5月の終わりに 2007・5・31(木)
 プロ野球、横浜一日天下(5月3日)を喜ぶか、現在の低迷を嘆くか?
 それはともかく、今月は陶芸鑑賞(信楽、万古祭、常滑)に恵まれた。同時に仏像も(伊藤真乗、草仏展、ミホミュージアム)とあちこちで見ることが出来た。ダビンチの「受胎告知」も目の当たりに見た。それぞれチャンスに恵まれたおかげだが、同時に多くの友人達とその時間を共有できたことは幸せだ。
 「ワンワンワンワワ〜〜ン!(=うららページも更新してよ!)」と愛娘が抗議する。ごめんごめん!最近、ぽんすけも影が薄い。この二人には6月に活躍してもらおう。

死者に鞭(むち)打つ 2007・5・30(水)
 『伍子胥(ごししよ)が父兄の敵である楚の平王の死体を掘り出して鞭打った「史記(伍子胥伝)」の故事から、死んだ人の生前の言行を非難したり攻撃したりすること』を言う。しかし普通は死者へのいたわりから、批判を控える方が多い。
 「なんとか還元水」の農相が「自分の身命を持って責任とお詫びに代え」て自殺した。悪いことをしたから死にますということだから、悪い政治家だったんだろう。死者に鞭を打つつもりは無いがあきれるばかり。この人を大臣にしたアベ総理の見識を疑うし、こんな人をかばい続けるような愚行に国政の先行きを心配したくなる。

偲ぶ会(故山本幸雄先生) 2007・5・29(火)
 故山本自治大臣の偲ぶ会(四日市・都ホテル)に参列した。岡田民主党元代表などそうそうたるメンバーがお別れの言葉を送る。
 昔、先輩(秘書)が作った後援会の仕事を手伝った。参加を一業種一名に限定した会で、例会に山本先生や各界名士を招いてお話を聞く。その当時の会のメンバーに久しぶりに会うことができた。先生とは最後のお別れである。
 山本幸雄
 
桑名出身、富田中学、松本高等学校を経て1936年、東大法学部を卒業。大阪府警本部長、建設事務次官を経て、1963年、故河野一郎に請われて衆院選挙に三重で自民党から立候補し当選。当選7回。1982年、中曽根内閣で自治大臣として初入閣。1990年、岡田克也(現民主党)に地盤を譲り政界引退。今年2月6日95歳で逝去。

孔雀サボテン 2007・5・28(月)
 近くのチェリー理容店からもらった孔雀サボテンが今年も大輪の花を咲かせた。メキシコ原産で白もある。鮮やかな大輪の花を咲かせるのが、孔雀の羽根の色柄を思わせるところから、この名前になったようだ。有名な月下美人もこの一種だという。
 夕方、「うらら」と三滝公園を散歩中に理容店夫婦に出会う。「ちび」と言う名の犬(シュナイダー)と初めて公園に来たそうだ。追う「ちび」と逃げる「うらら」をめぐって、しばし井戸端会議ならぬ道端会議??それにしても、孔雀サボテンが咲いた日に偶然、元の持ち主に会うとは!

ミホミュージアム 2007・5・27(日)      
 小山美秀子(こやまみほこ)が作った「手かざし(宗教)」と言われる「神慈秀明会」(1970年)が建設した信楽の巨大な美術館である。ミホは「みほこ」から取っている。相当荒っぽい活動をしたので、20世紀末にはカルトとしてあちこちで騒動を起こした。
 そのことは別にして、所有する美術品および企画の素晴らしさに一度は出かけたいと思っていた。先日、友人たちと訪れる。開館10周年記念特別展「中国・山東省の仏像−飛鳥仏の面影」を見るだけで2時間余が過ぎた。他に予定があったので、その他を残して帰ってきた。再度出かけたいと思っている。
 手かざし  1対1で向かい合い、施術者が対面する相手に手のひらをかざすことで、神の光を相手の
        魂や身体に放射し、病気やさまざまな悩みを解決するというもの。

