うらら逝く 2011・7・31(日)
 突然のことだった。木曜夜、体調を崩して下痢と嘔吐を繰り返したうららは医者の治療も及ばず、今朝旅立ってしまった。連れ合いと交代で寝ずの看病をしたが、明け方素空の胸元で静かに息を引き取った。
 信じられないが、茫然とした中で簡単な祭壇を作り、お気に入りのおもちゃや服を入れ、うららの沢山のヘアピンで飾った。祭壇の前に遺影と昨日届いた琴音の絵を花と一緒に並べた。今日は、花を買いに出た以外は連れ合いとくるみと3人で、今にも起き上がってきそうなうららと過ごしている。今夜を共にして明日、荼毘に付すつもりだ。
 6年7ヶ月(42歳)の生涯は短すぎる。うららは病気がちな連れ合いの気分が晴れるよう我が家にやってきた。連れ合いは1ヶ月間、外出しないでこの赤ちゃんを育て、うららの成長と共に元気を取り戻していった。
 夕方、うららのホームページを見ながら、時間を過ごした。当分は辛い時間が続くだろうが、うららは家族の中でずっと生き続ける。
児玉龍彦東大教授の質疑を編集 2011・7・30(土)
 7月27日、 衆議院厚生労働委員会 児玉教授の質疑、動画
国の原発対応に満身の怒り - 児玉龍彦 2011・7・29(金)
 7月27日、 衆議院厚生労働委員会の「放射線の健康への影響」参考人説明で児玉龍彦東大教授が熱弁。福島原発の放出した放射性物質は広島原爆の29.6個分であると述べ、国の対応の遅さを激しく糾弾し、以下の3点を早急に実施するように求めている。
 1 国が食品・土壌・水を、日本が持っている最新鋭の機器を投入して
   抜本的に改善する。
 2 緊急に子供の被曝を減少させるために新しい法律を制定する。
 3 国策として、土壌汚染を除染する技術に民間の力を結集する。

