5月の終わりに 2009・5・31(日)
 先月末からの3度の東京方面行きは体力的に随分こたえたが、従来の視点を変えてあちこち訪問できて有益だった。機会がある時は貪欲に新しい世界を見聞きして行きたい。
 孫の琴音も将周もすくすくと育っている。初節句を迎えた将周がしっかりして来たのは頼もしい。ジジババの元気の源である。
 うららの姉妹になるような犬をずっと探していたが、中旬にくるみ(トイプードル)が我が家にやってきた。犬嫌いのうららと仲良しにする試みを続けている。来月には何とかなると思うが。
 新型インフルエンザにはずいぶん気を使った。気温が高い間はよさそうだが、秋以降が心配だ。病気に負けない体力増強を!と思うが、腰痛はなかなか良くならない。

さい銭泥棒 2009・5・30(土)
 友人の宮司が「深夜にさい銭泥棒が現れる。回収後なのでそれほど多くは入って無いが、そのたびごとに鍵を壊されるのが困る」と嘆いていた。「それなら、仕事後に見てあげよう」と約束し、2日後泥棒にばったりと会う。直ちに携帯をかける真似をすると、脱兎の如く逃げ出した。キャップ帽をかぶった普通の身なりの若い子だった。まさかすぐに見つけると思わなかったので、こちらもドキドキした。
 宮司はもう少し違う感じの犯人像を思っていたらしい。交番に届けても、常時の見回りは当てに出来ないので、その後防犯カメラを取り付けたと報告があった。カメラに映るのは嫌なので、今は本殿前を避けて帰っている。

飲食店 2009・5・29(金)
 駅前商店街の顔・一番街通りに、飲食店がここ数年で沢山進出した。近鉄四日市駅前には串カツ屋ができ、その近くの老舗の洋服店はビルごと居酒屋になるらしい。車社会の中で郊外の大型店に押されて、物販店が衰退したからと言えるが、そればかりではなさそうだ。
 飲酒運転罰則強化によって、郊外型の飲食店が駅中心に店舗を展開しているからだという。同時に、交通の便では立地の良い駅前の土地や店舗は賃借料が割高なので、大型店に太刀打ちできない従来型の物販店では、この不況下賃借が難しいらしい。空きテンポが並ぶシャッター通りでは悲しいが、飲食店だけも寂しい。物販と飲食が適度に混じり合って繁盛していた昔の駅前商店街を懐かしく思う。

板橋 2009・5・28(木)
 昔、上板橋郵便局近くにいた。池袋からのバスで郵便局前で降りて帰るか、東上線大山駅から時間をかけて歩いた。資産家夫婦殺害事件で、夫人が大山駅近くのパチンコ屋に出入りしていたと聞いて、その当時を思い出す。下宿から池袋までは遠くて歩いたことはない。資産家の家から池袋までも結構距離があると思うが、地所を歩いて池袋に行けたというから驚く。
 温厚で人望のある友人が「性善説で生きてきたが、こんなに沢山の極悪事件が起きると考えてしまう」と言っていたが、最近の事件は目を覆うばかりだ。
 ところで板橋の下宿は学校から遠く、12時門限が守れなくて追い出されるようにして1年で出た。もちろん、24時間出入りOKの所に移った。

麦秋 2009・5・27(水)
 刈り入れを目前にした黄金色の美しい麦畑が、新聞やテレビで取り上げられている。麦秋(ばくしゅう)とは、麦の収穫期を迎えた梅雨前の初夏を言い、季語でもある。今では農機具が発達したので、刈り入れはコンバインなどで短時間に行われるが、昔は米も麦も植え付けから刈り入れまですべてが手作業だった。以下に八一の早稲の歌。
  汽車中(第2首)
     わさだ かる をとめ が とも の かかふり の
                  しろき を み つつ みち なら に いる
     解説
       (早稲田刈る乙女がとものかかふりの白きを見つつ道奈良に入る

