孫たち登場 2010・7・31(土)
 千葉から孫2人がやってきて創志と合流、最初は緊張していたがすぐに仲良くなり、犬ころのように遊び出す。本家のくららも一緒になって遊んでいた。夕方から四日市祭りへ。諏訪太鼓(樂鼓隊)の奉納演奏が吉田ビルであり、特等席で鑑賞した。暑かったのでくるみは貞叔父さんの上で冷凍のペットボトルでちゃっかり冷をとっていた。

伝教大師4 2010・7・30(金)
 大師像のある真如堂を訪問した。紅葉の季節以外、訪問者は少ない。大師像を中心に100枚ほどの写真を撮る。訪問者はSUだけだったので丁寧な対応を受ける。この寺を菩提寺にする三井家の建物を移転した本坊書院の庭は素晴らしい。比叡山、東山を借景にした枯山水の「涅槃の庭」をゆっくりと鑑賞する。書院の襖絵のほとんどは丸山応挙の子孫のものだった。とりわけ、訪問した3日前に完成した三井家の四つ目の家紋をモチーフした随縁の庭」は哲学的。『「随縁」とは「随縁真如」の略で、「真理が縁に従って種々の相を生じること」、つまり「真理は絶対不変でも、それが条件によって様々な姿を見せること」をいう仏教の言葉です
 奇しくもこの庭の設計者・重森千青(ちさを)氏は、次に訪れた瑞応院の庭園設計者・
重森三玲(みれい)氏の孫だった。瑞応院の庭園では住職夫人と1時間余話をした。
 
 今日の創志の行動、霞ケ浦プールで遊ぶ。(ビデオ
睡蓮 2010・7・29(木)
 メダカの住んでいる睡蓮鉢を玄関に置いている。去年までは2個ぐらいしか咲かなかった睡蓮が、今年はよく咲く。日を置きながら咲いて、もう5,6個になった。「今日も咲いたよ」と連れ合いに言われていたが、午後には花を閉じているのでなかなか見れなかった。創志が来たお陰で早起きしたので、今日やっと写真に収めることができた。
 
 今日の創志の行動、墓参りから刈谷のハイウエーオアシスの遊園地で遊ぶ。観覧車にも乗った。帰路、長島サービスエリアの足湯につかり、帰ってからはくららと遊ぶ。
創志登場! 2010・7・28(水)
 1年ぶりに見る創志は背が伸びたくましくなっていた。早速、犬たちと一緒に散歩に出かける。リードを持って先に走る創志にくるみはたじたじ、お転婆も小学3年生のパワーに負けてうつむいていた。
 鳥取では大人に交じって太鼓を上手に叩くと言う。そういえば、創志のお父さんはプロ並みの腕をしている。そのお父さんからメールが届いた。
 「今日から、太っちょ創志とおしゃべりババさんがお世話になります。よろしくお願いします

高校野球三重大会 2010・7・27(火)
 三重大会の準決勝を公立4校が占めた。今日の準決勝は「いなべ総合」対「菰野」、「白子」対「上野」だった。四日市に近い菰野を応援しながら、くららとアイスノンを抱きながら見ていた。0対0が続く9回表まで見ていたが、そこで寝てしまった。くららはもちらん起こしてくれない。目を開けらた菰野が負けて第2試合が始まっていた。今度は友人の出身地という理由で決勝進出した白子を応援した。
 母校四日市は健闘して8強まで進んだが、準々決勝で延長11回10対7で上野に負けた。在学中に予選の三岐大会に電車で出かけて、母校を応援したことを思い出す。

賭けごと 2010・7・26(月)
 相撲界の野球賭博問題から賭けごとについていろいろ考えてみた。
 ・賭けごとはそもそも悪なのか?・将棋、囲碁、麻雀あるいはゴルフでワン勝負に1円(低額)を賭けることと100万円(高額)を賭けることの違い。・公営でないパチンコの換金システムの善悪。・公営ギャンブルなら善なのか?
 幼い時から「賭けごとは悪」と理屈抜きで教えられてきた。そうなのに世の中には賭けごとが多い。金を賭けるわけでないが、人は人生の節目節目で右か左かギャンブルをしている。「私はどんな賭けもしない」と言う人でも宝くじを買ったり容認する人がいる。宝くじは立派な公営ギャンブルなのに!
 なぜ?と考えないで、杓子定規に物事を判断する一部のPTAのような行為は恥ずかしい。マスメディアは「相撲協会の膿を出す」という。マスメディアに膿は?

