こもりて いま も まします が ごと     解説
       (夢殿は静かなるかなもの思ひに籠りて今もましますがごと)
                   (明日第3火曜日は独り言を休みます)   

  (定休日メモ 諏訪の店から吉田ビル、富田のイオンモールでくるみの爪切り)
道風記念館と会津八一3 古典への思い 2012・5・13(日)
 神林恒道(會津八一記念館館長)は會津八一の古代奈良への酷愛に象徴される古典主義について解説してこう言う。「19世紀以降の文明が分業主義による総体性の喪失により奇形化し醜くなったことに失望し、古代ギリシャや日本の古代の全人間的な表現を評価したことによる」
 28歳の時、八一は親友の伊達俊光への手紙でこう書いている。
「Humanity as a wholeを美とも真とも神ともして、個人に於ける人間性の完全完備を希求するのが、僕が半生の主張である。僕が希臘生活をよろこぶのも、古事記の神代の巻を愛するのも、この故である。僕が19世紀の文明に対してあきたらぬところあるは、僕の見解が氷の如く冷ややかなるが為めではない。分業主義の余弊として、deformityにみちみちたる此の世のあはれなる光景に対する悲憤の熱涙が、往々皮肉家の冷笑と混同されるのである」
 実際、早稲田大学ではギリシャ美術を講義し、その後奈良美術史や東洋美術史を担当する。教え子には分業主義を戒め、「個人に於ける人間性の完全完備」を説いた。
 古代奈良の酷愛や奈良の歌はこうした八一の芸術観を背景にして生まれている。
 注 Humanity as a whole   全体としての人間性
    deformity 形が損なわれていること、奇形
文化協会賞受賞作 2012・5・12(土)
               仏像彫刻展(9月4~9日) 
     

              大日如来坐像(安藤宣朗)
       四日市市美術展覧会・文化協会賞受賞(H17・10)
ミヤコワスレ 2012・5・11(金)
 ジュニアが生まれた頃に住んでいた家で初めて植えた花はミヤコワスレだった。それ以外の花は忘れたが、連れ合いが流産しかけて慌てたことはよく覚えている。
            
仏像彫刻展(9月4~9日)  2012・5・10(木)
 展覧会は130点の作品を予定している。       
道風記念館と会津八一2 オリジナリティ 2012・5・9(水)
 「三蹟」、「書道の神」と言われる小野道風の書風は、楷書、行書、草書など各書体にわたって巧みで、力強く懐の大きい豊潤さを持ち、さらに道風が開拓した独自性を持つ。彼の書は中国東晋時代に書聖と呼ばれた王羲之の書法を基としており「王羲之の再生」と在世中には言われていた。
 王羲之が後世の書人に及ぼした影響は絶大で、日本においても奈良時代から手本とされており、行書の「蘭亭序」が最も有名である。素空らが習った書の手本はこの「蘭亭序」から出ていると言っても過言ではない。
 會津八一は書の独自性を第一にし、模倣を嫌い排したが、実際には蘭亭序など多くの法帖や金石文の拓本を専門家以上に見ている。しかし、模倣ではダメで、達意の字の間に自らの持ち味を出すべきだと言い、書におけるオリジナリティの大切さを説いた。
 記念館2階の展示室兼会議室を満員にした講演「會津八一の美学」で會津八一記念館館長・神林恒道は、少し照れくさそうに最近の「書の三家」は誰だと思いますかと問うた。答は會津八一、高村光太郎、中川一政で、「昭和の三大能筆」と言われるらしい。
二兎追う者は(いわせてもらお 朝日新聞) 2012・5・8(火)
 先日、仲間とシニアゴルフをした。グリーン上でパットをしようとしていて「最近、穴が二つに見えるんだ」とぼやくと、友人(71)に言われた。「それはいいね。どっちかに入ればいいから」
              (常総市・それなら苦労しません・71歳)