うららとくるみ 2009・5・26(火)
 くるみはうららがやってきたよりずっと活発である。飛び跳ねて遊びまわる。うららは犬嫌いなのでくるみは苦手、仲良しにしようといろいろ工夫しているが、見通しは暗い。くるみが近寄るとハハの肩に這い上がって逃げる。ならばとチチが力づくで抱いて、くるみを背中に乗せるがとても情けない顔になり、その後は逃げるか威嚇で吠える。

山の上ホテル 2009・5・25(月)
 同窓会後、友人Mが予約したお茶ノ水の山の上ホテル(HILLTOP HOTEL)に泊まる。明治大学の建物に囲まれた丘の上の有名なホテルである。昭和初期に建てられ、戦後はホテルとして名だたる作家たちの定宿になった。出版社の密集していた神田に近いところから、作家の滞在や缶詰に使われることが多かった。
 鬼平犯科帳(池波正太郎)を電車で読み、ホテルの深夜に読み終えた。朝食後、ロビーでくつろいでいると池波正太郎絵画展のポスターがある。フロントで聞くと、池波正太郎は絵も得意で、滞在中良く描いたという。彼の本と絵、その偶然に驚くとともに、この宿を予約してくれた友人の心遣いに感謝して、東京一泊二日の独り言を終わる。

文七元結(ぶんしちもっとい) 2009・5・24(日)
 浅草寺を抜けて隅田川の吾妻橋に出る。落語・文七元結で左官の長兵衛が身投げしようとする文七を助ける橋である。長兵衛が、娘を吉原に預けた50両を文七に投げ渡して説得する場面から始まる落語の人情噺で、歌舞伎にもなっている。吾妻橋の川上にある向島は、永井荷風の濹東綺譚の舞台、そんなことも思い出した。
 吾妻橋の川下にある駒形橋から河川敷に降りて厨橋まで川面を見て歩いた。水量は豊富で沢山の船が行きかう。きれいとは言えないが、泥臭い匂いは全くなかった。
 厨橋を渡り、蔵前橋を横に見て、両国国技館まで歩き、そのあたりでまた橋を渡って同窓会会場に出ようと思ったが橋がない。橋と思ったのはJRの陸橋だった。あわてて、両国駅で電車に飛び乗って一駅、浅草橋で降りてぎりぎりの時間で会場に飛び込んだ。まっすぐ歩けば浅草寺から30分程の距離を1時間30分かけてしまった。

展失気(てんしき)  2009・5・23(土)
 浅草演芸ホールは真打披露興行の楽日だった。2時過ぎに入ると小遊三、米丸と落語芸術協会の幹部の噺の後に、春風亭鯉枝と瀧川鯉太の襲名披露口上が続く。舞台が盛り上がったところで、鯉太の「転失気」(お寺の住職たちが転失気が“おなら”のことと知らないのに知ったふりをする滑稽話)が始まる。 ほぼ満席の観客は大いに盛り上がるが、残念ながら早口で間が悪い。その後の芸術協会会長の歌丸の噺といい、小遊三、米丸の大看板の話は間が良くてさすがだった。ホール落語は時々行くが、寄席は久しぶりで楽しかった。
 昼の部終了後、隅田川沿いを下りながら、柳橋での同窓会会場まで歩く。19410歩を友人Mと歩いた前日である。この日は12000歩だった。

夕やけだんだん  2009・5・22(金)
 商店街運営に尽力する友人Mの希望の行先は「谷中(やなか)ぎんざ」だった。午前中、日暮里駅を降りて「夕やけだんだん」(写真)に出る。この階段の上から「谷中ぎんざ」を見下ろす風景は谷中の名所である。「谷中ぎんざ」は昔の東京の面影を残す下町のノスタルジックな人気のある商店街だが、訪れたのが午前中だったので賑わいがなかったのが残念だった。
 谷中は徳川時代に多くの寺が建てられ、また、谷中霊園は有名である。徳川慶喜の墓を見学し、その他有名人の墓も見て歩いた。高橋お伝の墓などもあり、結構楽しめた。19410歩の初めである。

