1月の終わりに 2009・1・31(土)
 年頭に「心奪われ、ときめくようなものに」触れたいと書いたが、そう簡単にはない。それどころか未曾有の大不況が、現実にも心にも大きくのしかかるこの頃である。金融を中心にした経済社会の仕組みはさっぱりわからないが、その胡散臭さだけは感じる。果てしない資本の自己増殖が、人間の際限のない欲望を手段に欺瞞の構造を捻出し、擬似的発展を作りそれを謳歌したが、サブプライムローンの破たんで一瞬にして世界を不幸のどん底に落とした。
 「からだを使って働くこと、人間が目的意識的に外部の自然に働きかけることによって、自然を人間に役だつように変化させる」という労働の本来的な意味に立ち返って、世界の仕組みを考え直す時期だと思う。

法隆寺と八一2 2009・1・30(金)
 『前の日に私は不真面目にも酒を飲んで(法隆寺を)見て歩いた。その時、(宿屋の)七十何歳かのお婆さんが、私は貴方の様に酒を呑んで見て歩く人は初めてだと(たしなめて)いう。そして今夜は私と一緒に月見をしてくれというんです。十三夜であった。涼み台を夢殿の近くへ出して・・・。この時、カタンカタンという音がするんですよ。あの音は何だというと、「あれは筬(おさ)の音です。」という。この辺の娘は機(はた)を織りますという。』 会津
 『「南京新唱」にのっている機の歌ですか。』 亀井
 『いかるがのさとのをとめは」というのはその時出来たのです。』 会津
    法隆寺村にやどりて
      いかるが の さと の をとめ は よもすがら 
               きぬはた おれり あき ちかみ かも
    八一
           (いかるがの里の乙女は夜もすがら衣機織れり秋近みかも)

 筬(おさ)の音は機織りで緯糸を筬で引き寄せて、経糸、緯糸をしっかりと組み合わせる時に出る。

一位(いちい)の木 2009・1・29(木)
 友人Kに小さな円空仏作成を依頼された。安達先生に相談をしたら、一位の木で作ってはと提供してくださった。その上で 『昔、貴族の持つ「笏(しゃく)」をこの木で作り、朝廷から官位の「一位」を賜ったことから 「一位」の名になったのだよ』と教えられた。
 飛騨の一位一刀彫で有名なこの木を早速調べてみた。「外周部は白太、心材と樹心は赤身。木理は通直、肌目も緻密で美しい光沢を有している。やや重硬で強度が高いが加工性はよい。特に表面の仕上がりは良好」とある。この白太を利用した写真のような木彫りもある。K君用の仏像の納期は未定だが。

法隆寺と八一 2009・1・28(水)
 『・・・(明治41年、初めて)法隆寺に行ったのは要するに、聖徳太子とそれに関連した史実を見たいという漠然とした気持ちで行ったのです。・・・法隆寺へ私が参ったら、今日はもう遅いから、明日来てくれという。それで宿をとったのです。・・・(翌日)聖徳太子というものを濃厚に頭に描きながら見て歩いた。綱封蔵の中なんかにも行きました。その前であの「みとらしのあづさのまゆみ」という歌が出来たのです。山代大兄王の戦のことなど思い浮べていました。日が暮れてから、私は夢殿へ参りました。』 (会津、亀井対談より)
 敬愛する聖徳太子のこの歌を作ったのは八一28歳の時だった。
     みとらし の あづさ の まゆみ つる はけて 
              ひきて かへらぬ いにしへ あはれ
      八一
         ( みとらしの梓の真弓弦はけて引きて帰らぬいにしへあはれ)

飛鳥園と八一 2009・1・27(火)
 有名な飛鳥園の店主、故小川晴暘(せいよう)の仏像写真は、会津八一に勧められて大正時代に始まった。昭和28年の八一と亀井勝一郎の対談から以下に抜粋する。
 「・・・奈良の美術というものを新しい写真で写すということは、非常に大切なことで、世界的なことだと思う。君一つやれと言って、私(八一)が勧めたのです。それが当時の小川君(晴暘)ですよ。・・・ところが寺々では喜ばれない。・・・仏像というものは学者の参考品ではなくて、宗教の礼拝の対象ですから・・・許可できないということであった
 2人は仏像を芸術の対象として粘り強く撮影し始める。試みに撮った東大寺三月堂の2枚ばかりの写真が堂内で売られ、当時の寺の欠損を埋めたために、写真撮影が大きく前進したという。奈良に出かけたらぜひ飛鳥園を訪れてほしい。八一の歌碑もある。

