10月の終わりに 2008・10・31(金)
 久しぶりに法隆寺を訪れた。その宝庫を前にして、時間に追われる日帰りの訪問を悔みながら、奈良在住の友人を羨ましく思った。
 アフガンで伊藤和也さん(ペシャワール会)が目指した丸腰での農業支援、不幸にも殺害で終わったが、彼のために涙を流した現地の人々の多さが示唆することは多い。武力でアフガンの平和を乱し、状況の悪化でタリバンと対話を始めたブッシュ政権の姿は、暴力の無力さを如実に表している。「テロとの戦いに日本だけ何もしないわけには行かない」とアソウさんはおっしゃるが、アメリカの動向をみていると、日本のインド洋上の給油活動そのものが空しいものに見えてくる。悪しき暴力主義で命を落とした伊藤さんに、改めて追悼の意を表したい。

給油を止めて! 2008・10・30(木)
 出先でガソリンスタンドに入り、給油を頼む。ここは近辺では値段が一番安いので、近くに行った時は入れることにしている。給油後、よつばの里に寄ってアルミ缶を置き、安達先生宅に行くことを考えながら、ポケットの財布を探したが無い。
 「給油を止めて!」と叫ぶ。車に入れているいつものお金も使ったばかりで小銭だけ。代金は621円、なんとか払えたが結構あせった。5リッターぐらい入ったのかな?高額は危険だけど、車内には少しはお金を置いておかないとと反省した。免許証も忘れたので、違反を起こさないように安全運転を心がけた。            
 『南京新唱』自序(全文)

南京新唱(なんきょうしんしょう)・自序より 2008・10・29(水)
 会津八一第一歌集(大正13年)は、初めて奈良を訪れた明治末期の荒廃する古都・奈良での歌を主にしている。自序の一部を紹介する。
 「われ奈良の風光と美術とを酷愛して、其間(そのかん)に徘徊(はいかい)することすでにいく度ぞ。遂(つい)に或(あるい)は骨をここに埋めんとさへおもへり。ここにして詠じたる歌は、吾ながらに心ゆくばかりなり。われ今これを誦(じゆ)すれば、青山たちまち遠く繞(めぐ)り、緑樹甍(いらか)に迫りて、恍惚(こうこつ)として、身はすでに舊都の中に在(あ)るが如(ごと)し。しかもまた、伽藍寂寞(がらんじやくまく)、朱柱たまたま傾き、堊壁(あへき)ときに破れ、寒鼠(かんそ)は梁上に鳴き、香煙は床上に絶ゆるの状を想起して、愴然(そうぜん)これを久しうす。おもふに、かくの如き佛國の荒廢は、諸經もいまだ説かざりしところ、この荒廢あるによりて、わが神魂の遠く此間に奪ひ去らるるか」           (全文へ

暖房2 2008・10・28(火)
 炬燵に入るとどうしても眠くなる。横になってテレビを見ていると余計に睡魔が襲うが、それがまたいい。ただ、テレビを見るにしても寝るにしても枕が欲しい。居間なので枕では無く、ぬいぐるみ風のものにしようということになった。早速、購入に出かけたが、ひとつはキティちゃんのもの、もう一つもキャラクター物のぬいぐるみになった。
  結局、考えていることは暮れにやって来る孫たちのこと、ジジババは幼子より他愛無いのである。

暖房 2008・10・27(月)
 しばらく前に長方形の炬燵を居間に置いた。連れ合いが「孫たちが来た時に」と言いながら、早朝にうららと炬燵に入っている。朝夕めっきり寒くなったので、営業所でも、今日暖房の準備に入った。一昨日は冷房を入れていたのに。仕事場では冷暖房のいらない季節はない。なぜなら、昔は皆が少々は辛抱したが、今はすぐに暑い寒いと言うからだ。その上に暑がりの人と寒がりの人が同席するとエアコンの調整に苦労する。
 ところで、奥美濃のスキー場では11月1日にオープンするところがある。人工雪だが、秋を飛び越えて冬がそこまでやってきた。