画家・関根正二  2009・5・21(木)
 午後、友人Mと靖国神社から山種美術館へ行くが、残念ながら休館中だった。さらに歩いて、北の丸公園にある日本武道館前から東京国立近代美術館に行く。なんとそこに大正時代に肺結核で夭折(20歳)した天才画家、関根正二の「三星」があるではないか。朝から都内を歩き回った疲れが一度に吹き飛んだ。「信仰の悲しみ」(大原美術館)に魅せられてから、彼のファンである。さすが国立の美術館、それ以外にも素晴らしい作品がたくさん常設されている。常設は年5回ほど、特別展に合わせて入れ替えられる。7月3日からはゴーギャン展だ。
 ところで万歩計は今、19410歩を示している。 (関根作品はネットの画像検索で!)

第3火曜日  2009・5・19(火)              (20日は独り言を休みます)
         今日は定休日独り言も御休み。

    事もなく 生き来しものを 老いなみに かかる恋にも 我はあへるかも  
                                       大伴百代    (万葉集 巻4・559)


新型インフルエンザ 2009・5・18(月)
 あっという間に国内での感染者が増えた。効果的なワクチンがないだけに恐ろしい。対応の仕方がいろいろ言われているが、確たるものは自宅に籠っているというもの以外にない。
 関西圏で拡大しているが、この調子では首都圏にも感染者がいるかもしれない。東京の同窓会の前に、浅草界隈で寄席や国技館、あるいは大江戸博物館に行こうと思ったが、人の多い所なので計画の変更を考えている。
 ともあれ、マスクと手洗いを実行し、行政の適切な対応と医療の力を信じたい。

日吉館 2009・5・17(日)
 会津八一が定宿とし、また多くの文化人が愛した奈良の日吉館が取り壊されることになったと友人のブログに紹介されている。今後は店舗兼用住宅になると書かれている。この地の歴史的な意義を考えて、文化的な施設に変わるといいが、奈良博物館前の一等地で文化庁が現状変更を許可したとなるとそうもいくまい。(日吉館写真
    春日野のやどりにて(会津八一)
       かすがの の よ を さむみ かも さをしか の
                    まち の ちまた を なき わたり ゆく
     
             (春日野の夜を寒みかも牡鹿の街の巷を鳴き渡りゆく)

くるみです!よろしく 2009・5・16(土)
 生後47日(3月31日生)、トイプードルの女の子です。うららちゃんの妹として今日やってきました。皆さんよろしくお願いします。

蝦夷(えぞ、えみし、えびす) 2009・5・15(金)
 新潮・現代国語辞典によると、蝦夷(えぞ)はアイヌの旧称、また北海道の古称だが、角川・古語辞典によると、古語としては昔の大和朝廷に服従しなかった北関東以北に住んでいた人々を言い、室町時代以降は北海道、千島、樺太の名称である。
 会津八一は自らを「越の蝦夷」と詠んでいる。
   奈良にて(会津八一)
     いにしへ の なら の みやびと いま あらば
                   こし の えみし と あ を ことなさむ
      解説
          (古の奈良の宮人今あらば越の蝦夷と吾をことなさむ)

草仏展の偶然 2009・5・14(木)
 名古屋市博物館の江場佛像彫刻所の草仏展に出かけた。旧安達門下の友人2人が出品する大日如来、如意輪観音、地蔵菩薩は仏師について3年が示す素晴らしい作品だった。
 会場前で、帰ろうとする安達教室の先輩と出会った。その偶然にびっくりし、以下を思った。今日の大掃除を明日に変更、出がけに友人と長話、車でなく電車を利用、PITAPAカードで改札をすり抜け発車する電車に飛び乗ったこと、昼食を取る場所が一杯でそのまま博物館に入ったこと、開催中の本願寺展を後回しにして草仏展会場に行ったこと・・・・世の中には多々あることだろうが、2週間に1度教室の帰路を共にする先輩とはよほど縁があると思った。