色塗り 2009・1・26(月)
 うららと散歩する公園のベンチや遊具が、荒っぽく白色で塗られていた。きちんと塗られていない場所もある。ボランティアが作業して、途中で塗料が無くなったのかなとも思った。
 ところが今日見たら、市の車が止まりペンキ塗りの道具が大量に置いてあった。先日は下塗り、今日は仕上げだったのだ。
 色塗りと言えば、木喰彫り大黒天の彩色、慎重さを欠いて最初真黒になった。あわてて茶色で上塗りしたが、全く良くない。仕方がないので水で洗い落としていたら、それなりの色具合になって結果としては良くなった。ともあれ、慎重な仮塗りや下塗りはとても大切だと思った。

朝青龍 2009・1・25(日)
 千秋楽結びの一番「朝青龍×白鵬」の前に知人から誘いの電話があったが、取組後に行くと返事した。結びと決定戦は見ごたえがあった。けいこ総見でふがいない姿をさらした朝青龍が、優勝後涙ながらに「私は帰ってきました」という言葉は、がけっぷちからはい上った男の真実がにじんでいた。品行その他に難があるとはいえ、実力の世界の迫力を感じた。
 それに比べて、3人の日本人大関には失望する。昔は弱い大関をクンロク(96)大関と言ったが、2大関は8勝7敗、あとの1人は2勝10敗3休である。そろそろ引退を考えたらと思う。

メディアとガザ報道(広河隆一) 2009・1・24(土)
 フォトジャーナリスト広河隆一が、メディアのガザ報道を批判している。「ハマス(パレスチナ)のロケット攻撃が原因(イスラエル人が一方的にハマスの暴力にさらされてきた)でイスラエルのガザ攻撃が行われたという報道は間違っている。占領という暴力の中で、大勢のパレスチナ人が殺害されてきた事実関係を調べていない
 イスラエルは超大国アメリカを後ろ盾に、マスメディアにまで影響を与える。日本で流れる報道は、ほとんどアメリカや西側諸国の立場に立って報道される。パレスチナ側からの報道は圧倒的に少ない。その他、イラクやアフガニスタンの立場からの情報もイスラムの立場からの報道もほとんどない。日頃、メディアから情報を得るが、どのような立場でその報道がなされているか考えないと誤る。無残に殺されていく地球上の各地の人々を深く思う。

木喰彫り大黒天 2009・1・23(金)
 手がけていた大黒天が完成した。江戸時代後期の仏師・木喰(もくじき)上人の大黒天である。店内に飾り、こう書いた。
 「 商売繁盛、開運、勝負運。
  触れたり願ったりすることにより麻雀のご利益あり

 素材は楠木を使い着色、高さ40cm。福袋、打出の小槌、米俵、瓢箪、宝珠、ねずみを彫りこんである。

イチゴ狩り 2009・1・22(木)
 今月はパパとママの結婚記念月だったんだよ!
 日曜日にみんなでイチゴ狩りに行き、飛び立つ飛行機が見える公園でお弁当を食べ、千葉県の印西牧の原のショッピングモールで遊んで、とっても楽しかったよ。琴音も将周もイチゴたーくさん食べて大満足。今度一緒に行こうね。
 2月28日は琴音と将周のお誕生日パーティ、スージ・カコバー待ってるよ。

3年目の特訓?? 2009・1・21(水)
 2年間はリード(ヒモ)を使って楽に滑らせ、スキーの楽しさを満喫させてきたNOBU(友人の息子)に言った。「今日はリードなし、スキーをハの字に開いて止まることが出来るようにするんだよ。出来ないと次は連れて行かないぞ〜!!
 スキーをハの字に大きく開いて止まることはすぐにできた。さらに同行の友人が滑る後を、プルークボーゲンでS字に曲がりながらすいすい滑っていく。早々にこの日の目的が達成でき、とても感動的だった。手伝ってくれた友人たちに心から感謝している。
 大喜びのNOBUは次回はいつだろう?と心待ちにしてしているだろう。

第3火曜日  2009・1・20(火)
         今日は定休日独り言も御休み。
         
    田児の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける   
山部赤人 

一つの国へ  2009・1・19(月)
 「(私を選んだのは)老いも若きも、富める者も貧しき者も、民主党員も共和党員も、黒人も白人もラテン系もアジア系も先住民も、すべての人々が出した答えだ」「変革のときは、やって来た」「そう、我々にはできる
 アメリカが選んだオバマさんが大統領に明日就任する。長く抑圧のもとにあった黒人、その黒人を大統領に選んだアメリカの硬直しない柔軟性に脱帽する。ここに日本には見られないアメリカの底力を感じる。ただ、問題は就任後の彼の政策とその遂行にある。願わくば世界中の人々を失望に陥れないようにして欲しい。

