7月の終わりに 2009・7・31(金)
 やっと衆議院が解散した。1ヶ月後の選挙で秋にはこの国はどうなっているのだろう。今月は雨が多かったので水害の心配をしたが、この先の農作物の出来が気にかかる。
 我が家では小犬達の世話に明け暮れる毎日だった。2人の間を仲裁し、くるみのしつけに気を配り、下の世話をする。「うんち」の世話係りと言ってもいい。そうした中での月下美人の開花は快挙だった。美しい花には癒される。もう芙蓉の花が咲き出し、鈴虫たちも鳴き出した。明日から夏祭りだ。 

栗の木 2009・7・30(木)
 一位の木で彫った握り仏をさらに作って先生に見てもらった。その時、握り仏や小さな仏像用に栗の木を頂いた。先生の話では「(堅いので)昔は枕木に使われていた」そうだ。ネット上では「堅くて湿気や虫害にも強いので、建築用材・家具・器具・船舶・薪炭等に使われたが、最近では高級用材」だと書いてある。
 堅い=彫りづらい、虫害に強い=臭いがきついと言うことだが、堅くて湿気に強ければ耐久性に優れている。実際、縄文時代の遺跡から栗の木だけは腐らずに出土すると言うから、そうした面ではすぐれものである。ともあれ、刃物を入れてみる楽しみが増えた。

雨、雨、雨 2009・7・29(水)
 雨が降るとホッとするのは庭の水やりをしなくてよいことだ。それ以外に私的には良いことは少ない。困ることは、犬たちの散歩ができないこと。時間になるとそわそわするうららたちは、可哀そうだが仕方がない。今日、雨水が溜まった手水鉢に大量のボウフラを発見した。退治したが、玄関付近でやぶ蚊の大群に襲われるのは、雨のせいとも言える。
 個人の生活上のことは大したことではないが、仕事や商売等にとっては大変なことだ。四日市祭(8・1〜2)に吉田さんはビルの前で手羽先を売る。雨だと売上は激減するので、仕入れの量をどうするかでずっと悩んでいる。美味しい手羽先を食べる当方には全く悩みはないが。

横取り 2009・7・28(火)
 姉うららは臆病、それに反して妹くるみは全く恐れを知らない。おやつを入れたボール型のおもちゃ(何度も転がさないと食べられない)にうららは怖がって近寄らない。くるみは喜んでこのボールを転がし、時々出てくるおやつを食べる。くるみを威嚇し、姉の権威?を主張するうららが、妹の後ろから近寄って出てくるおやつを横取りする。おやつの前ではくるみが目に入らないらしい。
 「卑怯だ!」とチチハハの意見は一致、うららに「恥ずかしいな〜〜」と揶揄したけど、本人はキョトンとしているだけだった。

米ツアー初優勝  2009・7・27(月)
 米ツアー参戦4年目の宮里藍が初優勝を果たした。国内では向かうところ敵なしで勝ち続けた宮里が、アメリカで苦戦しながらやっと勝ちとった栄冠である。その労苦を思うと心からおめでとうと言いたい。また、全英オープンで59歳10か月の最年長優勝を目前にしながらプレーオフで涙を呑んだトム・ワトソン(米)や、タイガー・ウッズに臆することなく予選を快進撃した石川遼のプレーは鮮烈で心に残る。
 ところで、大相撲名古屋場所は白鵬優勝、実力通りで終わったが、千秋楽7勝7敗の力士4人は全て勝ち越した。相撲ファンもこのあたりがいま一つ拍手出来ないところである。

高齢者は働くしか才能ない  2009・7・26(日)
 アソー総理の発言だが、要約すると「人生の大半を働いてきた高齢者が80(歳)過ぎて遊びを覚えても遅い。それよりも元気な高齢者に働く場を提供し、納税者になってもらう。それを社会の活力にしよう」ということらしい。
 為政者は高みからこう言う発想をするのだろうが、いつ聞いてもこの人の言葉には個々の人を大切にするという気持ちが感じられない。ただ、この発言を逆手に取るなら、働くことのみに全てを費やし、「遊び」もできない人生だけは送ってはいけないということかな?