秋植え2 2008・10・26(日)
 土中にいて根を食い荒らすコガネムシの幼虫を駆除するため、ダイアジノン粒剤という殺虫剤を買ってきたが、土中に混ぜる作業は面倒である。それにうららが口に入れないようにしばらく庭への進入禁止にするとフラストレーションがたまりそう。ナメクジの食害を防ぐ薬は撒くだけなので、これこそ、うららには危険。しかし食害から花や木から守るために仕方がない。
 頻発する食の安全を脅かす薬品事件は困るが、いろいろな害から食品を守るために使った薬の混入もあるのだろう。安全な食品作りはとても難しいのだろうと推測する。

秋植え 2008・10・25(土)
 休みに花苗をたくさん買ってきたので、今日は土壌をいろいろ工夫しながら植えた。ほとんどが鉢植えだが、今からは丈夫で花の時期が長いパンジーが主力になる。チューリップも植えた。しばらく前に植えた水仙はどんどん芽を出してたくましい限りだ。以前からある菊類は沢山の花芽をつけだした。
 友人からもらった皇帝ダリアが2m半ほどに伸び、もうつぼみを持っている。半月先ぐらいに咲くそうだが、茎が細いので折れないか心配している。

宝くじ 2008・10・24(金)
 当たることが夢のまた夢のような宝くじ、1等当選確率は約1千万分の1、そんな当たりを得たが故に殺されたとは、とても気の毒である。
 「高級車を買ってそれから〜〜〜なら、当選金は無くなるね」と言ったら、「それは2千万円ですよ」と連れ合いに言われた。2億円の世界など想像できないのである。
 ところで宝くじの寺銭(ギャンブルにおける主催者の取り分)が50%余だということを知っていますか?100円の宝くじは買った瞬間に50円以下の価値しかない。競馬などの公営ギャンブルの25%、パチンコの15%弱よりずっと多いのにはびっくりする。でも、やっぱり夢を見るのは宝くじがいい。

オニュウ 2008・10・23(木)
 千葉の孫たちに会いに行く予定が中止になったので、服やオモチャを送った。琴音はカコバーに電話で「キラキラするものが欲しいの!」と言ってきた。
 琴音から「オニュウのスカートと髪どめなのー!」と写真とメールが届く。キラキラする髪止めを送ったが、写真ではよくわからない。
 翌日は将周から来た。「元気だよー。今日はぼくがオニュウのお洋服だよ!

コスモスと菊 2008・10・22(水)
 昨日は桑名のドッグカフェに出かける。うららにはドッグ用チーズケーキ、ちょっと分けてもらって食べたが全くの味なし、やっぱり犬用だった。美味しいコーヒーを飲んだ後は、木曽三川公園のコスモスと菊を堪能、もうコスモスは終わりに近い。
      公園のコスモス咲けり見に来ませ今二日ばかりあらば散りなむ 


第3火曜日 2008・10・21(火)
         今日は定休日独り言も御休み。
         
    わが庭の萩の花咲けり見に来ませ今二日ばかりあらば散りなむ    
万葉集

車のキズ 2008・10・20(月)
 友人たちを乗せて出かけるために久しぶりに車の洗車をしたら、あちこちに傷が沢山ある。コンパウンド(ボディーのキズ消しと艶出し)でこするだけでは修正できないところが多い。車用の白色のペイントを買って来て塗った。色を確かめないで白だと思っていたが、白にもいろいろあるのだ。仕上がった車は新しい白が目立ってまだら模様、昼間に乗るのは恥ずかしい。
 古くなった車なのでいい加減に考えたのが良くない。早く色あせて目立たなくなってくれないかな〜〜?

法輪寺 2008・10・19(日)
 秋晴れの法輪寺を訪れた。八一の名歌「くわんのん・・・・」の歌碑がある。詠まれた仏がこの寺の十一面観音か虚空蔵観音か定まらないが、今回訪れて、どちらの仏にもこの歌は合わないと思った。後日解説したいが、「くわんのん・・・・」は現実の仏像を超越してしまった名歌なのである。
 以下は秋の青空の奈良を詠んだ八一の歌、写真は法輪寺の三重塔。
  汽車中
    やまとぢ の るり の みそら に たつ くも は
        いづれ の てら の うへ に か も あらむ
   八一
     (大和路の瑠璃のみ空に立つ雲はいづれの寺の上にかもあらむ)