題慈恩塔(じおんとうにだいす)  2009・1・18(日)
 知人の筆による見事な書幅「題慈恩塔」“晩唐の詩人・荊叔(けいしゅく)”を頂いたので、床の間に掛けてある。
   漢國山河在   秦陵草樹深   暮雲千里色   無處不傷心
   (漢國山河在り 秦陵草樹深し 暮雲千里の色 處として心を傷ましめざるは無し)

 漢の国の長安には昔のままの山河が残っている。秦の始皇帝の陵には、青々と草や木が茂っている。慈恩寺の塔より見わたす千里の間、ただものわびしい夕暮れの雲の色のみで、どこを見ても心を傷ましめないところはない。
 趣は杜甫の「春望」(國破山河在・・・)と同じである。 

もうひとり、ママをください 2009・1・17(土)
 双子の姉といつもママの取り合い。「もうひとり、ママをください」とサンタさんに頼みました。
               大木 啓世(けいせい)・3歳  「あのね」朝日新聞より
 孫の琴音(3歳)は弟が生まれてから複雑、ママの愛情が少なくなったように思うらしい。すねたり、弟にちょっぴり意地悪をするようだ。知人の孫も同じようで、もっと意地悪すると聞いている。幼い時は兄弟姉妹で親の愛を取り合う。少し大きくなれば変わるのだけどね。もうひとりママが欲しいとサンタさんに願うぐらいが、ほのぼのとしていい。

『いのちの作法ー沢内[生命行政]を継ぐ者たち』 2009・1・16(金)
 映画「いのちの作法」に関する友人のメールを、12・29〜1・15までマイブログに5回に分けて掲載した。映画は人間尊重の村政にリーダーシップを発揮した深沢晟雄さんとその遺志を継ぐ「生命行政」に取り組む人たちのドキュメンタリーである。
 人間尊重の村政を展開した深沢さんの理念は、価値の根本は人間であるという哲学と憲法第25条(生存権と国の社会的使命を規定)だという。
 命よりもお金を大事にし、不況にうろたえ、場当たり的な政策しか出せない「理念なき政治」が繰り返される今、ぜひブログを一読していただきたい。

どんど焼き 2009・1・15(木)
 恒例のどんど焼き(左義長)が今日諏訪神社であった。こどもの頃、この日ばかりは夜の外出が許され、餅や芋を棒と針金でつるして焼いた。焼いた餅を食べるとその年は病にかからないと言われるが、それよりもどんどの周りで遊ぶことが楽しかった。
 15日のどんど焼きは野沢温泉道祖神火祭りが有名だ。斑尾高原では、11日にどんど焼きと花火、たいまつリレーが予定されていて期待したが、吹雪で中止になり残念だった。

左義長 
 1月14日の夜または1月15日の朝に、その年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食べるとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。 道祖神の祭りとされる地域が多い。

照明と喫煙 2009・1・14(水)
 スキーツアーではO君と二人で一室に泊まることが多い。SUは不眠がちで、なかなか眠りにつけない。ということで本を読んだりするので、深夜でも照明をつけておくことをいつも許してもらっている。そのかわり、O君が喫煙したりテレビをいつでも自由に見ることは、暗黙の了解になっている。今回の斑尾ツアー、泊まったツインの部屋があまりにも狭かったので、さすがに煙草の煙が部屋中に籠った。今回に限り、喫煙中はドアを少し開けてもらうことにした。
 ところで、今回は推理小説とハードボイルド小説を持参、面白くて深夜まで読んでしまった。やっぱり難しい学術書にでもしておけばよかった。

 
 斑尾高原スキー場 
2009・1・13(火)
  往復743km、2泊してフルタイムで滑る。腰痛もどこかに行ってしまった。














琴音&将周より 2009・1・9(金)
 年末年始を四日市で過ごした孫から写真とメールが届いた。
 「スージ、カコバー、四日市では色々ありがとう。千葉までの車の移動は長かったけど、二人とも元気だよ!又いっぱい遊んでね。スージの見せてくれたスキーのビデオはすごかったね。琴音はスケートがいいと思ってたけど、スキーもいいな
      (出張のため10〜12日、独り言を休みます
年賀状2 2009・1・8(木)
 新しくできた知人から元旦に年賀状が届いた。さっそく、お礼の年賀状を出した。三ヶ日が終わって、賀状の名簿を見直していたら、こちらからすでに出していた。出した人の名簿と届いた人の日にちを入れてチェックをしているのに、2回も出してしまった。
 こちらの不注意だが、ほとんどが形式化し印刷になっているので賀状に重みも無くなっているのかもしれない。惰性で続けているものもあるので、大切な相手のみにして少なくしたほうが誠意があるものになるだろう。
 賀状を中止するのは、一年前の賀状に適度な御断りの文を入れる方法があると誰かが言っていた。