 周りで白内障の手術をする人が増えた。幸い目は老眼が進むだけだが、身体のあちこちが頼りない。そういえば、今シーズンはまだ一回もゴルフをしてないな~!
道風記念館と会津八一1 小野道風 2012・5・7(月)
 愛知県春日井市松河戸町に同市出身と伝わる書道家・小野道風の記念館がある。道風は平安時代中期の能書家で、藤原行成、藤原佐理とともに「三蹟」と言われるが、雨中、しだれ柳に蛙が何度も飛びつき成功する姿をみて、書の上達に励んだという故事で良く知られている。
 このこじんまりした「書道美術館」に初めて訪れたのは、春の特別展「独往の人 會津八一」があり、昨日は講演「會津八一の美学」(新潟市會津八一記念館館長・神林恒道)があったからだ。
 余談だが、蛙と道風を描いている花札を日本の伝統文化として眺めてみると趣がある。賭けごとの道具としての一面からくる悪いイメージを脇に置いて鑑賞すると、花札の絵柄はとても楽しく美しいものである。
南京余唱第31首(八一) 2012・5・6(日)
 三笠山にて
  やま ゆけば もず なき さわぎ むさしの の 
           にはべ の あした おもひ いでつ も    解説
      (山ゆけば百舌鳴き騒ぎ武蔵野の庭辺の朝思ひ出でつも)

         
霞★ゆめくじら 2012・5・5(土)
 四日市・霞ケ浦緑地に今春オープンした霞★ゆめくじらにお弁当を持って7人&くるみで出かける。自宅から車で10分弱の近場で大型遊具が備わっている。孫たちは十分に遊び、くるみも興奮してきょろきょろしていた。しっかり遊んで帰宅し、今度はくるみの夕方の散歩にでる。くるみの彼氏?ヨークシャーの「マロン」ちゃんとも遊んだ。
 夕食を済ませた後、パパはパソコンを覗きこんで憂鬱な顔をしている。今夜、千葉に帰るのだが帰路のあちこちが大渋滞しているからだ。頑張って帰ると言っていたが、時間がかかるならママの小田原の実家に泊まるかもしれないと話していた。
 こんなに混む連休に来なくてもと思うが、渋滞を承知で遠くから帰って来てくれるジュニア一家にジジババは感謝している。
     
四日市市立博物館 2012・5・4(金)
 昨日は孫たちを連れてサダ叔父、カコバーと5人で四日市市立博物館とプラネタリウムを見に行った。5階のプラネタリウムへ上がるエレベーターに乗ったら、3階で入ってきた津出身の洋画家で日展会友の谷岡経津子四日市大学教授が「私が館長です」と丁寧に挨拶された。今期から新館長になっていることは知っていたが、腰の低い挨拶にはびっくりした。谷岡さんは知り合いの同級生でその奥さんは素空の同級生である。日展でじっくり見てくるのは谷岡さんの洋画と若干の絵画、彫刻なのだから本人と狭い場所での直接対面は驚きである。2008年にパラミタミュージアムで開催した「安達正秋 微笑み仏展」でお見受けしたことはあるが全く印象が違っていた。いろいろ話をしたら、4階で降りずに5階のプラネタリウム入口まで案内してくれた。新館長の博物館運営への意気込みが感じられる。以前はスキー連れが副館長をしていたこともあり、四日市市立博物館は縁の深い所のようだ。
 ところで孫たちはプラネタリウムが初めてでとても気に入っていた。旅の疲れで家で寝ていたママは見たかったととても残念がっていた。
南京余唱第30首(八一) 2012・5・3(木)
 春日神社にて
  みかぐら の まひ の いとま を たち いでて
           もみじ に あそぶ わかみや の こら    解説
      (み神楽の舞ひの暇に立ち出でて紅葉に遊ぶ若宮の娘ら)
四日市港4 2012・5・2(水)
 慈善橋から三滝川の堤防を下って伊勢湾の海に出ることがくるみと素空の望みだが、JR関西本線は下にある通路で越えることができても名四国道(23号線)で遮られる。一度目は自転車で二度目は車で挑戦して行けないことがわかった。
 旧四日市港周辺からなら行けるかと思って出かけたが、「四日市港2」で紹介したように三滝川の両岸はコスモ石油を中心とした会社で占められていた。仕方が無いので、コスモ石油の製油所が見える北納屋公園で遊んで帰ってきた。
 すぐそばにある巨大な四日市港を「群盲撫象」になるかもしれないが、時間をかけて見て歩こうと思っている。
    

  
がっかり(つれあいにモノ申す) 2012・5・1(火)
 今年、古希を迎える妻が「元気で長生きしてね。寂しくなるから」と、今まできいたことがないようなことを言った。感激して妻の方を見ると、犬に向かって言っていた。(存在感なしの夫・70歳)

 我が家でも夫にはいいかげんに話すが、くるみには信じられないような優しさで話しかけている。
  
 4月30日、先輩からもらった筍、重さ3kg。皮の先端が黄色だから、全部が土に埋もれていたもので絶品、茹でてすぐに刺身でも食べた。

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