9月の終わりに 2009・9・30(水)
 過ごしやすい季節になり、気分は戸外に誘われたものの遠出はできなかった。しかし、うららのダイエットを兼ねて近場はいろいろ歩いた。それが功を奏したか400gの減量に成功し、2.5kg(ヨークシャテリアの標準)に復帰した。
 今日、久しぶりに一緒に出かけた友人たちと1月のスキーツアーの話をした。話題の中心は土日祝日の高速道路の渋滞だったが、宿の予約などを考えるとそろそろ計画が必要かな?友人たちは12月まではゴルフをしようと言うけれど、気分はそぞろ!

阿修羅展 2009・9・29(火)
 東京と九州に9月27日まで主張(?)していた阿修羅像が興福寺に帰った。寺の宝物殿では正面からしか見えないから、博物館で360度から見ることができることは幸せだ。総入場者数は140万人を超えた。
 昭和18年、教え子たちが学徒として出陣することを嘆いて八一が阿修羅を詠んだ。
     けふもまた いくたりたちて なげきけむ 
           あじゆらがまゆの あさきひかげに
  『山光集』「西の京」より
       (今日もまた 幾たり立ちて 嘆きけむ 阿修羅が眉の 浅き日かげに)

アルプス三人展・増井行照 2009・9・28(月)
 御在所クライミングスクールを経営する増井行照・山岳ガイド(アルパインガイド)は同級生の同級生、その写真展を訪問し初めて本人に会った。彼がエギュ・デュ・ミディ(3842m)を先導して登る写真に圧倒される。展示された写真はモンブラン(4807m)、アイガー北壁(3970m)、マッターホルン(4478m)など26点、すべて素晴らしく、他の2人の写真を上回っていたように思う。
 今さらロッククライミングに挑戦しようとは思わないが、スキー場で滑ることばかりに夢中にならずに、雪山の景色をもっと楽しもうと思った。

叔母と孫 2009・9・27(日)
 久しぶりに叔母宅に寄った。亡父の一番下の妹で、耳は遠いが元気に出歩く92歳である。目と鼻の先に住んでいるのだが、なぜか訪問することは少ない。近すぎるのかな?30分程大声で近況を話してきたが、闘病中の亡父の話なども明るい思い出として話題に上った。
 ところで叔母と同居の3人目の孫は8歳、父親はSUの同年だから脱帽、もちろん奥さんはずいぶん若い。
 写真は去年2月、パラミタミュージアムで撮ったもの、とても90を過ぎているとは思えない。

姉妹の距離 2009・9・26(土)
 犬嫌いのうららは妹・くるみを避けて行動するが、くるみが近寄り過ぎると激しく攻撃する。遊び盛りのくるみはそれでも近寄るが、何度も手痛い目に合っているので近くでは恭順の姿勢をする。
 ところが、両親の努力(?)の結果、2人はハハを間にしてベットで寝るようになった。同居後4か月の快挙である。写真のように顔を近づけて寝ている姿は姉妹そのものだが、この距離が縮まるのは何時のことだろう。
歌人・吉野 秀雄 2009・9・25(金)
 会津八一の教え子は沢山いたが、吉野秀雄は歌における唯一の門弟だった。八一の歌の良き理解者であるが、独自の歌境を開き昭和歌壇に特異な位置を築く。 妻はつ子の死に際して性愛を歌いあげた絶唱は、吉野秀雄の名を一躍世に知らしめた。
    真命の極みに堪へてししむらを敢てゆだねしわぎも子あはれ 

吉野秀雄(よしのひでお 1902年-67年) 群馬県高崎市生まれ。慶大中退。伊藤左千夫・正岡子規らアララギ派の作風に強い影響を受けたが、会津八一の南京新唱に感動し師事する。大学在学中に結核を患い、「病人歌人」としても知られる。戦中に妻はつ子と死別。とみ子(八木重吉の元妻)と再婚。愛飲家、酒豪でもあった。作品に「苔径集」「早梅集」「寒蝉集」「良寛和尚の人と歌」「秋艸道人會津八一」「鹿鳴集歌解」