受胎告知 2007・5・26(土)
 上野でレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」を友人Yと見る。「モナリザ」「最後の晩餐」で有名なダ・ヴィンチが、実際には17作しか描いていないのには驚いた。20歳頃の最初の単独作品「受胎告知」は、高度な写実的描写や空気遠近法という方法などで見るものを圧倒する。立ち止まる沢山の人でなかなか前へは進めなかった。
 聖母マリアの右腕の異常な長さは、この絵を掲げた場所が向って左側だったので、右側(マリア側)から鑑賞することを前提にしているためと言う説がある。そんなことをYと話しながら長い間眺めていた。受胎告知と言えば、大原美術館で見たエル・グレコ作も素晴らしかった。

うすけぼー 2007・5・25(金)
 同窓会会場は「うすけぼー」 アサヒビール直営の落ち着いたパブレストランだった。同じ釜の飯を食った仲間なので、話が途切れることはない。学生時代の話から現在の話まで行きつ戻りつ、あっという間に3時間が過ぎた。解散後、奈良の友人と2次会をして浅草に投宿する。
 スケボーの一種かと思う変わった名を出店時に聞いたら、ウィスキーの語源だと言う。HPにはこう説明があった。
 うすけぼー(Uisqebaughiウーシュクベーハ)とはケルト語で「生命(いのち)の水」という意味、つまりウィスキーの語源。初めUisqeと呼ばれ、Uskyへと移り、最終的にはWhiskyとなりました。今も世界中で愛されている 「生命(いのち)の水」。

新幹線 2007・5・24(木) 
 同窓会で東京へ。車中、本を読みながら列車の音が気になる。列車好きで音に敏感な人が、微かな異常音に気付き、惨事を未然に止めた話を思い出したからだ。そんなことから、時速270kmも出すのに、どうしてシートベルトが無いのだろうと考える。車のシートベルト着用強制(法制化)に反発しているので、列車だけはいいのか?と思う。
 「脱線は起こると言う事実を踏まえて・・・・例えばシートベルトやエアバッグを装備すれば、車両が脱線、横転しても被害は最小限に食い止められる。非常時には車体後方からパラシュートが開いて減速する仕組みがあってもいい(清野京大助教授)」が、どうも新幹線は他と比較すると安全なので、必要に迫られていないようだ。ただ、直下型地震があると悲惨になる。

コスモポリタン 2007・5・21(月)           (明日明後日は出張で休みます
 「日本人の死は日本人だけが悲しむ。外国人の死は外国人だけが悲しむ。どうしてこうなければならぬのであろうか。なぜ人間は人間で共に悲しみ喜ぶようにならないのだろうか
    (きけわだつみのこえ より)
 60年余の昔、ほぼ死が予想される戦地へと向う学徒たちは書き残した。今、憲法9条を無くそうと時の指導者は奔走する。なぜ?と気持ちが起こる。民族や生活する場所に規定されるとしても人は人であることに違いはない。
 日本対外国のスポーツ観戦で一度外国の応援の立場に立ってみるといい。日本の敵などと思っている外国や、その他戦時下などで苦しむ他国の人々の気持ちに心が及ぶはずだ。

バラ 2007・5・20(日)
 今年もポンちゃんのバラ邸を訪ね、バラを愛でてきた。うららは広い庭を喜んで走り、連れ合いはお目当てのバラの切花をお土産にもらってご満悦。カーネーションにバラ、我家は花の楽園だ。