 この参考人発言(動画・18分)をぜひ見てほしい。
タブレット 2011・7・28(木)
 25日、スマートフォンについて書いたので、注目されているiPadなどのタブレットのことをメモしておく。簡単に言えば、スマートフォンに近いが、それよりは画面が大きい小型パソコンで、電話機能のないものと言えばいいかな?以下にネット上にある解説を引用する。
液晶ディスプレーなどの表示部分にタッチパネルを搭載し、指で操作する携帯情報端末の総称。タブレット端末。タブレット型情報端末。タブレットパソコンとほぼ同義だが、タブレットパソコンが通常のパソコンのオペレーティングシステム(またはその派生版)を採用し、ノートパソコンのキーボードを省いて、小型軽量化を進めたものであるのに対し、タブレット型端末はスマートホンやデジタルオーディオプレーヤーの延長として、タッチパネルなどのユーザーインターフェースやインターネットの通信機能を維持したまま、ディスプレーを大型化し、メディアプレーヤーとしての使いやすさを充実させたものといえる。前者は主に2000年にマイクロソフト社が提唱したタブレットPC構想に基づく一連のコンピューターを指し、後者は2010年にアップル社が発表したiPadに代表される
中国高速鉄道事故 2011・7・27(水)
 自動列車制御装置が機能せず、制御システムの不備が原因と言われているが、追突された運転士が「走行するべきだったが、停車しろと指示された」と証言し、人為ミスの可能性も出てきた。とにかく、高速化のために無理に無理を重ねてきたのだろう。
 日本の新幹線は大きな事故が無く、優秀だと言えるかもしれないが、いつ惨事が起こるかもしれないので、さらなる安全の強化をして欲しいものだ。
 大震災前まで「絶対に安全」と言われていた原発が、4ヶ月も過ぎた現在、未だ終息の見通しもたたず、放射能汚染が広がっている。
 便利さのみを追求するとそこには人間を置き去りにするという大きな罠があることを忘れてはいけないだろう。
私の水彩画 2011・7・26(火)
 新たに「高田本山山門」がアップされました。
スマートフォン 2011・7・25(月)
 同級生から購入に迷っているとメールがあった。先日、手に入れて四苦八苦しながら設定している最中だ。とても便利で、持ち運ぶ小型パソコンと言えるが、小さい文字が多いので中高年には不向きだと思う。以下は友人に送ったメールである。
 多機能で凄く便利だけど、誰か使っている人のスマートフォンを操作させてもらってから購入を考えた方が良いと思う。
 難点は
 1 電源(電池)がすぐに少なくなる。電池補助の対応を考えないといけな
   い。(仕様書に書いてあるほどにはもたない)
 2 字が小さいので中高年には不向きな面がある。
   指で画面の文字の移動や拡大ができるが、設定などの文字は拡大で
   きないので、そこが大変。
 3 携帯電話の1.5倍ぐらいの固定経費がいる。
サマーゲレンデ 2011・7・24(日)
 ウイングヒルズ白鳥に1000mのサマーゲレンデが出来た。
HDDレコーダー 2011・7・23(土)
 アナログ対応のHDDプレーヤー、明日のデジタル移行でほとんどの便利な機能(予約録画など)が失われ、その後はHDD、DVD、VHSの再生機としか使えないだろう。と言うことでHDDの録画容量いっぱいまで使おうと沢山予約録画してきた。今日、予約を入れたら「もう録画容量がありません」と表示が出た。明日の将棋の番組まで入れたいと思っているので、録画の一部をその時間分だけ削除した。
 録画した150時間ほどの大半は左下に「アナログ終了まで〇〇日」の表示があり、とても邪魔である。しかし、気にしないでいるとそれが見えなくなるから不思議だ。変なところで順応力を発揮している?
 ところで、新しいデジタル対応のプレーヤーは、もっぱら連れ合いの好みの番組録画中である。
薬師寺東塔(八一) 2011・7・22(金)
  すゐえん の あま つ をとめ が ころもで の 
         ひま にも すめる あき の そら かな
  解説  関連
チェーンソー 2011・7・21(木)
 ちょうど2年前、お寺からもらった銀杏の木を切るため、初めてチェーンソーを経験した。(2009・7・2)
 今日は2回目の使用。先生宅で2年間乾燥させたその大きな銀杏の木から伝教大師用の錫杖と台座を作るために作業した。明日は、切り出した材料を電動のかんな盤で切って原型を作る。安達工房は機械と工具の宝庫、我が仏像作りは先生の指導と機械・工具がなければ一歩も前に進まない。
 チェーンソーは結構、力がいる。長時間使ったので、手のひらが腫れ腕と肩が痛い。普段、重い物を持つことがない素空には、想像を絶する重労働なのだ。 
プロバイダ変更 2011・7・20(水)
 ホームページのアップロード先(プロバイダ)をヤフーからCTY(ケーブルテレビ)に変更した。何処からでもHPを編集できると思っていたらだめだった。そのため、出先から編集したい時は、ブログ「団塊のつぶやき」にこれからはアップしようと思う。
「 CTYのWWWサーバへのFTP転送にはセキュリティ上の制限をかけておりますので、他のプロバイダ経由でのアップロードはご利用いただけません。CTY回線(CTYのケーブルモデム)経由でしかアップロードできません」
独り言定休日 2011・7・19(火)
 毎月第3火曜日は独り言を休みます。
村上春樹・カタルーニャ国際賞スピーチ 2011・7・18(月)
 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。 
     スピーチ1(10分)  スピーチ2(13分)
   ー音源のみー
ハゲイトウ 2011・7・17(日)
 7〜8月の富弘さんのカレンダーは「夏のおわりーハゲイトウ」
    昼間が短くなるから いやだ なんて
    けちなこと いうなよ
    こんなさわやかな 空の下
    今日も 一日 
    無料で 生かして もらったんじゃないか 
        
 「生かしてもらったんじゃないか」に目が行く。「無料で」などと言われると俗っぽい感じがするが、「生かしてもらう」は大宇宙や神などを想定できる深遠な言葉。人生をはかなんで不幸に至った人たちが、この一言を知っていればと思う。
 思春期には、藤村操の「巌頭之感」に心ひかれたものだ。
    巌頭之感
    悠々たる哉天壤、
    遼々たる哉古今、
    五尺の小躯を以て此大をはからむとす、
    ホレーショの哲學竟(つい)に何等のオーソリチィーを價するものぞ、
    萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。
    我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
    既に巌頭に立つに及んで、
    胸中何等の不安あるなし。
    始めて知る、
    大いなる悲觀は大いなる樂觀に一致するを。