布袋さん 2009・9・24(木)
 大きな袋を背負っているのは大黒さんと同じだが、布袋さんは日用品を入れ、生臭ものでも構わず施しを受け、袋に入れていたという。布袋さんは辞書によると、「[?〜916]中国、唐末の禅僧。名は契此(かいし)。半裸で太鼓腹を出し、日用品を入れた袋と杖(つえ)を持ち、市中を歩いて吉凶や天気を占ったという。弥勒(みろく)の化身ともいわれ、日本では七福神の一人とされ、また、詩画の題材とされる
 安達先生の浮き彫り、布袋さんが完成した。            参照  

霊園散歩 2009・9・23(水) 
 秋分の日だからというわけでもないが、今日のうららのダイエット作戦は霊園散歩。さすがお彼岸、園内はきれいに清掃されており、ほとんどの墓に花が供えられていた。
 墓にはいろいろある。「南無阿弥陀佛」「南無妙法蓮華経」「南無釋迦牟尼佛」、キリスト教の墓は「復活」「永遠の命」「命は人の光なり」「吾らの国籍は天に在り」などある。ゆっくりと墓石を見ながら散歩し、最後に我が家の墓で写真撮影、「神は愛なり」を選んだのは亡母だった。

行脚 2009・9・22(火) 
 良寛の真髄は、越後国蒲原郡国上村(現燕市)国上山(くがみやま)五合庵時代に見ることができる。18歳で出家、22歳から岡山で修行、その後中国、四国、九州を行脚して、38歳で故郷新潟の出雲崎に帰り、48歳で五合庵に入った。禅僧、詩人、歌人、書家であった良寛は自由奔放・当意即妙・独創的な書を残した。現存するものは、和歌約1,400、漢詩約420、書翰約250。
 全国行脚中の詳細はわからないが、ヒラメの話に垣間見ることができる「正直・行動力のたしかさ・純粋さ」(吉野秀雄)が修行を通じて、「名利の道を捨てて、清貧に、自然を愛で、慈悲の心で生きる」五合庵時代を作りだしたと言える。

垂坂公園・羽津山緑地 2009・9・21(月) 
 うららのダイエット作戦その2は垂坂公園(たるさか)、くるみもハハも一緒に出かけた。うららは赤ちゃんの時以来4年ぶり、くるみはもちろん初めてである。アップダウンのある公園だから少しは減量できたかな?
 連休なので沢山の親子連れが来ており、芝生の広場では段ボールでソリ遊びを楽しんでいた。今年は孫の琴音をスキー場でソリ遊びをさせようと思っているが、車で10分で来れるこの公園なら簡単にソリ遊びができる。ゲレンデデビューの前にここで練習させよう。

旧四日市港 2009・9・20(日) 
 今では中部圏における代表的な国際貿易港として巨大化した四日市港も明治時代に開港した時は小さな港(旧港)だった。折につけ何度か訪れたが、旧港は今では小さな釣り船の乗船場になっている。岸壁ではハゼ釣りを楽しむ人が何人かいた。
 初めてのうららはあちこち動き回る。暑さに弱いうららは夏の間、食べては寝てばかりいたので、BUTA姫と呼ばれかけている。300gほどの減量をめざした散歩にチチも協力している。うららの体重は?って! 2.9kg。

読書 2009・9・19(土)             
 「某喫茶店での哲学的読書は進んでいますか?」と退職した先輩にメールしたら、「埴谷の死霊、ドストエフスキーの悪霊は終わった。霊(思想)にとりつかれて人殺しをしていく論理はどちらも説得的。今、ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟にとりかかり、つぎに罪と罰を買い込んで楽しみにしています。世の人が働いているのに遊び呆けています」と返事があった。
 亀山郁夫訳(2007年)の「カラマーゾフの兄弟」は、新訳が話題になり古典文学としては異例のベストセラーになった。全5冊4200円、古書2500円だから、まだまだ人気があるのだろう。近い将来、購入して読みたいと思う。