秋葉さん(秋葉大祭) 2007・5・19(土)
 昔は「秋葉さん」と言えば、四日市では大きな植木市の代名詞だった。四日市市中部にある光運寺境内の秋葉神社を中心にした一角は大勢の人出で賑わった。屋台も沢山出て、子供の頃はとても楽しみだった。20年前に買ったハナミズキの苗は我家で大きく育っている。
 しかし、それは昔の話で、今日は植木屋さんが2軒、金魚売りが1軒と数軒の屋台があるだけで寂しい祭。理由はいろいろあるが、その一つは商店街を追い込んでいる規制緩和以降の郊外型大型店の闊歩だろう。町に根付いた風習や文化が寂れていくのは悲しい。
知り合いやパソコン教室の生徒さんが光運寺の檀家として手伝いに出ていて、しばらく会話を楽しむことができた。大型店はこんな風情をなぎ倒していく。

仁王像 2007・5・18(金)
 江場仏像彫刻所の制作発表会・草仏展に展示された仁王像(3m)を連休に見てきた。この仁王像は愛・地球博で「1000年スパンのものづくり」(仏像と森)企画として制作が公開されたもので、完成後に東海市の彌勒寺に来春安置される。
 仲間二人がこの仏所の教室に入会したので、その作品を見るのも目的だった。観音仏頭、大黒、救世観音、釈迦座像、円空仏などレベルアップした作品に驚く、一人はプロの仏師を目指しているようだ。

円空仏 2007・5・17(木)        
 300年前、円空は12万体の仏像を作ったと言われ、約4500体が現存する。一刀彫と言える独特で荒削りな円空仏の魅力が1970年ごろから見出され、ブームになった。とりわけ、「円空スマイル」と言われる微笑がとても魅力的である。ただ、贋作や模作も多い。また、円空その人に不明な点が多いので、伝承と推測による不確かな説が一人歩きしているようだ。
 円空仏の模作は比較的簡単なので、仏像の習作としては短時間に出来ていい。先生は背面に必ず模作と書く。今作っている聖観音を夏までに、その後阿弥陀如来を来春までに完成できれば、後は簡単な円空仏を沢山作って見たいと思う。そこまで行けるかな?? 鉈薬師堂

100万本?のカーネーション 2007・5・16(水)
 沢山のカーネーションが届いた。家中の花瓶を持ち出して活ける。花もこれだけあると室内がぱっと明るくなり、楽しくなる。連れ合いは大喜び、グルーミングから帰ったうららと一緒に記念撮影となった。
 ところで子供たちからの母の日プレゼントはすでに届いている。連れ合いに別に子供がいると聞いたことは無いので、この大量のカーネーションは謎である。                八一 法華寺温室懐古3首

第3火曜日  2007・5・15(火)
 今日は定休日独り言も御休み。

       みちのべに 清水ながるる 柳かげ しばしとてこそ 立ちとまりつれ       西行                

加川良(教訓1)  2007・5・14(月)
 フォークを録画した連れ合いが、懐かしい歌があったので聞けと言う。歌手も曲名も忘れていたが、歌ははっきり覚えていた。曲は加川良の教訓1。そのうち、連れ合いが持っていたレコード盤にあった加川良の記憶がよみがえってきた。
    命はひとつ 人生は一回  だから 命を すてないようにネ 
    あわてると つい フラフラと 御国のためなのと いわれるとネ
    青くなって しりごみなさい にげなさい かくれなさい   
        歌詞全文
 彼は1970年8月8日、この歌で強烈にデビュー。37年の時の流れと思想の風化を思う。

バッタ屋  2007・5・13(日)
 「売り尽くし激安商品」と大きなチラシが新聞に折り込まれていた。「バッタもん」を承知で出かける。来月のSU家感謝セール(くじ引き)で配る大量の商品が欲しかったからだ。安いものから少々の値段の物まで数十個買ったが、会場に布団のセールスがいて、随分派手に立ち回り、買ってくれたらいろいろな物をサービスすると言う。聞けば、39万円!何なの?と相手にしなかったが、帰宅してチラシを読み返してもそんな高額商品は載っていない。愛媛の会社だが、調べたらHPすらなかった。詐欺まがいである。39万の布団を数個売れば、チラシ代など簡単に出るだろうね。甘い話には気をつけないとと改めて思った。
  バッタもん 倒産した店の雑貨や余剰品を安く買い集めたもの、最近ではにせ物やコピー商品も指す。