岡田監督 2008・10・18(土)
 日本サッカー協会の犬飼会長が16日に最終予選中の岡田監督の解任を否定した。だが、15日のウズベキスタン戦で勝てなかった岡田監督は、次回アウェー・カタール戦(11月19日)を解任覚悟でと明言した。その姿勢は良しとするが、常に途中解任があるサッカー界の監督選びは気持ちがいいものではない。
 阪神・岡田監督はリーグ優勝を逃した責任を取って早々と辞任を表明した。あれだけの大差を覆されたから、辞任でけじめをつけたい気持ちはわかるが、辞任も影響してか今日の中日とのCS戦に負けた。あまり早い辞任表明は「いかがなものか」とアソー口調で思う。

テッセン 2008・10・17(金)
 自宅の裏のフェンスに絡ませてテッセンを育てている。以前はフェンスいっぱいに咲いたが、ここ数年は数が少なくなり、苗や鉢で購入したものを追加するが、うまく根付かない。
 ただいまテッセン蘇生作戦を実行中。土壌改良と害虫駆除、そして新しいテッセンの追加を考えている。古い土を捨て、酸性を中和した適度な土と交換した。葉や蔓の虫の食害はある程度防げるが、土中にいるコガネムシの幼虫などの害虫駆除は厄介だ。薬品をうららが食べる可能性があるので控えてきたが、今年は散布するつもりだ。来春の花盛りを目指して!!

法起寺(ほうきじ) 2008・10・16(木)
 修理等が行われているとはいえ、現存する日本最古の三重塔で有名な法起寺。会津八一は「法隆寺・法起寺・法輪寺建立年代の研究」で学位をとり、美術史学界に大きな影響を与えた。とりわけ塔の露盤銘の分析から、創建当時を的確に推測した。
 先日、友人たちと訪れ、コスモスに囲まれた美しい塔を堪能した。塔の撮影禁止を質したら、営業用でなければ撮影は良いと言う。三年前に訪れ、撮影禁止を7月16日の独り言で批判したが、この場で訂正しておきたい。

ペシャワール会6(完) 2008・10・15(水)
 伊藤和也さんの「(アフガン)志望動機」の文章(2003年6月15日)から抜粋
 私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきり言ってダメです。農業の分野に関しても、経験、知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。 私が目指していることは、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年でできることではありません。子供たちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。
 ただただ頭が下がる。ぜひ全文をブログで読んで欲しい。紹介してくれたM新聞・NKDさん、ありがとう。

渋滞 2008・10・14(火)
 昨日(祝日)の夕方、亀山インターから東名阪道・四日市方面に入ると即渋滞の列。31キロ渋滞、とっさに亀山サービスエリアのスマートICから出て1号線に抜けるが、鈴鹿手前まで渋滞、四日市手前でも渋滞に会う。四日市周辺は別道(裏道)で逃れたが、やっと市内に入って夕食をしようとしたら、4軒がだめ、やっと5軒目でありつけた。
 休日の混雑はいろいろあるが、第2名神が出来てから、東名阪四日市インター周辺の渋滞はひどい。来月3日(祝日)に京都に行くが、帰路をどう走るか今から頭が痛い。

セリーグ順位 2008・10・13(月)
 阪神岡田監督の辞意で終わったリーグ戦、順位は巨人・阪神・中日・広島・ヤクルト・横浜だった。巨人の猛追は見事、思わぬ事態の阪神およびファンには慰めの言葉もない。これは最下位横浜ファンからの精一杯の感想である。
 ところで6球団の順位当てクイズを行ったが、正解はなし、1,2,3位だけを当てたのは20%の人だった。ちなみにSUの予想は横浜・中日・巨人・阪神・ヤクルト・広島だった。的中はヤクルト5位のみ、この予想はひどいが、当たりそうで当たらないのがこのクイズである。

ペシャワール会5 2008・10・12(日)
 掛川市の葬儀での父親・伊藤正之さんの言葉から (全文はブログで)
 「アフガニスタンは夜空の星がきれいだよ」と言っていました。和也はアフガニスタンの星になりました。そして、わが家の大きく輝く星になりました。会えなくなったことは寂しいですが、和也はアフガニスタンで生きております。
・・・・・・・・・・
 今回のことで、和也は私たちがなくしていたもの、忘れていたものを教えてくれました。思いやり、人の心の温かさ、そして、急ぐことなく、ゆっくりでも少しずつ積み上げていくことの大切さ、道徳の心を。