象のウメ子死ぬ 2009・9・18(金)             
 小田原動物園(小田原城址公園内)の人気者・ウメ子(推定62歳)が昨日死んだ。孫たちのママの実家が小田原なので、孫二人の誕生の時に小田原を訪れ、その度に公園でウメ子に会ったのは奇縁だ。観客に水をかけたりするやんちゃな象でとても人気があったそうだ。孫のママは小田原城址でよく遊んだと話し、いろいろな思い出を語ってくれたが、ウメ子の死で動物園は閉園になると言う。思い出の場所も時とともに大きく変わっていく。

木の上で鳴く虫 2009・9・17(木)             
 夏が終わるとセミたちは退場し、秋の虫たちがあちこちでいろいろな音色で鳴いている。秋の虫は草むらや道端で鳴くものと言う先入観があったが、木の上で鳴く虫たちも沢山いる。舗装で固められた街では、街路樹の方がいいのかもしれない。夜、三滝通りの木の上で合唱している虫はアオマツムシ、その写真をネットで探してみた。

連立政権  2009・9・16(水)             
 鳩山内閣がスタートした。政官財の癒着が言われてきた長年の自民党政権が終わったのだから、大きな変化が進行するだろうし、同時にいろいろな難題が起こってくると思う。期待するのは、澱んだ政官財の浄化である。それがある程度できれば、この政権交代は評価できる。
 疑問に思うのは、社民党の入閣である。民主党や国民新党とは水と油のような政策を持つこの党の理念と入閣とは相反する。公明党が「平和の党」と言いながら、自民党との連立の中で党是を曲げて、自衛隊の海外派遣を容認して行ったことから見ても、民主党と言う大組織の中でもまれて空中分解しそうだ。キャスティング・ボートを握っている参院の影響力を駆使した是々非々の閣外協力が正解だと思う。村山内閣後の社会党の崩壊を思い出す。

第3火曜日  2009・9・15(火)             
         今日は定休日独り言も御休み。

   しづけさは涅槃のごとし見てあれど百濟観音またたきもせず    吉井 勇

言葉の理解 2009・9・14(月) 
 『入社試験の面接で、あまりに緊張してしまい「家業はなんですか?」との質問に「かきくけこ」と答えた。家に帰るまで、何で「か行」を尋ねられたか分からなかった』(笑話 ネットから)
 ところで犬は人の言葉をどれくらい理解しているのだろう?いろいろ調べてみると100〜300語ぐらい、もちろん辞書的な意味ではない。飼い主の日頃の動作と一緒に覚えているようで、ささいな仕草や身体の動きと合わせて判断しているようだ。
 都合の良いことにはよく反応し、嫌なことが起こりそうな時は素知らぬふりをする時がある。「おいで!」などは良いこと悪いことを予想してか反応が違う。うららもくるみも尻尾を振って大喜びするのは「お散歩」、明日の休みは雨模様だから可哀そうだ。

詩藻/詞藻(しそう) 2009・9・13(日) 
 「 会津八一は、一九四四(昭和十九)年、第三歌集『山光集』を公刊し、ますます深奥の詩境を展開した。書は詩藻の道具である。詩藻の豊かさに比例して、かれの書も老熟を示した」(秋艸道人随聞 宮川寅雄著)
 辞書を引くと詩藻とは「詩や文章、及びそれらを生みだす才能」とある。この随筆は1980年頃までに書かれたものだが、いろいろ知らない言葉が出てくる。勉強不足も恥ずかしいが、「詩を生みだす才能」にまったく欠ける自分には縁のない言葉かもしれない。
宮川寅雄(みやがわ とらお) 1908年〜1984年。美術史家・歌人宮城県出身。早大政経中退。在学中から会津八一に師事学問・教育・研究・中国との文化交流に取り組む。学芸においては短歌・書・画・陶等に独特の魅力をもつ。また、社会運動にも参加、戦後は北海道化学労働組合委員長に就任。そののち、上京して日中文化交流協会理事長を務め、和光大学創設に参画し、教授として活躍した。     参考  

チビーズ通信1 2009・9・12(土) 
 まっちゃんの手術から、ちょうど今日で1ヶ月経ちました。  お蔭さまで経過は超が付くほど良好で、風邪も引かず元気溌剌の毎日です。 歌い、おどり、アンマン(アンパンマン)、でんしゃ、キリン、ぞう、っき(ミッキーマウス)、ぷー(プーさん)など、よくしゃべります。
  ココロは自分で作ったお姫様のお話を寝言でも言う程、プリンセスに夢中です。七五三を楽しみにしている毎日です。 
        (表題に1を付けた。通信2を心待ちにして!