万古祭  2007・5・12(土)
 日曜の雨を避けて、万古祭に午後出かける。昼食を取っていなかった連れ合いは何はともあれタコ焼屋へ。去年は30分並んだのに今日は誰もいない。不思議なことだが、行列が無いと買い手は心配になる。でも、去年と一緒で美味しかった。
 営業用の湯飲みやコーヒーカップなどを中心にいろいろ買っているうちに、よく見るとうららの背中に1000円の値札が付いている。この値段では手放せないと笑いながら、帰宅した時はもう夕方になっていた。そんなわけで、我家の夕食のメーンディッシュは、祭で買ったネギ焼きと信楽・ミホミュージアムのお土産の豆腐だけだった。

スマートIC(ETC専用インターチェンジ)  2007・5・11(金)
 東名阪四日市ICに向って亀山1Cを通過したとたん、7キロ渋滞で車がストップ。同乗の友人は近鉄四日市発の電車で名古屋に行き、予約した新幹線に乗る予定だが、この渋滞では間に合わない。その時、友人がETCなら亀山サービスエリアのスマートICで出れると言う。とっさの判断ですぐ横にある亀山SAから降り、国道一号線を四日市に向けて走った。近道等を選んで四日市駅にたどり着くと同時に無残にも予定の電車は出て行った。
 ところが、次の電車で近鉄名古屋駅に着き、新幹線まで3分ほどで走って飛び乗ったようだ。
 スマートIC
   
ETC専用インターチェンジで、開閉バーの手前で一旦停止した後、通信のやりとりが行われ開閉バーが
  開くシステムとなっている。実験中を含めて全国で31箇所ある。

伊藤真乗(1906-1989) 2007・5・10(木)
 新聞に仏像の写真入りで「伊藤真乗の目と手」展の広告が大きく載っていたので、出かけてみた。伊藤真乗は醍醐寺で得度受戒した後、仏教教団・真如苑を興し、宗教活動の中で「昭和の仏師」と呼ばれるほど沢山の仏像その他を作った。とりわけ、丈六(4.8m)の釈迦涅槃像は圧巻である。展示された約100点の作品のなか、ギリシャ彫刻の影響を受けながらも氏独特の力強いタッチの仏像群は素晴らしい。
 ただ、ブロンズ像、プラスチック像が大半だったので、木像が見たいSUには少し張り合いが無かった。

連休 2007・5・9(水)
 3月6日の誕生日には、まだ伝い歩きだった孫・琴音が、連休にパパとママと一緒にお出かけ、元気に走り回っている。稲毛海浜公園や江戸川の河川敷、水上バスで行った浅草の写真が便りとともに届いた。
 何枚もの中で右の写真がSUのお気に入り、一丁前に電車の路線図を見ているのだろうか?この写真一枚で「ジジ」に転落する。今月下旬に同窓会で上京するが都合で琴音には会えない。残念だけど、写真で我慢しよう。

将棋名人戦 2007・5・8(火)
 森内俊之名人に郷田真隆九段が挑戦する第65期名人戦七番勝負、すでに挑戦者が2連勝していたが、昨日今日の第3戦を名人が勝ち、1勝2敗に持ち込んだ。将棋はヘボでも観戦は楽しい。放送の録画をやっと先ほど見終った。3連敗なら観戦の魅力が半減するが、まだまだ楽しめる。第4戦は5月17、18の両日、北海道苫小牧市で行われる。
 ところでプロ野球の阪神は最下位になり、大リーグへ行った阪神の井川はマイナー落ちになった。阪神ファンの気持ちを思う。頑張れ阪神!横浜ファンより。    写真・奈良

定年 2007・5・7(月)
 定年を目前にしている友人と久しぶりに会った。彼は定年後、東京を離れて山や海の近くで暮らすことにしている。しかし、経験豊かな世代が一度に退職しては困るので、会社は後輩育成のため、延長を要請している。どちらを取るか悩ましいことである。
 東京在住の先輩は年金生活に入ったと連絡してきた。学生時代に結婚していて、神田川の川沿いに住んでいた。銭湯に一緒に行ったあの頃を思い出す。あの「神田川」そのものの夫婦だった。その先輩達と今月下旬に会うことになっている。
 ところで自営業には定年が無い。嗚呼〜〜〜!