車のブレーキ 2009・5・13(水)
 乗っている初代プリウスの前輪部分にトラブルが発生した。いつもの修理屋さんに見てもらうとブレーキもおかしい、10年ぐらいたった車に起きる現象に似ているという。高くなりそうな修理代から、廃車を考えたが、トヨタの正規ディーラーにブレーキのことを聞きに行った。
 「初代プリウスの特徴で、蓄電池の充電の関係でブレーキが常時少し効いていて、ブレーキを踏むとよく効くのです」と言う。友達が運転したとき、ブレーキが効き過ぎると言った意味がわかった。前輪部分の修理代は安いので、直してもらって次の車検までは乗れそうだ。 

安達微笑仏館ホームページ 2009・5・12(火)
 四日市地域まちかど博物館に認定された安達微笑仏館の新しいホームページが安達彫刻ページに追加された。毎月第1第3木曜日(午後)に来ていただければ、刻友会会員(安達教室の生徒)がご案内することになっている。近鉄朝日駅すぐの微笑仏館は、地図を見ていただければすぐわかる。地図はヤフー地図にリンクしてある。
 今日は先生宅で帯鋸(バンドソー)を使って角材を切り、香薬師像(60cm)の大まかな形を作ってきた。木のどの部分を使うか、電動のバンドソーを使いながらどう切りだしていくかは、先生のノウハウである。横でずっと指導していただきながら、なんとか作成してきた。

万古祭 2009・5・11(月)
 珍しく土日2日間とも晴天だった。ただ暑かった。うららは自宅を出てすぐにゼイゼイ、歩かずにアイスノン入りのバッグに入ったまま祭を見学した。主催者が10万人の人出を予想しているだけあって、沢山の人で混雑していた。背中に汗をかきながら歩いたが、万古会館内の冷房には助けられた。
 連れ合いが、孫の将周のための茶碗を買うために随分迷っている。「どちらがいい?」と聞かれたので 「両方でいいよ。一つは千葉用、もう一つは我が家に来た時用」と答えた。ジジババとはかくの如し。

逢いたい(コアジサイ) 2009・5・10(日)
遠くて見えないのですか
近すぎて見えないのですか
小さくて見えないのですか
大きすぎて見えないのですか
どうしたら どこへ行ったら
あなたに 逢えますか 
 逢いたいと題がついた富弘さんのカレンダー、いつもながらその詩と絵に見入ってしまう。
 珍しく今回の詩は、哲学的な雰囲気を漂わせている。
 コアジサイ、来月に入ると咲き始めそう。我が家のアジサイはまだまだのようだ。

室生寺の歌 2009・5・9(土)
 昨日の室生寺は降り続いた雨で、シャクヤクは終わっていた。静謐とした寺の塔と仏たちをと思ったが、シャクヤク目当ての観光客の銀座だった。
 室生寺にて(会津八一)
  ささやかに にぬり の たふ の たち すます
          このま に あそぶ やまざと の こら
      解説
   (ささやかに丹塗りの塔の立ちすます木の間に遊ぶ山里の子ら)
  みほとけ の ひぢ まろら なる やははだ の
          あせ むす まで に しげる やまかな
      解説 
      (み仏の肘まろらなる柔肌の汗むすまでにしげる山かな)

素空庵2 2009・5・8(金)
 横書きの「庵空素」に続いて、縦書きの素空庵の刻字を彫った。聖観音菩薩を彫った時の背面の残りの檜の利用である。高さは約50cm、字は中学の恩師で書家でもあるY先生に書いていただいた。
 玄関に掛けるつもりだったが、「こんな小さな家に“・・・庵”だなんて!訪問してきた人が面くらう」と言う山の神の一言で却下された。ひとまず、書棚の前で写真だけ撮影した。