鈴虫を小学生に  2009・7・25(土)
 昨夏、隣家で鳴いていた鈴虫を見て近所の奥さんが孫に欲しいと言っていた。昨日、偶然その小学生の孫たちに犬の散歩の途中で出会ったので、鈴虫の話をした。「必ず、自分で世話するのですよ」と言う母親と一緒に、我が家に取りに来た。まだ、一週間ほどは鳴かないと思うがうまく育ててくれるかな?
 今年も鳴き出すまで待ち焦がれ、ぎこちない鳴き始めに大騒ぎする日がそこまでやってきている。今年は鈴虫の大合唱にくるみがどう反応するかも楽しみの一つだ。

月下美人5個同時開花  2009・7・24(金)
 9個つけた花芽は6個が育ち、昨日1個咲き今日5個一斉に咲いた。さっそく吉田夫人に連絡し、隣家の奥さんにもきてもらった。吉田家の時は1鉢に1個だったので、5個同時に皆で歓声を上げた。
 7時前から開花が始まり、8時には満開になった。久しぶりの来客にうららとくるみはずっと追いかけっこをしていた。昨秋、花の鉢を頂いたA夫妻に感謝!

帰省  2009・7・23(木)
 孫たちが8月初めに帰ってくる予定だったが、将周が腸の病気になったので取りやめになった。残念だが仕方がない。盆前には良くなっていると思うが、それまでは心配だ。早く元気になれ!と願うばかり。
 鳥取の義姉と孫は例年通り四日市にやってくる。小学校に入学した創志がどんなに変わったかが楽しみだ。「うららを散歩に連れて行く」と張り切っている。

恭順  2009・7・22(水)
 相変わらず姉うららは妹くるみが苦手だが、最初ほどではなくなった。最近は威嚇して脅すので、くるみはすぐに「伏せ」の姿勢で恭順の意を表す。
 だが、まだ4ヶ月足らずのくるみは、子猫と一緒でとにかく遊びたくて走り回る。何度脅されても、遊びたいのですぐに「恭順」を忘れて姉にじゃれる。ハラハラして見ているが、今日初めてハハの前に2人がお座りしておやつをもらっていた。なんとか共生して行けそうなので安堵している。
第3火曜日  2009・7・21(火)             
         今日は定休日独り言も御休み。

              なんと今日の暑さはと石の塵を吹く       上島鬼貫  

月下美人2  2009・7・20(月)
 もらった2鉢、窓際においた月下美人は6月28日に
1輪咲いた
。軒下に置いた鉢は沢山花芽を持ち、写真のように6個が大きくなってきたので、座敷の真ん中に移した。あと2,3日で開花だと思うが、明日なら休みの日なのでゆっくり楽しめるのだけど!
 開花の日は吉田さんを招いて一緒に鑑賞することになっている。

60年以上の平和  2009・7・19(日)
 半藤一利の代表作は「昭和史」、その専門家として言う。「昭和史は日本人が選択を誤り続けた挙げ句に世界中に戦争を仕掛け、明治の人がつくった国を滅ぼした失敗の記録です。後世の日本人が教訓とすべき話が山ほどある。」そして戦争体験のない世代が指導部に上がってきた現在を憂う。その典型的な例が政権を投げ出したアベ元総理である。現在の代表的な昭和史を自虐史観と批判し、憲法改正から戦争を公然とできる国に変えることが彼の政治信条だった。そのことに対する価値判断はほとんどされずに、コイズミ後の自民党・アベ内閣の誕生を総じて歓迎したのはわずか3年前だった。
 半藤は言う。「外国から“(軍事力も持たないで)お前たちの国は、ばかじゃないか”と言われても、・・・・“おれたちの国は60年以上も戦争で人を殺したことがないんだ”と胸を張っていいんですよ。」全くその通り、戦争のない平和な時代を生きていることに感謝している。

