安達作品を撮る・3 2011・10・31(月)
                 明星観音菩薩立像
        
          安達正秋 仏像彫刻 ホームページ 更新さる
          仏像作品ページ(大作・十一面千手観音等一挙掲載)
老前整理1 2011・10・30(日)
 この言葉自体は好きではないが、『「本当に必要なモノ」だけを厳選して残そう・・・』(第2の人生を豊かにするための儀式 週刊ポスト)には共感できる。おもしろい記事なので以下に男の老前整理チェックリストを引用する。
  ・1年に1度も着ないスーツを3着以上持っている
  ・ネクタイを30本以上持っている
  ・下駄箱の中にはかなくなった靴が5足以上ある
  ・1度会っただけの人の名刺を5年以上保管している
  ・毎年年賀状のやり取りだけの人が30人以上いる
  ・昔の彼女の写真やもらった手紙、プレゼントを保管している
  ・独立した子供の洋服やおもちゃを保管している
  ・本箱に2年以上読み返していない本が50冊以上ある
  ・レコード、CD、DVDを100枚以上持っている
  ・ゴルフ、釣りなど過去にはまった趣味の道具を保管している
    (5個以上当てはまる方は、「老前整理の必要あり」です)
 素空は6個当てはまる。
三井アウトレットパーク・滋賀竜王 2011・10・29(土)
 随員たちへのご褒美(目的?)は巨大アウトレットモール、名神竜王インターすぐにある。巨大駐車場の奥に車を止めて、はいポーズ!!
  

                琴音の遠足(10・28) アップ
瑞応院へ 2011・10・28(金)
 腰痛が治ったので、伝教大師像を滋賀・坂本の瑞応院に届けた。「随員」は連れ合いとくるみである。賞をもらったと報告し、白布を解いて安置すると住職夫人が「7月に見た時と違う、とてもきれいに仕上がっている」と褒めてくださった。山田能裕住職は珍しく洋服を着て現れ、自ら記念写真を撮り、いろいろ楽しい話をしてくださった。
 びっくりするほど美味しいお茶と果物を頂きながら、しばし談笑し、帰ろうとすると先代・故山田恵諦253代天台座主の「色紙」と「楽紫(山田座主をしのんで)」と言う書物を土産に下さった。
 色紙は天台宗の基本理念を表す「忘己利他」だが、ひそかに住職または先代の色紙を望んでいたのでとても嬉しかった。この色紙は一年後の安達正秋・刻友会作品展(四日市市文化会館)に展示する予定である。もちろん、伝教大師像もその時、四日市まで出向いてもらうことになっている。
伝教大師の歌・2 2011・10・27(木)
 十八日延暦寺の大講堂にて・第2首   (八一)
   やまでら の よ を さむみ か も しろたへ の
             わたかづき せる そし の おんざう   解説
       (山寺の夜を寒みかも白妙の綿かづきせる祖師の御像)
林家染弥 2011・10・26(水)
 染弥の落語を聞いたのは、去年9月の落語2人会(諏訪神社)に続いて、第一回諏訪神社神笑亭(10月22日)で2回目である。四日市出身の中堅落語家として、実力を十分に発揮した舞台だった。とにかく中身が濃く、観客を飽きさせない魅力ある落語家である。
 ただ、多くを語りたい故か「間」の取り方が早い。受け継いできた落語を限られた時間内に忠実に全て語ろうとするからだろうが、自分は笑いのタイミングを逸したり、じっくり笑おうと思っても話が次に移ったりした。思い切って、内容を3分の2ぐらいにすれば良いのでは?などと思ってしまう。
 絶妙の「枕」と「間」は落語協会会長の柳家小三治の右に出るものはないと思う。上方落語協会会長の桂三枝は「間」についてこう言う。
 『大爆笑をとる「間」は一つしかない。遅くても早くてもダメだ、しかしあらゆる状況によってベストな「間」は変わるものであり、弟子に指導するのは難しい・・・』 
 「間」とはとても難しいものだろうが、観客としては絶妙の「間」をもった話を沢山聞きたいのだ。友人の落語通の宮司に言わせれば、年齢を重ねて出るものでもあるらしい。
 染弥の四日市での落語は以下で聞ける。
   11月 5日(2時〜)   四日市博物館 (無料)
   11月25日(6時半〜)  四日市文化会館(3000円)
 蛇足だが、「第一回諏訪神社神笑亭」の参加者は少なかった。宣伝活動が少なかったように思う。運営担当者の方々の第2回に向けた周到な準備をお願いしたい。
  