ナイス!ちびまる子ちゃん 2009・5・7(木)
 「ねぇ欲しいオモチャがあるんだけど  買って!」(ちびまる子)
 「そんなムダ使いするお金なんて うちにはありません」(おかあさん)
 「私の定額給付金ちょうだい。あれってムダ使いするためにもらったんでしょ。」(ち)
 「地元のオモチャ屋で買うから!」(ち) 「(心の中で)どうしよう」(お)  [中日新聞より]
 政府の人気取りとしか思えない定額給付金、不況なら何でもありと湯水のように税金を使う現在の付けは、数年後の増税に繋がるのだろう。
 とはいえ、給付金を断るまでもできなくて、税金を返してもらったと自らを納得させる悲しさ。

監督 2009・5・6(水)
 プロ野球は今日も楽天が勝ち、2位日ハムに2ゲームの差を付けている。開幕前の毎日新聞のプロ野球担当記者5人の予想で、3人が最下位を示している球団である。戦力が充実しているとは決して言えない楽天の快進撃(18勝10敗)は、監督野村の功績と言える。今後、成績が落ちるとしても開幕から負け続け、10勝17敗のみじめな横浜とは大違いだ。大矢監督の奮起を願うのか?それとも野村のような監督が欲しいと叫ぶのか?。
 横浜の本拠地横浜市は360万人、東京を除いて全国1位の人口だ。地元のフォローがもっとあっても良いと思う。

柏餅と粽(ちまき) 2009・5・5(火)
 例年通り、今日は柏餅と粽を店で配った。ところで、千葉の初節句で息子の嫁は粽を知らなかった。SUは出された「味噌餡」(柏餅)が初めてだった。甘いものは食べないが、少し食べてみた。地域によって、いろいろ違うのだと実感した。
 粽は童謡「背くらべ」で全国区だと思ったけど、歌が古いのかな?
    柱のきずは、をととしの、 五月五日の、背くらべ。
    粽たべたべ、兄さんが、 計ってくれた、背のたけ。
    きのふ くらべりゃ 何のこと、 やっと、羽織の紐のたけ。

八幡神社  2009・5・4(月)
 近くの京町(四日市)に八幡神社があるのは知らなかった。実家が京町にあった連れ合いも、その兄さんもよく境内で遊んだという。と言うことでうららと探索、小さな神社だった。「京町の八幡神社は、正保3年(1646)年に三重郡浜一色村字北浦のこの地に創建されました。以来、浜一色村の鎮守として崇敬されてきました」と案内があった。
 八幡神社の総本社は大分県宇佐市の宇佐神宮(宇佐八幡宮)で、その数は1~2万社と言われている。最も多い神社は稲荷神社で2~3万社あるらしい。

マスク  2009・5・3(日)
 四日市駅から千葉市川駅まで3時間余、マスクをかけて行った。マスク着用の経験も習慣もほとんどないので違和感があったが、しばらくして慣れた。地方から都会へと言うことと孫たちに何かあってはと心配しての着用だった。ただ、マスクの人が意外に少ないことには驚いた。大勢の人が一定時間入る電車内は、新型ウイルス対策以外にもマスクは有効そうだ。
 マスクは空気中のウィルス等を取り込まないためのものと思っていたが、自分の分泌物などを周囲に撒き散らさないようにするためでもあることを今回知った。ウィルスの脅威が増していくと着用は欠かせないものになるだろう。

初節句  2009・5・2(土)
 孫・将周の初節句、千葉を連れ合いと日帰りで訪問。往復の電車はマスクを着用した。
新型インフルエンザ  2009・5・1(金)
 まだまだ謎の部分があるが、わかっているのは新型と言うこととワクチンがないということ。感染が世界中に広がり、島国・日本の水際作戦もこれだけ交通が発達していると危ういようだ。報道された成田と横浜、名古屋の人は陰性だったからひとまずホッとしている。
 感染者が出たことを知らずにニュージーランドに行き、明日帰ってくる友人が心配だ。空港の検疫は相当厳しいだろうと思う。
 豚が介在するからとエジプト(イスラム教では豚は不浄の動物とする)では、数少ない豚の処分を検討していると聞く。あの奈良で会ったペットの豚は今後どうなるのだろう?


inserted by FC2 system