ノーベル賞 2008・10・11(土)
 1974年、故佐藤栄作元総理が平和賞を受賞した時は、多くの日本人が首をかしげ、ノーベル賞そのものに失望する人が続出した。「佐藤栄作だってもらうんだから」とか「世の中全てのことが信じられなくなった」と言う人まで出た。当時、アメリカのベトナム戦争を日米同盟のもとで支えたのは日本、その代表だったのは佐藤元総理、「平和」からは最も遠い存在だった。
 しかし、今回の日本人4人の物理学賞、化学賞の受賞はとてもうれしい。基礎学問という地味で目立たない領域の功績を、時間と金をかけてじっくりと調査し、評価した関係者を称賛したい。子供の頃に抱いていたノーベル賞への信頼がよみがえってきた。

ペシャワール会4 2008・10・10(金)
 9月1日、伊藤さんの実家、静岡県掛川市で「お別れの会」(700人)が行われた。ここでの中村現地代表の弔辞から以下に引用する。 全文はブログ参照
 寡黙で愚痴一つこぼさず、村人たちの生活を思いやり、必死で汗を流す姿は、多くの者に温かい励ましを与えました。
 和也くんは、決して言葉ではなく、その平和な生き方によって、その一生をもって、困った人々の心に明るさを灯してきました。
 成し遂げた業績も数々ありますが、何よりも、彼のこの生き方こそが、私たちへの最大の贈り物であります。
 平和とは、戦争以上の力であります。戦争以上の忍耐と努力が要ります。和也くんは、それを愚直なまでに守りました。

言語能力 2008・10・9(木)
 夫は機嫌の悪いときはまったくしゃべりません。「うるさい」「じゃま」「どけ」「ブタ」「知らん」が機嫌のいい時のせりふなんです。こんな夫、けっ飛ばしてもいいですか。(主婦 48歳)
                      中日新聞 つれあいにモノ申す より
 当然です。迷わずけっ飛ばしてください。でも、そう言われながら、結構旦那さんと仲がよさそうですね。いつも連れ合いの前では頭が上がらない当方は、旦那さんの爪の垢を煎じて飲んで、一度でいいから横着な言葉使いをしてみたい。

ペシャワール会3 2008・10・8(水)
 伊藤さん葬儀(アフガン現地)の中村代表の弔辞(9月9日)は、心を打つとともに物事を判断する立場がいかに大切かを示唆している。日本人という枠からだけでは、世界を公平には見ることができないと思う。要約するが全文をぜひ読んで欲しい。(ブログに全文)
 1 伊藤さんとペシャワール会医療サービスの活動の素晴らしさ。
 2 伊藤さんを殺したのはアフガン人ではなく、アフガニスタンを蝕む暴力である。
 3 アフガンの文化を尊重し、アフガン人がアフガンのふるさとで、アフガンのやり方で生活で
   きるように、平和なやり方を選ぶ。
 4 戦争と暴力主義は、無知と臆病から生まれ、解決にはならない。
 5 アフガン人も日本人も、人としての悲しみに国境はなく、命の尊さにも国境はない。
 6 伊藤くんへの追悼であり、過去の戦争で死んだ人々への鎮魂である。

法隆寺の七不思議 2008・10・7(火)
 江戸時代の聖徳太子信仰の信者さんたちが作ったと思われる七不思議がある。
1.法隆寺には蜘蛛が巣をかけない。 2.南大門の前に鯛石とよばれる大きな石がある。
3.五重塔の上に四本の鎌がささっている。 4.不思議な三つの伏蔵(地中の宝蔵)がある。
5.因可池(よるかのいけ)の蛙には片目がない。 6.夢殿の礼盤の下に汗をかいている。
7.雨だれが穴をあけるべき地面に穴があかない。