安達作品を撮る・3 2011・10・25(火)
               十一面千手観音菩薩立像
       
一石二鳥 2011・10・24(月)
 あるところに「一つの石をして二羽の鳥を落としむる・・・」と表現されていたので、てっきり日本のことわざからきた四字熟語だと思ったが、17世紀イギリスの「kill two birds with one stone.」と言うことわざでの訳語だそうだ。調べてみると類義語に「一挙両得」や「一挙両全」、「一箭双雕」がある。
 「一箭双雕」は初めて知った。「いっせんそうちょう」と読んで、一本の矢で二羽の鷲を撃ち落とすと言う意味で、中国からきた言葉だそうだ。
 「一石二鳥」で物事が実現すれば嬉しいが、なかなかそうはいかない。現実には「二兎を追う者は一兎をも得ず」の方が多いから、目的を達成するのには、一つのことに地道に打ち込む方が良さそうだ。
 振り返ってみると「あれもこれも」と求めた時は、ほとんど何も手にすることが出来なかったように思う。
いろいろ 2011・10・23(日)
 ・ 新水彩画アップ 私の水彩画 Masanori.Y
                  「平城京跡地の大極殿を望む」
 ・ 押し花展 桑名信用金庫本店ロビー  〜10月31日
          ふしぎな花倶楽部 インストラクター 大久保三枝子
 ・ 四日市市美術展覧会 Ponの気まま日記
 ・ 毎日新聞やまと歌壇(10月20日) 入選  鹿鳴人
      友の彫る伝教大師が完成し出展の日を楽しみて待つ
血液検査 2011・10・22(土)
 血糖値を測るために定期的に検査をする。結果を昨日聞きに行ったが、10時半の待ち合いは人であふれていた。いつも満員で引き返し、今日は3日目である。ひとまず医院を出て近くの整骨院に行き、電気マッサージをする。実は先週、ぎっくり腰が出て毎日整骨院に通っている。20分ほどの治療を終えて、再度医院を訪れると待ち合いは半分ほどになっていた。やれやれと思って待つが全く自分の番が回ってこない。
 2日分の日刊紙を読み、週刊誌を一冊、ゴルフ雑誌を一冊読み終えた12時半ごろにやっと呼ばれる。相当いらいらして入り、なるべく簡単にと思ったが、いつものように先生はにこにこして丁寧に応対してくれる。それだから待ち時間が長くなるのだが、急いでいる時は困ったものだと腹の中で思っていた。
 ところが、何時になく検査の結果が良く、診察は10分ほどで終わった。こうなると人間は勝手なもので、この親切で丁寧な先生が良いとなる。気持よく医院を出て、血糖値のことなど全く忘れ、来週ゴルフができるかどうかを心配しだした。
安達作品を撮る・2 2011・10・21(金)
                  大日如来坐像
          
安達作品を撮る 2011・10・20(木)
                十一面観音菩薩立像
  
コスモス畑 2011・10・19(水)
 昨日の休みは尾高高原にあるドッグカフェ・フラウヘンで昼食をし、菰野町田光のコスモス畑に行った。いつも野外の食事ばかりだったくるみは、久しぶりに室内で食事をし、他所の犬達と交流?していた。変なほめ方だが、注文したカレーの炊きたてのライスが美味しかった。
 菰野町のコスモスは一番良い時期で、コスモス畑を「去年はうららも一緒だったね」と話しながら歩いた。帰りにうららの祭壇用にコスモスを少しもらってきた。 
金平糖 2011・10・17(月)
 子供の頃によく食べた金平糖、単に突起の付いた砂糖菓子だと思っていたが、この特徴的な突起がなぜ、またいくつ形成されるのかについての理論的根拠はわからないと言う。
 作り方を単純化して言うと砂糖を鍋に入れ、核となる芥子粒を入れて長時間撹拌していくと金平糖ができる。常識的には芥子粒に砂糖が付いて固まるとしても突起など無い丸型だと思うのだがそうではない。90年前に寺田寅彦がその不思議に物理学的な考察をしても良いと書いているが、未だに解決されていないのは面白い。
 金平糖は皇室の引き出物の一つとなっているが、一般には他の菓子類に押されてなかなか出会うことが無い。
 上記のことから、突起が24個ある美しい金平糖を、良く観察しながら一度食してみたいと思ったが、良く考えたら血糖値が高い自分には排すべき砂糖の塊である。
          (明日第3火曜日は独り言を休みます)
四日市市美術展覧会3 2011・10・16(日)
 今日は表彰式と講評があった。「岩座の上にしっかりと立つ2本の足が良い。装飾を抑えたのも魅力的。顔が少し小さいかな?」審査員の言葉は友人2人が指摘したのと同じだった。
さつま芋 2011・10・15(土)
 総じて芋類は苦手である。と言うより苦手であった。少食な自分には、食べた時に口の中で広がる食感がすぐに満腹感を呼ぶので、他の食品がまずくなるような気がするのだろう。ただ、最近は何でも食べるようになったので芋類も苦にはならなくなった。
 農業を営む仏像彫刻の先輩にさつま芋をもらった。これが甘くて美味い。苦手な素空が言うのだから信じて良い。連れ合いは飛び上るほど喜んで、甘いので砂糖を加えないでさつま芋の茶巾しぼりを栗と干しブドウを入れて作り、隣家の奥さんにも渡していた。
 市美展の会場で先輩夫妻に会った時、先輩は「この芋の苗は〇〇円で、すごく高かったから美味い」と言う。なるほどと思って、夫人に「お父さんのさつま芋は凄く美味しいですね」と言ったら「そうです。大好きです」と返事があった。先輩にも聞くと「俺は芋は嫌いだ」とあっけらかんとしていた。
四日市市美術展覧会2 2011・10・14(金)
 昨日はメルヘンの仲間が見学、昼食を共にした。
     