墓 2007・5・6(日)
 兄夫婦が連休にやって来たので、墓の草取りをした。雑草の力は強く、基礎のコンクリートを割ってしまっている。草刈後、父母が好きだったテッセンを供える。初めて来たうららは嬉しそうに墓地を飛び回る。
 「ひで叔母さん(母の妹)がそちらへ行ったよ」と言い「話が出来るから良いかな!」と思う。
 早急に墓の基礎を直したい。ホームセンターに砂入りコンクリート(30kg)が800円で売っていた。

粽(ちまき) 2007・5・5(土)
 良質の甘いものが乏しかった子供の頃、年に一度の粽はとても楽しみだった。毎年食べてきたが、舌が肥えてくると質の悪い甘味料を使った粽に失望した時期もある。甘いものは食べないことにしているが、今年は3箇所の粽が届いた。それぞれの違いを確かめながら賞味する。笹の葉の独特の風味もいい。一番は芳乃舎の白い粽だ。
 ところで、粽は中国・楚の入水自殺した詩人・屈原の弔いのため、民衆が川に投げ入れたことが起源で、現在では香りのよい笹で団子を巻いて作り、端午の節句に食べることになった。粽を前にして幼い頃を思い出す。5月5日は楽しい日だ。

花火はまた上がる 2007・5・4(金)
 横浜首位を明け渡す。一説によると昨日の花火は「上がったらすぐ消える、一時の夢!」だそうだ。多分、某球団ファンが負け惜しみで言ったのだろうが、花火は何度も上がった方が楽しい。横浜が首位に復帰したら、何度でも花火をあげよう。
 横浜は一日天下だったが、三日天下で有名な明智光秀は「歴史は勝者によって作られる」ことから、非道な反逆者とレッテルを貼られている。だが、本当は実直で文武に秀でた人物だったようで、特に芸術に対する造詣が深かったようだ。昨日、六代目宝井馬琴の講談「明智左馬之介 湖水渡り」を聞いた。
 

 横浜首位 ばんざ〜〜い!
 2007・5・3(木)  ・29

慈照(じしょう) 2007・5・2(水)
 仏像と書を紹介する2007年5回目。大宰府の観世音寺住職・菊川春曉さんの書と同寺の「十一面観世音菩薩像」です。
書 「慈照」・・・・・・やさしいまなざし(慈眼)で、願いに応じた妙智
 力(普照)を表す観音さま。慈悲と怒りと牙をそれぞれの三面
 に、大笑いと本体で十一面の変化身。
 往きつくところは阿弥陀さま (化仏)・・・・・・。』
(菊川春曉)
 仏の究極は西方浄土の阿弥陀如来、SUの仏像作りでも目標は阿弥陀如来、来年の今頃完成していればベストだけど!

5月のはじめに 2007・5・1(火)
 NHKの「趣味悠々・遺跡ウオッチング〜古代のロマンを訪ねて」は飛鳥の古墳から始まっていた。甘樫(あまがし)の丘 から眺める香具山(大和三山)は古代への憧憬を誘う。
 春過ぎて 夏来るらし 白栲(しろたえ)の  衣乾したり 天の香久山   持統天皇
 過日、仲間たちと飛鳥を訪れたことを思い出すが、わずか半日では味わい堪能するというところまで行かない。その折、お世話になった上野誠先生が、随分先だが、四日市博物館で講演をされる。是非、仲間を誘って聞きに行こう。
 12月15日(土) まつりと芸能の発生論−折口信夫の思惟− 上野誠(奈良大学助教授)
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