集団催眠  2009・7・18(土)
 夏目漱石を義祖父とする作家・半藤一利(はんどうかずとし)が毎日新聞でこう言っている。「戦前の日本人は新聞が“八紘(はっこう)一宇”“無敵皇軍”などを書き立てると、集団催眠にかかってしまった。同じ方向に一目散に走り出すような熱狂が、国を戦争へと引きずった。・・・松本サリン事件で、・・・警察もメディアも国民も河野義行さんを犯人扱いにした。そして、郵政選挙です。多くが小泉さんのプロパガンダに催眠術にかかったようになった。自分の頭で郵政民営化が本当に大事と考えているのかと聞きたくなりました。
 現在のメディアは、総選挙で民主党が過半数を取ると予想する。「政権交代」が催眠術にならないようにその意味を十分に吟味するべきだろう。

低体温症  2009・7・17(金)
 北海道の夏山惨事・10人死亡は(偶発性)低体温症による。恒温動物である人間の体温が、通常より下がる場合に発生し、重度の場合や自律神経の働きが損なわれている場合は、死に至る事もある。2002年7月にもトムラウシ山で2人が低体温症により死亡している。
 今冬、志賀高原でみぞれ、風、低温のため、意識ははっきりしていたが、寒気や震えがひどく、滑降を中止してストーブのあるレストランに駆け込んだ。暖を取ったがなかなか正常に戻らなかった。こんな時は危ない状態のようだ。
 低体温症の前兆(直腸温などの中心体温が36.5〜35度)は「意識は正常。手の細かい複雑な動きができない。さむけ、ふるえがはじまる」 軽症(35〜33度)は「無関心状態、すぐ眠る。歩行よろめく。口ごもる話しぶり。ふるえ最大。まともそうに見えてまともでない」

石川遼・全英オープン  2009・7・16(木)
 初日をタイガー・ウッズとまわって2アンダーで終えた。本命のウッズが1オーバーだからよく頑張っている。ターンベリー・エイルサコース(7204ヤード、パー70)での開催は15年ぶりだそうだ。その頃ゴルフに熱中していたので、全英オープンのテレビ放映をよく見た。懐かしいコースだ。強風に深いバンカーとラフ、コース内の建物を越えてショットを打つ場面など、見る者には楽しいコースだ。
 ところでブックメーカー(賭け屋)達のオッズはウッズが2・5倍、その次が20倍ぐらい、石川は250〜600倍、4日間頑張ってブックメーカーの鼻を明かして欲しいものだ。

僕の立場は?  2009・7・15(水)
おれさまは一体?   (つれあいにモノ申す) 中日新聞より 
 「友達とディナーしてくるから、洗濯物しまって、マリーちゃんと一緒に食事してね」と妻。
 「何がディナーだ。やせても枯れてもおれは一家の主(あるじ)だ!」愛犬を相手に吠える夫

 「マリーちゃん」を「うららとくるみ」に変え、「一家の主だ!」を「役所に行って世帯主の名前を見て来い!」とすると我が家の話によく似ている。しかし、夫婦で遠出する時に会社を休んでうららとくるみの面倒を見てくれる義兄は「僕の立場は?」と叫んでいるかもしれない。

握り仏  2009・7・14(火)
 1月に友人Kに所望された円空仏は3月にやっと彫りあげて郵送した。高さ10cmの十一面観音の握り仏である。彼が以前に持っていた小さな仏像は亡父の墓前に安置してきたから、新たな仏像が欲しいということだった。
 先日、久しぶりに握り仏を持ってやってきた。車好きの彼はいつも車中に置いて握っているという。見ると胸から顔のあたりが、美しい光沢で輝いていた。
 こんなに大事にしてもらえるととても嬉しい。今は70cm弱の比較的大きな香薬師像を作成中だが、いつも身につけていられるくらい小さい仏像も作って、欲しい人にはあげようと思う。

さい銭泥棒2  2009・7・13(月)
 友人の宮司によると泥棒の被害を受けないように、防犯カメラを付けたり、さい銭の回収をこまめにして、多額にしておかないようにしたという。また、警察も境内に張り込んでくれたが効果が無かったらしい。ただ、防犯カメラに写った泥棒はSUーが見た犯人と同じだった。
 その後、他人頼みではいけないと神主3人が夜まで待機して、なんと2人の泥棒を捕まえた。2人とも若い子だったが、わずかな金額で罪を重ねるのは不思議だ。若い子特有のいたずらならまだいいが、ここのところの不況の影響だとすると深刻だ。無理に今の政治の混乱と経済不況に結び付けたくなる。ところでSUーの見た泥棒はまだ捕まっていない。