第一回諏訪神社神笑亭 2011・10・13(木)
 去年の9月に林家染弥(四日市出身)が諏訪神社で2人会をしたが、名前を改めて今年も行われる。共演は名張出身の桂三弥、80席で満席なのでお早めに予約を!となっている。
   日  時 平成23年10月22日(土) 午後2時(受付1時半)
   場  所 諏訪神社
   初穂料 1000円
   問合せ 059・353・2880(カレー・キング)
 我家もユウスケを連れて3人で行くつもりである。 
お休み 2011・10・12(水)
 都合により休みます。
日刊紙 2011・10・11(火)
 少し前に身近な人が新聞購読を止めた時は驚いた。竹林に隠遁するのかと思ったものだ。しかし、よく考えたら新聞そのものを吟味をしないで妄信しているところが自分にはあるかもしれない。
 既にテレビやインターネットが報道を主導しかけている現状では、新聞の部分的な衰退は避けられないような気がする。
 そんなことを考えていたら、すでに90年ほど前の大正時代に日刊紙の不要を考えた人がいた。物理学者で随筆家として有名な寺田寅彦は、記事を細部にわたって検証し、個人にとって不必要な記事が沢山あり、リアルタイムである必要が無い記事も多いので、週刊あるいは旬刊でいいのではと語っている。確かに自分は紙面の一部しか読んでいない。
 戦前戦中の報道の歴史を考えると日刊紙を含むマスメディアを絶対的な物として考えてはいけないし、寺田寅彦が言うように今でも無駄記事が多い。しかし、朝起きるとコーヒーを飲みながら、愛犬・くるみを従えて朝刊をゆっくり読むのが日課だ。ある意味でそれが至福の時とも言える。
四日市市美術展覧会 2011・10・10(月)
 昨日は仏像作りの先輩夫婦、今日は兄夫婦(写真)が来てくれた。
  
お得です(いわせてもらお・朝日新聞) 2011・10・9(日)
 今のマンションに引っ越して5年。洗面所の電球が切れたので電気店に買いに行った。「40倍は長持ちしますよ」と勧められ、LED電球を購入した。電球を付け替えてから、ふと思った。「5年×40倍=200年」・・・・・・。
            (京都市・そのころ、この部屋には誰が?・43歳)
 「5年×40倍=200年」は望まないが、木造の我家も古くなってあちこち傷みが出てきたので、修理や取り換えが必要になってきた。ぼつぼつ対処しようと考えているが、古びたわが身の修理や取り換えは難しい。
お絵かき仲間 どんぐり展 2011・10・8(土)
 佐治悦子さん(パズルパソコンスクール当時の生徒さん)から案内あり。
  10月9日(日)まで 10:00〜16:00 シェトワ白揚 文具館2階