浮き彫り 2009・9・11(金) 
 師事する安達先生の浮き彫り、木喰自刻像(4作目・右写真)が、旧東海道に面した安達微笑仏館前に設置された。布袋(5作目)もほぼ完成している。1作目の護法神は自然にさらされて、ほどよい色合いになってきている。
 先々作ってみようと思うが、今手がけているものや予定もあるし、1m前後の適度な材料を手に入れるのも難しい。夫人が作るホームページに浮き彫りページが加えられた。

大逆転 2009・9・10(木) 
 サッカー日本代表が1−3で負けていた対ガーナ戦(国際親善試合)で、後半33分からたった6分間で3得点し、信じられない逆転劇を演じた。格下相手での大量得点は今までにあったが、世界レベルのガーナに4−3での勝利は痛快である。その前の0−3で負けたオランダ戦のお返しができた。
 ただ、3日前にW杯出場を決めたばかりのガーナにモチベーションの高さはなく、後半に入ってメンバーを大幅に入れ替えたことが背景にあるので、無条件では喜べない。ところで、ガーナの世界ランクは32位(アフリカトップ)、日本は40位である。次回が楽しみになった。

ビートルズ 2009・9・9(水) 
 「ザ・ビートルズのオリジナルアルバム全14作品がリマスターされ、世界一斉リリース! 東京都内などのCDショップでは深夜0時から店頭に並び、長蛇の列を作るほどの賑わいを見せた」と報道されている。最新技術で高音質化されたものだという。
 「ビートルズ世代」だが、音楽は苦手な領域である。ただ、ジュニアが学生時代に大阪のレストランでバンドのリードギターを弾いていた時、リクエストしたのはビートルズのイエスタディだったのは覚えている。
 車のCDプレーヤーが壊れているので、数万円のアルバムを購入しようとは思っていない。

坊主頭 2009・9・8(火) 
 中学高校時代は坊主頭を強いられたが、その時以外はずっと長髪である。年をとってから、時々長い理由を聞かれるが、「ビートルズ世代だから」とか言ってはぐらかしている。
 大学がストで封鎖された夏休み前、理由を覚えていないが丸坊主にした。真夏に建物の屋上で風に吹かれる坊主頭は気持ちよかったが、9月に入っても坊主はそのままだった。毛が細いので伸びても目立たないのだ。友達の前でその頭が恥ずかしかったことを、9月になるといつも思い出す。若い時の長髪は散髪代が乏しかったことや細い毛が理由だが、強いられた坊主頭への反抗もあったようだ。今は地蔵菩薩のような坊主頭も気に入っているのだが。

日米通算3278安打 2009・9・7(月) 
 イチローが大リーグ通算2000安打を今日達成した。日米通算では3278安打、心からおめでとうと言いたい。大リーグ9年連続200安打にも後5本だ。こうなれば、10年通算200安打の実現もと思う。怖いのは怪我や病気だが、そうしたトラブルを乗り越えて安打を打ち続けて欲しい。
 幼い頃、野球は10番ベンチで、なんとか9番ライトに起用してもらっても外野ゴロをトンネルするような鈍な子だった。だから、努力してボールを打ち返せるようになった時の喜びを今でも覚えている。そんなSUーには、イチローは神様より偉大な打者なのだ。絶賛!!