話題  2009・7・12(日)
 昨日今日と親しい同級生がやってきた。つもる話も沢山あるが、話は自然に東京都議選になる。中選挙区だから、不人気でも与党がそれほど落ち込まないだろうと予想したが、開票速報を見る限り、与党は過半数割れし、民主党が第1党に躍進した。
 自民も民主も政策に大差があるわけでもないのに、この差は何なんだろう。総理になることだけが目標で理念も政策も不明瞭なアソウさんの不人気もあるだろうが、冷戦構造のなかで反共を理念に保守合同した自民党の存在基盤が、ベルリンの壁崩壊以降の社会主義圏の消滅の中で、歴史的な役割を終えたと考えれば理解できる。世界と日本が直面する諸問題を解決していく新しい政治の形は、今後2回の衆議院選挙で作られていくだろう。

うちわ  2009・7・11(土)
 おもてなし標語「しみじみと 感じる奈良の おもてなし」と書かれたうちわが手に入った。この標語友人・鹿鳴人が奈良市長賞をもらったもので、あらためて標語の良さを味わっている。
 営業所でクーラーを適温にしたとしても、寒がりの人と暑がりの人を同時に満足させるわけにはいかない。寒がりの人には服を一枚余分に着てもらう。暑がりの人には扇風機で風を送ったりするが、手っ取り早いのはうちわである。今年の夏、このうちわが当方では活躍しそうである。

クレート・ケージ・サークル  2009・7・10(金)
 クレート犬を移動する際に入れて使用する入れ物のことで、犬の本で初めてその名を知った。クレートを軽量化したものがキャリー(バック)。我が家にはクレートはないが、キャリーは3個ある。犬の居場所(ハウス)として使われるものが、ケージやサークル。
 くるみは部屋の中のサークルで暮らし、食事や遊びの時間はサークルから出て、家じゅうを飛び回り、もう階段を駆け上がるようになった。
 甘やかして育てたうららは家の中すべてが自分のもの、自分のベットの両脇をチチハハに貸していると思っている。しかし、今日ベットにもくるみが飛び乗れるようになった。くるみが苦手なうららは?

故藤沢秀行  2009・7・9(木)
 今日のNHK“クローズアップ現代”で、最後の無頼派と呼ばれた囲碁棋士・藤沢秀行(棋聖戦6連覇)を放送していた。囲碁はわからないが、秀でた人の話は面白い。酒・賭博・女など奔放な私生活は有名だった。主人は週に5日帰ってこないのですが」と相談された藤沢の奥さんは「うちは3年、帰りませんでした」と答えたと言う。
 放送のタイトルは「無頼棋士の遺した言葉」、型破りな私生活とは違い、囲碁に対する姿勢と努力は凄まじいものがある。病床での最後の書は「強烈な努力」だった。その他「目先の勝利にとらわれるな」「手堅い性格だから視野が狭い」などが紹介された。
 いい言葉は心に残り、道筋を示す。折に触れて、今後気に入った言葉を取り上げたい。

河岸(かし)  2009・7・8(水)
 河岸の意味は川の岸で船着場を言うが、 川岸に立つ市場(魚市場)の意味もあり、また 飲食・遊びなどをする場所をさしたりする。昔は「河岸を変えよう」と言いながら、深夜までよく飲み歩いたものだ。この言葉の語源は「かし」と呼んでいた船をつなげる棒や杭のことで、江戸時代以降に「河岸」の字を当てた。
 ところで移転先に大量の発がん物質が検出された東京築地市場(魚河岸)の問題は都議選の争点でもある。中身の薄い軽薄なタレント政治家の尻など追わずに、こうした一つ一つの大事な問題をマスメディアは地道に取り上げ争点にすべきである。12日都議選を注視する。

くるみ  2009・7・7(火)
 くるみは今日初めてグルーミングした。まだ赤ちゃんなので大きくはカットしなかった。うららとは違って動き回るので、作業は大変だったらしい。作業終了の連絡を電話で受けたが、居眠りしていて1時間も遅れて迎えに行った。くるみ!待たせてごめんね。
 昨日まで、くるみが近づくとうららは逃げ回っていたが、ついに怒りが爆発、反対に威嚇した。すぐにくるみが恭順の意を表し床に伏せるようになった。でもこの活発娘はしばらくすると忘れてまたうららを追い回す。