伝教大師3 2010・7・25(日)
 大師像のある真如堂に電話をすると愛宕念仏寺に聞いてはどうかとはアドバイスがあった。荒寺であった愛宕念仏寺を復興したのが、仏師として有名な故西村公朝である。大師像は念仏寺にもあった。念仏寺に電話をして息子さんの西村公栄現住職から話を聞いた。
 「坂本の何処かはわかりませんが、(公朝が)山田恵諦座主第253世天台座主)にお願いし、衣と帽子を被っていただきモデルとしたと聞いています。恵諦座主の里坊では?
 坂本の比叡山延暦寺の本坊(総里坊)である滋賀院門跡で聞くと、比叡山の管理部に聞いてくれと言う。山田能裕住職(恵諦座主の息子さん)の里坊・瑞応院に像はありますよ!
 
やっとわかった。後は訪ねて本物を見るだけとなった。ちなみに真如堂第48世純孝貫主の弟子であった西村公朝は、恵諦座主から「天台大仏師法印」号を授与されている。

異常な暑さは 2010・7・24(土)
 「くらら」の様子を見ればすぐわかる。舌を出してゼイゼイして動きが悪くなる。もちろん、この暑さは自分でもよくわかる。噴き出す汗の量が多く、日中はほとんど動く気がしない。熱中症のことを考えると無理には動きたくない年齢だ。しかし、昨日は早朝から車で出かけた。凍らせたペットボトルのお茶が午後にはホットになっていた。夜には倒れるかと思った。
 その日は「くらら」のために寝室と居間にアイスノンや凍ったペットボトルなどを沢山置き、その上クーラーと清風機をタイマー付きでオンにして出かけたとハハが言う。過保護と言うか異常な猛暑と言うか?ユウスケの猫もぐったりしているそうだ。人も動物も悲鳴をあげている。

伝教大師2 2010・7・23(金)
 大師像は何処に?手がかりは、滋賀・坂本の里坊(僧が人里に構える住まい)にあることと写真だけ。ネットで同じ像は浄法寺・群馬と真如堂・京都にあるが、滋賀(坂本)では出てこない。ところが真如堂のHPでこう書いてある。
 『・・・天台宗を開かれた伝教大師最澄さまが東国を巡られ(817)、上野国・下野国に宝塔を建てられた時のお姿をイメージして、平成2年、仏師 西村公朝師が作られた「伝教大師巡錫之像」。これを原型として、群馬県のお寺には大きな同像が造られました。西村師は真如堂第48世純孝貫主の弟子で、ゆかりのある真如堂の、比叡山が見える場所にこの像を建てて欲しいというのが、かねてよりの願いでした。平成11年6月4日の伝教大師の御命日に、比叡山を背にしたこの場所に安置しました』 作者は有名な故西村公朝仏師だったのだ。

相撲に必要なものは! 2010・7・22(木)
  ある新聞記者はこう言う。「暴力団の取り締まりは必要だ。が、客になった力士が仕事をなくし路頭の迷うほどの“巨悪”なのか?」「“寛容”は日本人の隠れた美徳、それを忘れた昨今の日本人は“許すこと”をすっかり忘れている。・・・(自分のことを棚に上げ)過ちのない“完全無欠な他人”を要求する。・・・“弱い”と見ると徹底的に失敗を追及する。その先頭に立つのがメディアである
 人を裁くほど「完全無欠」な人はいるだろうか?メディアの尻馬に乗って、相撲界をつぶすような愚かなことはもう止した方がいい。

伝教大師1 2010・7・21(水)
 安達工房に1m近い人物像の写真がある。先生が滋賀・坂本で撮った伝教大師像だった。伝教大師とは、天台宗・延暦寺の開祖「最澄」のことだと先生に教わった。
 最澄の略歴を確かめる。滋賀に生まれ、19歳で東大寺の僧となったが、当時の仏教のあり方に不満をいだき、一乗止観院(のちの延暦寺)をたてた。その後、遣唐留学僧として唐にわたり天台宗を学び、日本で天台宗を起こす。「伝教大師」とは死後、朝廷から送られた諡号(しごう)、送り名である。空海(真言宗開祖)の弘法大師と対比される。
 ここまで調べるのは簡単だだったが、坂本の里坊とだけしかわからないこの像の存在場所や作者を探すのにずいぶん時間がかかった。