 
大安寺をいでて薬師寺をのぞむ(八一) 2011・7・16(土)
  しぐれ ふる のずゑ の むら の このま より 
           み いでて うれし やくしじ の たふ
  解説  関連
ジップラインアドベンチャー 2011・7・15(金)
 月初め、夏の琵琶湖バレーに仲間たちと出かけた。雨模様で視界不良、百合などの花もまだまだ小さく、シーズン前の平日なので閑散としている。
 頂上には、夏の新しい遊びとして、クライミングの技術と用具で森の中をワイヤーロープとプーリー(滑車)を伝って滑り降りるジップラインアドベンチャーが新設されていた。最近、あちこちのスキー場にできている。
 係の青年に説明を受けたが、挑戦はしなかった。理由は、天候不良、事前の練習がいること、時間がなかった、年齢など。仲間は全く興味を示さなない。やっぱり、子供や若者の遊びかな?
 どんなものかは動画の最初を少し見ればわかる。
プール遊び 2011・7・14(木)
 お友達のお家の庭で沢山遊んだよ。
  
自然に 2011・7・13(水)
 志野焼の名工・加藤孝造は作陶について「意識的に細工したりしないで、もう一つ自然に、単純に、よく見ると作者の気持があらわれているというのが、一番いいですね」と語る。それから考えるとパラミタミュージアムの陶芸大賞展の作品は自然という所からは程遠く、むしろ絢爛豪華と言っても良いかもしれない。総じて現代の陶芸展作品は大きさを競い合っているように見えて、趣が感じられない。
 「自然に自由に生きた良寛の歌は作意無しに良寛そのものがにじみ出ている、万葉調の彼の歌は万葉集を真似したのではなく、彼自身が万葉そのものであったからだ」と相馬御風は書いている。
 相通じるものは作者の日常が作品に現れるということ。と言うことであれば、日常の姿が問われるのである。
 俗人には厳しい言葉だが、時にはとっぷりと浸かり込んだ低レベルの日常を見直してみるのも良いかもしれない。
片岡鶴太郎展 2011・7・12(火)
 パラミタミュージアムへ、連れ合いとユウスケと3人で出かけた。
        パラミタ陶芸大賞展と片岡鶴太郎展  
月下美人 2011・7・11(月)
 夕方、7輪の蕾が頭を持ち上げ膨らみ始めた。4輪が固まって咲くのは珍しい。ところが、今日は早出だったので、8時ごろから始まる開花を見る事が出来ない。連れ合いに写真を頼んで出かける。深夜、帰宅するともう花は閉じかけていた。いつも歓声を上げながら、来客と共に花見を楽しむのだが、今年は残念だった。
 雪に覆われてほとんど枯れたもう一鉢は新芽がぐんぐん出てきた。毎日成長を眺めているが、開花には数年かかりそうだ。
あーちゃん 2011・7・10(日)
 くらら、隣のあーちゃんと初散歩。

数珠 2011・7・9(土)
 「数珠はお経や念仏を唱える時に、その数を数えるものです」と瑞応院の住職が言う。葬式や法事、墓参りの時に使うものとしか考えていなかったので、住職の言葉が印象深い。
 調べると、数珠は念仏の際に音を立てて揉んだり、回数を数える目的などで用いるとある。(但し、浄土真宗の場合は仏前での崇敬の念の表れとしてのみ用いる)珠の数は108、我々が持っているものは略式数珠という簡略化したものだ。
 5日、ジュニアの同級生Mのお母さんが心筋梗塞で急逝した。25珠の数珠を持って見送ってきた。
聖林寺にて(八一) 2011・7・8(金)
   あめ そそぐ やま の みてら に ゆくりなく
          あひ たてまつる やましな の みこ
   解説  関連
10年 2011・7・7(木)
 この独り言を商店街のHP・パズルランドと連携して始めたのは10年前の今日でした。よくも駄文の山を築いたものだとあきれていますが、付き合って下さった皆さんにはとても感謝しています。ありがとうございます。
 最近はほとんどSUの日記になっており、マンネリ化していますので、SURUMEの部屋から素空(そくう)の部屋に変更し、独り言は奇数日、その他の日はメモや詩歌、写真などの掲載にしたいと思います。
 引き続き、素空の部屋をご愛読下さい。
すきバサミ 2011・7・6(水)
 SUの散髪をしていた連れ合いが「あっ!!!」と大声を上げた。脇で寝ていたくららがびっくりする。差し出した手鏡を見ると前髪が異常に短い。仕上げにすきバサミを使う所で普通のハサミを使ったのだ。横や後ろを短くしてなんとかつくろったが、坂本行きの車中で仲間の格好の話題になった。
 優しいのか、年寄りの頭に興味が無いのか?SU家の元美容師ユウスケが言う「いいんじゃないですか