       
四日市市教育委員会賞 2011・10・7(金)
 完成した伝教大師像を「伝教大師(でんぎょうだいし)武蔵野を行く」と題して、四日市市美術展覧会に出品したら、上記の賞をもらうことになった。賞など全く予想していなかったので、掲載する写真すら撮ってない。
 稚拙な作なので「出品したくない」と愚図っていたが、安達先生の「出しなさい」の一言で、しぶしぶ出品した。ところが賞をもらえばやっぱり嬉しいものである。先生や友人たちから、おめでとうの言葉をもらって幸福な時間を過ごしている。
 しかし、もともと先生が企画し準備していた作品を、素空が引き受けたもので、その着眼と素空への指導を考えれば、賞は先生のものと言っても過言ではない。先生への感謝の念で一杯である。また制作過程で助言してくれた刻友会の先輩達、共に滋賀・坂本の瑞応院(オリジナルがある)へ同道してくれた同級生たちにお礼を言いたい。
 この作は完成後、瑞応院に納める事になっているので手元から離れる。10月9日(日)〜16日(日)四日市文化会館第一展示室彫刻の部に展示されているので、良ければ鑑賞してください。
くるみ この頃 2011・10・6(木)
 うらら姉さんがいなくなって、1人娘になったの。姉さんに仕草が似てきたとチチが言っているよ。
  
特定記録 2011・10・5(水)
 大事な書類を郵送するのに先方が特定記録で送ってくれと言ってきた。なるほどそんな制度があるのだと感心する。と言うのは、父が亡くなった時、送った相続関係の書類が届かず、郵便局に問うても門前払いのような対応だったからだ。
 ところが郵便物は確かに届いたが、書類が一枚足らないので至急送れと言ってきた。引き出しに大事に保管してあった書類だったので、2度引き出しの中を確認し無いのを確かめて、先方に確かに送ったと電話する。「ありません」「送った」の押し問答の後、双方がもう一度確かめる事になった。再度引き出しを探すと書類の間から出てきた。赤面!詫びを入れて早速、速達で送った。
 連れ合い曰く「何でも人のせいにする悪い癖だ。その上、ボケも相当進んでいる!」反論の余地なし。 
3度目 2011・10・4(火)
  一鉢の月下美人、7月に7輪、8月に16輪、10月に入って3輪咲く。まだ蕾らしきものがある。年4回なら至福。
  
魯山人展 2011・10・3(月)
 パラミタミュージアムで北大路魯山人展(〜11・28)が始まった。知ってはいたが彼の作品を見るのは初めてだった。吉兆庵美術館の収蔵品から書画・陶芸・漆芸などの優品80余点が並び、魯山人の「人を感動に導く料理は立派な芸術。器は料理の着物である」に基づいて、器に料理が盛ってあるものもある。書は一点だけ惹かれるものがあったが、多岐にわたる陶芸は迫力があり、展示作品だけからでも精力的で多芸なのが良くわかる。しかし、気にいったものは数点だった。
 彼は会津八一と同時代を生き、互いに書に秀でたが交流は無かった。また、互いを認めることも無かった
 新潟会津八一記念館では現在「會津八一VS北大路魯山人 〜傲岸不遜の芸術家〜 」(〜11・16)を開催している。見てみたいが新潟までは遠すぎる。この表題「傲慢不遜の芸術家」は2人を良くとらえていると思う。ともに激しい毀誉褒貶にあってきた。魯山人の評価はもう少し見てみないと自分にはできない。
 以下は「千夜千冊」(松岡正剛)からの転載である。
 「・・・魯山人が、あたるところかまわずに、世の芸術品をなぎ倒していった。とくに陶芸・書芸・料理についてはうるさかった。それも魯山人がたんに批評家であるなら、それもありうることなのであるが、魯山人はまるで自分のつくるものが最高で、他のものはくだらないという立場を強固に押し出したようなところがあった・・・」
伝教大師の歌 2011・10・2(日)
 十八日延暦寺の大講堂にて (八一)
    のぼり きて しづかに むかふ たびびと に
            まなこ ひらかぬ てんだい の そし   解説
       (登り来て静かに向かふ旅人に眼開かぬ天台の祖師)
チーズカツ 2011・10・1(土)
 曼珠沙華のあでやかな赤が続く農道を車で走っていたら、理由なくトンカツが食べたくなった。メニューを見てチーズカツを注文する。
 「硬くありませんか?脂っこくありませんか?パン粉がパリッとしていますか?」そうでなければ遠慮なしに言ってくれと案内がある。何年振りかに食べるチーズカツは上記三つを満たした上物だった。だが、感動するほど旨くは感じない。
 脳裏にこびり付いているチーズカツの味は、チーズもカツもほとんど食べられなかった学生時代に、その二つが重なった贅沢な食べ物のことなのだ。食が貧しかったから感動があったのだろう。しかし、初めて食べた牛丼などは旨いと思わなかったから、好みもあったようだ。その頃(40年前)の牛丼は今一だったのは確かだ。
 柔らかいカツを食べながら、その当時、チーズカツを留置場に差し入れした同級生のことを久しぶりに思いだした。

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