第3火曜日 2010・7・20(火)
         今日は定休日、独り言も御休み。

     めん鶏(どり)ら 砂あび居(ゐ)たれ
       ひつそりと 剃刀研人(かみそりとぎ)は 過ぎ行きにけり   
斎藤 茂吉

熱中症 2010・7・19(月)
 昨夜、うららががあえぎ呼吸し、甘えたので冷やしながらハハが抱いていた。幸い収まったが、ヨークシャテリアは夏に弱く、冬にも弱い。その上、うららは長髪?だ。以前、くるみの調子が悪く医者に見せた時に「熱中症ですか?」と聞いたら「いやいやこんな程度ではありません。あえぎ呼吸をし、よだれを大量に出し、吐血したりして意識をなくします」と返事があった。
  犬の熱中症対策は、水風呂に身体ごと付けて冷やし、ただちに医者にかかること。人間にも言えるのかな?
 明日は定休日、大量のアイスノンを持って、ひまわり畑を見に行くつもり。

くららの散歩 2010・7・18(日)
 豪雨の後、晴天の三滝川でいつものように散歩。真夏並みの暑さなので動きが鈍い。うららは4歳半なのにもう「老婆」のよう、「ぼとぼと」歩く。素早いのは美味しいものを奪う時だけ。くるみは走り回っているけど、この暑さで幾分動きが遅い。時々、うららがくるみをいじめるが、結構仲良くなった二人の姿を動画でどうぞ!

友人からのメール 2010・7・17(土)
 「明日朝9時NHK日曜美術館は會津八一だよ。今、東京の三井記念美術館でやってる“奈良の古寺と仏像・會津八一のうたにのせて”は11月20日から奈良県立美術館でもやる
 友人・Kから連絡があった。明日の放送「会津八一と戦没学生が見た奈良の仏」(再放送は7月25日夜)を楽しみにしている。恩師・故植田先生も八一の弟子で学徒動員生だった。
 この展覧会のことは春に東京の友人・Yから連絡が来ている。友人はありがたいものだ。来月にはYと三井美術館に行くつもりである。多くの仏像が八一の歌とともに展示される。日曜美術館も展示も多くの人に見てもらいたいと思っている。

豪雨 2010・7・16(金)
 記録的な大雨で各地で大きな被害が出ている。よもやと思うような形で死に至る場合があり驚くばかりだが、とても悲しいことだ。山が崩れたり、水流でいとも簡単に大型車が流されていくとはだれも想像出来なかったと思う。
 自宅は川べりにあるのでいつも水害のことを心配し、いざというときは近所のビルに逃げ込もうと思っているが、その時間があるかどうか分からない。
 「いざという時に連れて行けないかもしれない。ごめんね!」と連れ合いが「くらら」に言っていたけど、そんなこともあり得ることだ。
 大自然の力の前に人間が非力であることを、災害の度に思い知らされる。

相撲放送が無くて! 2010・7・15(木)
 我が家の夕食は仕事の都合で5時半、相撲が一番面白い時間帯。ところが野球賭博問題で放送が中止になった。受信料を返して欲しいと言いたくなる。色々な賭けごとは世間の至るところで行われているが、相撲界がこれほど叩かれるのは、伝統を守る国技だと言われているからだろうか。
 マスメディアが大騒ぎして世論を引っ張る定番が、今回の大相撲問題にも見受けられる。高額の野球賭博を仕切り、テラ銭・10%を稼ぐ暴力団は退治してほしいが、ここまで相撲界を悪し様に言うことはないだろう。同じ賭けごとでも国の宝くじはテラ銭を50%以上取る。
 芸能的な由緒正しさの終幕」と小沢昭一が朝日新聞で語り、東洋的寛容さがあった古き良き時代」を懐かしんでいる。それを論じたブログがあるのでぜひ読んでみて欲しい。