変身 2009・9・6(日) 
 秋の澄み渡った夜空に月が煌々と輝いている。今月の満月は5日、夜歩くと大きな満月が着いてくるから楽しい。うさぎ、アポロ11号、狼男などが浮かんでくる。満月を見ると狼に変身する話は、映画で描かれて広まったそうだ。
 日中ほとんど寝ている我が家のうららは、夕食後ベッドの上で変身する。ハハが体操をする準備に入ると枕やバスタオルに牙?をむいて飛びつく。面白がっていろいろするので余計に興奮する。ハハを満月と見ているこの狼犬、ヨークシャテリアの正式な血統書があるのにどうも狼の血が流れているようだ。

あき ちかみ かも 2009・9・5(土) 
 窓からの風は涼しく、うららは気持ちよく椅子の上で寝ている。文珍の落語「まんじゅう怖い」を久しぶりに聞きながら、昨日からの部屋の整理を続ける。観光やゴルフ場案内などの本はネットで代用できるので廃棄することにした。最後に本棚にある色紙の中から、秋の歌を選んで玄関の掛け軸を替えた。
    法隆寺村にやどりて
     いかるが の さと の をとめ は よもすがら 
                 きぬはた おれり あき ちかみ かも 
        解説
          (いかるがの里の乙女は夜もすがら衣機織れり秋近みかも)

ダブルラジカセ 2009・9・4(金) 
 散乱する彫刻の木屑を掃除しながら、少し部屋の整理をした。いろいろな物が増えていく部屋はまるで物置のようだ。不必要な物をどんどん処分すればよいのだが、なかなか捨てきれない。衣類、本、アルバム、書類、パソコン関係、彫刻及び道具類一式、其の他諸々。小犬達と遊びながらだから余計にはかどらない。
 半日かけてやっと出てきた処分品はダブルラジカセ、出力端子がしっかりしていて、カセットテープの落語をパソコンに取り込みCDに焼いた時に随分働いてくれた物だ。
 20代のユウスケにはラジカセがわからない。ラジカセが退場するのも仕方がないようだ。

虫の音 2009・9・3(木) 
 良く鳴いた鈴虫たちは、貰われていったあちこちで役目を果たして地に帰りつつある。我家では急に大量死して、もうほとんど残っていない。来年はどこかから嫁入りしてもらわなければいけないかな?
 夜、外を歩くとわずかな風の流れに秋の気配を感じ、虫の音が耳に飛び込んでくる。こうろぎやまつむしの声ぐらいしかわからないが、秋は確実にやってきている。
 「俗界」でのジージー、ミンミンの喧騒が終わったので、余計に草の根の虫たちの声が聞こえるのかもしれない。            

図書館通い 2009・9・2(水) 
 大学在学中から、文壇の寵児として大活躍していた相馬御風と同郷(新潟)の会津八一は早大文学部時代から親交があった。ただ、八一は生家が経済的苦境に陥ったことなどもあって、在学中は図書館にこもってひたすら勉強するだけだった。卒業後も恵まれず、雪深い新潟の高校・有恒学舎の英語教師の職しかなかった。その後、1910年に坪内逍遙らの尽力で早稲田中学の教師になり、その後の学究の道を開く。
 43歳(1924年)の処女作「歌集・南京新唱」はほとんど売れず、短歌が世間に認められたのは59歳(1940年)の「鹿鳴集」による。だが、早大旧図書館が今では「会津八一記念館」になっているのだから、そこに図書館での学習とその後の学究の素晴らしさが表れている。

9月のはじめに 2009・9・1(火) 
 冷夏のように思えた8月だったが、残暑が厳しい9月になった。まだまだ、小犬・うららは冷蔵庫の前でアイスノンを出せと要求する。当分暑さは続きそうだ。
 7、8月と小さな円空仏を作っていて、制作が止まっていた香薬師像に今月は力を入れたい。顔は概ね彫りあげたが、八一が詠んだ「うつらまなこ(うっとりとした、特有の目つき)」を再現するのは難しい。
      香薬師を拝して  
         みほとけ の うつらまなこ に いにしへ の 
                  やまとくにばら かすみて ある らし
          解説
           (み仏のうつら眼にいにしへの大和国原かすみてあるらし)


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