年賀状 2009・1・7(水)
 賀状の孫の写真を見て、昔の会社の上司で仲間だった人から電話がかかってきた。彼には孫が4人いると言う。会社は特殊な工作機械関連だったが、彼と二人で独立しかけた時にSUの父の具合が悪くなったので、実家に帰り家業を継いだ。彼は一人で起業し大きくして、預けた資金も瞬く間に返してくれた。今では30代になった息子さんが切りまわしているが、この不況の波をまともに受けているようだ。不況になると設備投資にかかわる部門は真っ先にカットされる。「じたばたしても仕方がない」らしいが、電話をかけてきたのは暇になったということもあるのだろう。近々の再会を約束した。楽しみだ。

日めくり万葉集 2009・1・6(火)
 奈良インターカルチャーの佐野さんから、NHKの「万葉集への招待」「日めくり万葉集」の紹介を受けた。
 「万葉集への招待」では万葉集愛好家の歌のランキングをしていた。1位、2位は
 あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る 額田王   (巻1・20)
 いわばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも  志貴皇子 (第8・1418)
 「日めくり万葉集」は教育テレビで、1月5日より全240回(1回5分)を月曜〜金曜午前 5:00 午後1:55に放送する。さっそく録画予約して見ることにした。4500余首の中から、珠玉の名歌を紹介してくれる。良い機会です。ぜひ万葉集を楽しんでください。

飲む発毛剤・プロペシア 2009・1・5(月)
 義兄の髪が薄いので、ずいぶん前から発毛剤には興味を持っている。脱毛防止、発毛のための飲む薬が、昨日の毎日新聞に載っており、今日のNHKラジオでも紹介されていた。
 医師の処方を得て一日一錠(月額8,000円)飲むだけ、98% の人に効果があり、髪が増えてくる人も多く、国内の臨床試験では半年で48%、3年で78%と髪が増える人があるという。医者によると喫煙が脱毛の原因の一つだから、禁煙してたばこ代を薬代に回すと一石二鳥だという。義兄に勧めたいが、たばこは止めないだろうし、医者嫌いなので無理だろう。
 この薬は男性専用、しかも飲み続けないと効果が無くなるという。発売元は万有製薬だが、万能ではない。

年のはじめに 2009・1・4(日)
 2年前の「独り言」年頭に書いている。
  ・まず、楽しむ ・そのためには健康管理 ・そして残り少なくなった人生を悔いなく過ごす
 こんなところかな。どう書いても「遊ぶ」にみえる?

 今年も思いは同じだが、年とともに落ちる体力を考えると、健康管理をいやが上にも思ってしまう。その上で、心奪われ、ときめくようなものに触れてみたい。今の日常の中から、あるいは非日常の世界からでもよい。望み過ぎかな?

平穏 2009・1・3(土)
 年越しを我が家でした親族が昨日帰ったので、正月の喧騒が終わり静かになった。とはいえ、2日から仕事をしているのでのんびりとは言えないが、大仕事が終わった感じである。ゆっくり風呂に入り、新聞を読み、うららとたわむれる日常に戻った。残りものと雑煮で食事をし、家の中を片付ける。腰痛で中止していた仏像作りも再開した。
 ぼちぼち、今年の計画?も考えねば!と思うが、まだ正月ボケは残っている。

初詣 2009・1・2(金)
 紅白が終わり、年越しそばを食べてから例年通り、男性陣が諏訪神社に繰り出す。子供たちはすでに寝ており、女性陣は寒いからと言って家に籠っていた。
 例年より初詣の人が多く、とりわけお稲荷さんの参拝に行列ができていたのでびっくりした。不況だと近場と神頼みがいいのかな?「お金が欲しい!」と叫んで賽銭を投げている若者もいた。成田山新勝寺の正月の参拝客は300万人という。「1人1円の賽銭で300万円か!」と俗人は考える。「1人100円なら〇億円か!」と兄も話に乗ってきた。不況になると、こんなさもしい話で盛り上がる。ともあれ、景気が良くなってもらわないと困る。

謹賀新年 2009・1・1(木)
 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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