講演「原発はいらない」x おわり  水戸 巌・芝浦工大教授 1979年6月16日
3 エネルギーと文明
 新しい技術と世界観を!
 本当にクリーンなエネルギーというのは太陽エネルギー以外はない。・・・クリーン・エネルギーの利用ということで我々が真剣に工学者として考えていく必要が、長い人類の将来のことを考えると出てくると思います。・・・
 最後に言いたいのは、こういう石油を浪費する文明は、決してずっと100年も200年も続いてきたわけではなく短期間のものであり、それから第三世界の人々は決してそういう生活をしているのではないんです。彼らは、我々の10分の1の電気も使っていない生活だということです。・・・つまり現在の世界というのはいわゆる先進国の人間だけがエネルギーを浪費して、しかもそれを中東あたりから略奪してきている文明なんだ、ということを忘れてはならないと思います。
 こういう諸々の問題を抱えています。これは単に科学技術の問題だけではなく、政治、文明、社会、文化、そういった全体の問題なんだと思います。それを我々の立場から解決していくために、私達みんなが努力していかなければならないと思います。

七猿歌 2011・7・5(火)
 瑞応院は故山田恵諦253代天台座主の里坊である。後継の住職から七猿歌の講義を受けた。この歌は973年、第18代座主・元三慈恵大師が日吉三王権現に願文を捧げた折、権現の使いである猿に因んで詠んたものと恵諦座主の著『元三大師』に書いてある。
 瑞応院を辞して、猿を神の使いとして崇拝することで知られる日吉大社をお参りした。
 
講演「原発はいらない」w 水戸 巌・芝浦工大教授 1979年6月16日
3 エネルギーと文明
 石油文明への批判 2
 それから、飛行機を見て欲しいと思います。決して石油を喰らっているのは電気だけではないんですね。原子力が石油の代りに成りうるような宣伝がなされています。とんでもないことです。石油の僅か20%足らずだけが発電に使われている。原子力じゃ飛行機は飛ばないんですね。石油を浪費している親玉は飛行機です。
 ・・・それはともかくとして、石油を浪費している現代文明に対して我々自身が根底から批判していくのが大切だと思んです。我々自身の立場からもっと石油を浪費する社会を考え直そうということをこれからの科学技術者は真剣に考えていかなくてはならない。
不滅の法灯 2011・7・4(月)
 去年、比叡山・根本中堂で不滅の法灯の説明を受けた。伝教大師(最澄)が本尊薬師如来像の前に「人々の心のともし火となる」ことを願って献灯したもので、1200年の間、一度も油を断つことなく毎日受け継がれてきた。
 その法灯が滋賀院門跡(延暦寺の総里坊)にもあった。この不滅の法灯は織田信長の比叡山延暦寺焼き討ちで消えたが、分灯されていた山形県の立石寺から里帰りして継承されたと言う。
 2度まで説明を聞けばもう忘れないだろうし、ここに書けば大丈夫だと思う。しかし、最近物忘れが多く「軽度認知症」ではないかと不安である。


講演「原発はいらない」v 水戸 巌・芝浦工大教授 1979年6月16日
3 エネルギーと文明
 石油文明への批判 1
 たとえばクーラー文明というのは私は末期的な文明だと思いますが、熱いからまず涼しくしようと、それでみんなが腰痛になったり膝が痛くなったりしています。一方ではその熱は何処かに吐き出されています。決してその熱だけが出されているのではなくて、この部屋の中から1だけの熱を取ったとすれば、約1.5に相当するだけの熱が外に捨てられているわけです。それでクーラーを持たない人は熱くなり、その悪循環で今や東京都ではクーラーを持たないでは住めなくなっています。・・・
 そしてクーラーの電力を供給するための施設として、いわゆる過疎地に原子力発電所が立てられ、そこで漁業、第一次産業が壊されてしまい、それから人々の生活自身が壊されてしまいます。確かに漁業の生活というのは楽ではないんですよね。そこへきて、一日数時間働けばいい手当てが貰える、日銭が稼げるという形で原発が来ることによって現地の人々の生活が壊されていきます。その楽を見た生活というのは原発が完成すると同時に終って、今度は自分の命を切り売りにした汚染除去作業、放射能を除去する作業という最も苛酷な労働に出て、そういうことで命を切り刻む労働に変わっていく。
もうこりた(忘己利他) 2011・7・3(日)
 瑞応院の隣の滋賀院門跡に伝教大師(最澄)の書「忘己利他(己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり)」があった。解説者が笑いながら「もうこりた」と読むと説明してくれた。天台宗(最澄)の教えは「一隅を照らす」と「忘己利他」の二つが柱である。自分自身の置かれた立場で精一杯努力して明るく光り輝き、そして世のため人のために尽くせということのようだ。
 彫るのは「もう懲りた!」と言わず、大師像を完成せよと言うことかな?