ハマナス  2009・7・6(月)
もっと怒れと思うのだけれど
夕陽の中にハマナスの咲く
この岡に立っていると
そんな思いもうすらいでしまう

私は夕焼けの
美しい国に生まれてしまった
 今月の富弘さんのカレンダーはハマナス。自然の美しさは人間の心を和ませるが、素晴らしい詩も人の心をとらえる。
 「もっと怒れ・・・」と言われると混迷する政治の現状を思う。「そんな思いもうすらいでしまう」ような社会をだれもが望んでいる。誰が実現してくれるのだろう。それともそれは個人の心の問題なのだろうか?

二人は仲良し  2009・7・5(日)
 二人はいつも仲良しだよ。おもちゃ屋さんで遊んだり、本屋さんで一緒に絵本読んだりね。
 「琴は、将周が歩けるように手を繋いで手伝ってるよ
 「姉ねが手伝ってくれるから、もうすぐ僕も歩けるようになるよ
 四日市行く頃には、歩き回ってるかな?

 孫からの便りが届いた。四日市にやってくる8月初めが待ち遠しい。「あといくつ寝ると〜〜」と数えるにはまだ早いけど。孫が来るまでにいたずら好きのくるみのしつけを急ごう。

一輪のクレマチス  2009・7・4(土)
 先日、組の人が心筋梗塞で亡くなった。すぐに連れ合いが小さな花瓶にクレマチスを入れて枕元に供えてきた。家族葬なので組の手伝いは無かったが、今日、花瓶と果物を持って奥さんがお礼に見えた。たった一輪だけだったのに、有難かったと言ってもらうとうれしい。
 亡くなられた方は高齢で心臓病と痴呆があり、普段でも深夜に大声をあげてお経を読んだりしていた。そのため、深夜に苦しんでいる声をそのことと勘違いして手当てが遅れてしまったという。お気の毒なことだが、その方の大声が懐かしく、聞けなくなって寂しくなった。

環境変化?  2009・7・3(金)
 隣家との間に街灯がある。隣の人が明るくて夜眠れないと困っていたので、向きを変えて我が家の方だけに灯りが来るようにしてもらった。家の前が明るくなったので、門灯と玄関の明かりをその後消している。
 夜通し点けていた門と玄関の灯りの下の草花にどう影響したかはわからないが、灯りに群がる虫を食べていたヤモリの姿を見なくなった。毎晩、迎えてくれるヤモリに「ただいま!」の挨拶が無くなったのは寂しい。代わりにうららとくるみが出迎えてくれるが、これはこれで深夜に遊んでやるのは大変で、就寝が今までより遅くなった。

チェーンソー(動力のこぎり)  2009・7・2(木)
 先日手に入れた銀杏の木を三重刻友会の会員がチェーンソーで仏像用に切断した。SUがチェーンソーを使ったのは初めてで、少し切ってみたが、ほとんどは手慣れた先輩達が作業した。縦横1mほどある木を切るのは、ガソリンエンジンで動かすチェーンソーでも骨が折れる。
 今までは加工した上質の木を先生からもらっていたが、木を選び丸太から仏像素材を作っていくことの大変さを味わった。初めての作業は楽しいが先生の苦労もよくわかった。

二人の仲  2009・7・1(水)
 もともと人見知りする娘だったので、妹(新しい家族)への対応が心配だった。案の定、全く受け入れず無視し逃げ回っていた。妹は物おじなど全くせず、活発に動き回っている。姉がひがんで落ち込むことを心配したチチハハは、従来以上に可愛がり特別扱いした。妹はケージに隔離、一定の時間だけ出すことにし、二人が慣れることを待った。
 一月半経った今、仲良しにはなっていないが、一緒に散歩に出ることができるようになった。妹が大人になる頃(一年後)には、じゃれ合う姉妹になると思っている。この二人は犬だけど我が家では可愛い人間姉妹である。

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