 ほとんどが真実ではなく、太子という聖者の遺徳や伝説で説明できるが、3と6は謎である。法隆寺に出かける機会があれば、ガイドの方に聞いてみると楽しいですよ。

霞港公園とシドニー港公園 2008・10・6(月)
 四日市港ポートビルの南に陸橋で結ばれた二つの公園がある。うららを連れて霞港公園で時々お弁当を食べる。遊具のあるシドニー港公園では孫たちを連れて遊ぶ。
 今日、久しぶりにうららと出かけた。霞港公園では走り回り、シドニー港公園では遊具を怖がりながら遊ぶ。彼女にはいい散歩場所だ。
 西には藤原岳が見え、北西の多度山の上には珍しい雲が流れていた。 

ペシャワール会2 2008・10・5(日)
  アフガンで殺された伊藤和也さんについて『DAYS JAPAN』が特集を組み、ペシャワール会からは「追悼号外」が送られてきました。『DAYS JAPAN』も号外も、伊藤さんが生前に撮影した「菜の花畑の少女」の写真を表紙に使っています。旱魃の恐怖に追いかけられているような国での「菜の花畑」なので、伊藤さんたちがやっていた仕事の意味合いがよく分かる写真だと思います。そして、少女の表情からは、撮影者を信頼している様子がうかがえます。
 もう1点モノクロの写真は、ショベルカーを運転している中村代表とショベルの先の部分の上に顔だけ少し見える伊藤さんです。
(M新聞・NKDさんより 続く) 詳細はブログ

新宿中村屋 2008・10・4(土)
 連れ合いの従姉妹(北海道)から秋ジャガが届いた。お礼にお菓子を送るために近鉄百貨店に行く。四日市名物・永餅は賞味期限の関係で北海道は無理と断られる。結局、新宿中村屋の菓子を連れ合いに提案し送った。。理由は会津八一関連である。
 クリームパンやインドカレーで有名な新宿中村屋の創業者、相馬愛蔵・黒光夫妻と八一は親交があった。夫婦の長男を早稲田中学で教えたことからの縁で、新潟在住の晩年は上京すると中村屋を拠点に活動した。八一は中村屋の看板、茶器、包装紙に書を残したが、その書入りの茶器を最近苦労して手に入れたので思い入れが強い。

ペシャワール会1 2008・10・3(金)
 M新聞・NKDさんは、アフガンで殺された伊藤和也さんの所属するペシャワール会について以下のように語り、多くの人に会のことを知って欲しいと言う。
 私がペシャワール会のことを知ったのは、アメリカがアフガンへの爆撃を開始した後です。日本の国会の参考人として呼ばれたペシャワール会現地代表・中村哲医師は、長年、現地で医療活動・農業支援活動などを経験してきた立場から、自衛隊派遣についてははっきりと「有害無益です」と答えました。そのことを知った私は、中村医師に「惚れ込み」、ペシャワール会に入りました。日本政府の姿勢が今回の事件を産んだ――つまり、伊藤さんを殺したと私は思っています。ほとんどのペシャワール会会員も、そう思っているでしょう。 詳細はブログ

さつまいもの花 2008・10・2(木)
 仏像作りの先生宅で、蔓と葉ばかりのサツマイモの水栽培が飾ってあった。花はめったに咲かないそうで、先生の話では、箱などで光をさえぎり日照時間を短くしてイモ作りを出来なくすると危険を感じて花を咲かせ、子孫作りを始めるとのことだった。写真はネットで探したものだが随分きれいだ。
 ところで、先生は日頃の無理と昨日のサツマイモ掘りで腰を痛めてダウン、おかげで今日は休講だった。


「平和」に関する情報 2008・10・1(水)
 半年ぶりにM新聞・NKDさんからメールが届いた。要約すると以下になる。
 米軍の原子力空母は、ついに横須賀に配備されてしまいました。残念ですが、私たちは諦めるわけにはいきません。もし、この空母がチェルノブイリのような原子炉事故を起こしたら、隣町に住んでいる私たちは「即死」だそうですから。そこで、空母がくる前夜の9月24日と、きた当日25日の2晩続けて、横須賀の反対集会・デモに参加してきました。・・・・およそ40年前、原子力空母エンタープライズの佐世保寄港に反対する集会が日比谷野外音楽堂で開かれ、ノンポリ学生として参加しましたが、デモは激しいものでした。それに比べれば、今回はとてても静かな行進でした。
 
平和のために活動する彼を敬服する。詳細はブログへ。
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