体力勝負 2010・7・14(水)
 四日市祭(7月31日〜8月1日)を挟んで、鳥取から小学3年生の創志が、千葉から幼稚園児のココロと活発なまっちゃんがやってくる。全部で10日ほどいる予定。「去年行ったアスレチックよりもっとすごいアスレチックに連れて行って!」(創志)。昨夏、そのアスレチックでジジババは倒れそうになった。体力のある義兄が頼りだ。「このマグロ(冷凍)はココロが来た時に食べましょう」(カコバー)。スージがもらった好物の高級マグロもお預けになった。

罰について(6) 2010・7・13(火)
 法律を基準にして全ての善悪を判断するという考えは誤りだと思う。法は絶対的では無く、相対的なものである。以下の法は現代では理解不能である。
 「(土地を暴力的に収奪され、追放されて都市にでた農民)は浮浪者や貧民になったことを罰せられたのである」(資本論)
 16〜18世紀、ヨーロッパでは都市へ出てきて浮浪者になると鞭打ち禁固、累犯3回で死刑という法があった。これは都市の工場で働くように躾ける(強制)ための「奇妙なテロリスト的法律」(資本論)だった。この法は当時の工場経営者と政府が手を組んで決めたものだが、これが普遍的で絶対的なものとは、現代の人は決して思わないだろう。このことから、現在の法律の中にも悪法や不適切な法があることを見抜いていかなければいけない。

傲慢 2010・7・12(月)
 菅民主党が参院選で大敗した。敗因は、菅さんの政策変更(マニュフェスト変更)と傲慢さによると思う。先輩は「空き菅」と言っていたが、政治センス、特に選挙に対するセンスは「ア菅」し、「アホ菅」と呼んでもかまわないようだ。
 1つは、衆議院選挙のマニフェストに無かった消費税アップを唐突に主張したことである。組織的な検討や大衆的な論議も無しに大事な政策を変更するのは、嘘ツキとしか言いようがない。もう1つは、小鳩辞任後の支持率V字回復に傲慢になったことである。鳩山総理時代の迷走を国民が首相の交代で帳消しにしたわけではない。その迷走を謝罪し、もう一度民主党に機会を与えて欲しいと謙虚にお願いしなければいけなかった。
 単に首相がアホだったのか、民主党がダメなのか、今後を見守りたい。

絞り染め(フヨウ) 2010・7・11(日)
 7〜8月の富弘さんのカレンダーは絞り染め(フヨウ)
      夏の陽差し 大地に染みて
      太陽の    絞り染め

 詩人はうまく表現する。芙蓉の花はまさしく絞り染めだ。
 
我が家の芙蓉は花後に根元近くまで切り縮める。初夏に伸びた新芽が背丈以上に伸びて夏中咲いてくれる。ところが、今年は皇帝ダリアに太陽の陽射しを遮られ、その上、虫に葉を食べられて苦戦している。殺虫剤を手に持って「頑張れ、頑張れ」と支援中。

念彼観音力 2010・7・10(土)
 今年も百合が一斉に咲いた。百合を生けた後ろは八一の書である。
 観音経の一節「念彼観音力 釈然得解脱、「彼の観音力を念じれば、釈然として解脱することを得る」と読み、意味は「(囚われて縄や鎖で拘束され、手かせや足かせをはめられても)かの観世音菩薩の力を心に念じれば、たちまちにそれらの拘束から逃れることができる」と言うことである。
 向って右の仏像は観音菩薩ではなく、地蔵菩薩である。

安達微笑仏館 2010・7・9(金)
 四日市地域まちかど博物館(76軒)が7月4日に総会を開き、その後傘下の博物館を回った。あらかじめ「訪ねてみたいまちかど博物館」のアンケートを取ったところ、ベスト3館に安達微笑仏館が入ったと言うことで、25人の方が見学に来た。これだけの人がやってくると大変、手伝いに行き、車の誘導から、その他のことで走り回った。
 博物館を運営する人たちなので、レベルの高い質問があり説明にしどろもどろする時もあったがなんとか切り抜けた。当日の全体写真が、安達ホームページに掲載されている。

月下美人 2010・7・8(木)
 昨日2輪、今日3輪咲いた。小さい蕾の頃から大事に育てたが、途中で落ちて少なくなった。膨らんだ蕾が揺れながら開いていく様は素晴らしい。今年も咲いてくれた月下美人にありがとうと自然に言ってしまう。