 
講演「原発はいらない」u 水戸 巌・芝浦工大教授 1979年6月16日
3 エネルギーと文明
 石油は枯渇するか
  石油が無くなったから原子力しかないではないかというような、一種の強迫観念、あるいはためにする強迫観念が振りまかれています。石油が無くなるのか無くならないのかという問題ですが、私は長期的スケールと短期的スケールに分けて考える必要があると思います。長期的には無くなるのは当り前です。
・・・(石油は)過去僅か2,30年の間に急速に浪費されているわけです。・・・今のような浪費を続けるならば、200年か300年かは知りませんが、・・・無くなるだろうと思います。
 ・・・我々が将来地球上に現われてくる人類に対して持っている責任ということを考えると浪費してはいけない。そのために節約するということは、現在の人類の持っている重要な使命であると思います。(だから)石油浪費の文明に対してやっぱり根底的な批判が必要だと思います。現代の工業文明に対する批判が必要だと思います。
チビーズ通信 2011・7・2(土)
 7月に入り、暑さも本格的になりましたが元気で頑張っているチビーズです。ココロは幼稚園でプール遊びを楽しんでいます。まっちゃんは立ってオシッコが出来るようになりました。第三土曜日の幼稚園の夏祭りが楽しみです。
       
講演「原発はいらない」t 水戸 巌・芝浦工大教授 1979年6月16日
3 エネルギーと文明
 原子力技術は軍事技術 2
  平和産業として使われる原子力技術というのは、まだ存在していないと私は考えております。まだ無いものを使えということは不可能なのです。私達があたかも持っているように考えること事体錯覚があるのであって、では無かったらどうするのかと言ったら、それを解決するのは政治である。石油が無くなったからといって、人類は絶滅しなくてはならないのか。原子力が無かったら入類は絶滅しなくてはならないのか。そんなことはないはずです。
 ・・・これからの科学技術というのは、もっと自然と調和した科学技術、それこそが科学技術の黄金時代であると私は思います。これからそういう科学技術を皆さんも作っていってもらわなくてはいけないし、私もそういったものを作っていきたいと思っています。
袈裟(けさ) 2011・7・1(金)
 伝教大師像の完成のため、瑞応院(滋賀・坂本)を1年ぶりに訪問した。像の細部の観察と写真を撮影し、法衣について質問したら、住職がわざわざ「宗規で定められた法衣」と言う文をもとに詳細を説明してくださった。大師の袈裟は大衣(だいえ)・二十五條で、右肩を肩脱ぎにし左肩のみを覆う偏袒右肩(へんたんうけん)だった。もう少し時間をかけて完成し、瑞応院に納める予定である。
 同行した仲間たちも正座して話を聞き、良い話だったと喜んでくれた。

講演「原発はいらない」s 水戸 巌・芝浦工大教授 1979年6月16日
3 エネルギーと文明
 原子力技術は軍事技術 1
 原子力はこのように極めて危険なものです。それが許容されているのは、背景に原水爆兵器という問題があるからなのです。つまり、原水爆が1発か2発どこかに落下されれば、もちろん原子力発電所の事故とは比較にならないほど大惨事になります。そういう恐怖に満ちた世界−原水爆が満ちみちた世界。人類一人当たり5万トンの火薬に相当するだけのものをすでに現在もっているのだそうです。そういう背景のもとに、はじめて許容される産業だと思います。
今日の話では全然できませんでしたけども、原子力産業、原子力発電所の中の労働者の被曝の状況、労働条件、これは人間がやる仕事でないことを実際にやらされているわけです。・・・普通の常識では考えられないような苛酷な労働条件、それから、一般の住民に対しても大きな被害を与える可能性があります。まだ現代が原水爆時代であるからこそ、そういったものが許されているのです。
  
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