砂糖水(人その3) 2010・7・7(水)
 保育園は旧東海道を上って三滝川を越えたところにあった。途中にある焼いも屋のみよちゃんといつも一緒に通ったが、今ではみよちゃんという名前も確信がない。保育園が学区外だったからか、彼女のその後はわからない。
 保育園の近くには母の従姉妹・花ちゃんが住んでいた。花ちゃんは子供がいなかったので、SUを欲しがっていたそうだ。そんなことは知らなかったが、砂糖水を飲ませてくれる花ちゃん宅へはよく行った。養子には行かなかったが、今の自宅が昔の花ちゃん宅なのは感慨深い。

「ミカン」から「メル」へ 2010・7・6(火)
 2匹の子猫を残して親が死んだ。それを聞いたSU家のユウスケのお兄さんが引き取ってきた。犬1匹、猫4匹の世話はお母さんがするそうだが、優しい家族だ。ユウスケの携帯で見る子猫の写真は可愛らしい。「最近、猫を連れてくる夢を見るママ(連れ合い)が欲しいと言っても拒否するのだよ。くららを入れて3匹になったら、SUは家出する」とくぎを刺していた。
 ところが猫を1匹飼っているSU家のOさんが欲しいと言ったので、子猫・ミカンが養子に入った。名前も「メル」になった。隣家の犬は「メルヘンのメル」、Oさん家の子猫は「キャラメルのメル」と言うことらしい。

地蔵菩薩像 2010・7・5(月)
 時々立ち寄るよつばの里の理事長に地蔵菩薩像のプレゼントを約束したのは1年ほど前。香薬師像、木喰自刻像を彫り終わったので、やっと手をつけて月初めに完成した。
 『地蔵菩薩とは、大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包み込み、養う所から名付けられた。一般的には「子供の守り神」とされている。 素空』とプリントして渡してきた。施設の子供たちの力になってくれれば嬉しい。

月下美人 2010・7・4(日)
 蕾がずいぶん大きくなった。沢山蕾を付けたが、途中で枯れたり落ちたりするので最終的には7輪ほどになりそう。咲くのは一週間ぐらい先だろうか?去年は6月29日に1輪、7月24日に5輪咲いた。
 3,4日前にくるみが体調を壊した。医者に見てもらったら暑さ負けだろうと言われて、今は元気になりつつある。うららはとても元気で、月下美人の写真撮りの背景を務めてくれた。

空腹過ぎて・・・ 2010・7・3(土)
 寝起きから12時間余、食事を取らなかったら胃が痛くなり、動悸が激しくなり目が回った。普段、食事は食べ過ぎないように一定量を守り、間食はしないので、空腹には慣れているのだけど今日は違った。人間には適当な栄養補給が必要なのがよくわかった。
 空腹の理由は朝食抜きで行った川喜多半泥子展に時間をかけすぎ、講演会『〈奈良〉と〈奈良時代〉の魅力 〜平城遷都1300年によせて(講師・奈良国立博物館学芸部長 西山厚に遅れかけたので、昼食の時間をカットしたことによる。講演後、すぐ仕事だったこともある。
 半泥子も講演も良かったが、あまりの空腹は身体によくない。

妙興寺 2010・7・2(金)
 円空展の開催されている一宮市博物館は妙興寺の元境内にある。
 この寺は臨済宗妙心寺派の静寂なたたずまいの寺である。総門を入ると正面に大きな仏殿があり、中には釈迦三尊像が安置されている。ゆったりと拝観し、円空仏とは違う仏の世界を肌で感じながら穏やかな時間を過ごし、前回来た時に境内で静かに楽器を弾く人がいたことなどをおもいだしていた。美術館とお寺、贅沢な取り合わせである。

罰について(5) 2010・7・1(木)
 太古の小さな共同体の墓地では、大切に埋葬された高齢の不具者の遺骨が発見されるという。このことは小さな共同体において、それ自体が存在し、生き残っていくために全ての人が大事にされたことを示しており、これがホモサピエンスの基本的なスタンスだと考えられる。(この時代に支配・被支配の関係は存在していない)
 それに引き換え、現代社会はとても殺伐で混沌としている。「罪」を犯すものが横行し、「正義」をかざして目の敵のように「罪人」を罰しようとする風潮が蔓延している。「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」あるいは「罪人を愛することは神の愛であり、愛の究極である」という視点は現代社会には通用しないのだろうかと思ってしまう。

 
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