4月の終わりに 2007・4・30(月)
 桜に始まる4月は花々が心を和ませてくれる。ただ、地震に脅かされたことと気温の変動には戸惑った。しばしば訪れ、会話を楽しんだ奈良の叔母が亡くなった。90歳の大往生とは言え、寂しさを拭うことができない。
 友人・鹿鳴人と半日ゆっくりと奈良を散策したことは思い出深い。公私共に多忙を極める彼にその日、時間の余裕があったのはラッキーだった。奈良の名所を堪能しながら、最後は入江泰吉記念奈良市写真美術館へ。入江泰吉の写真は絶品、プロの写真の凄さに見入るばかりだった。

ゴールデンウイーク 2007・4・29(日)
 昨日から休みが始まった人が多いのか、昨日今日と忙しい。ラジオのアナウンサーがこの時期に働く人も沢山いるので、NHKはゴールデンウイークと言う言葉は使わずに、働く人たちに配慮していると言っていた。すかさず、ゲストのケーシー高峰が「配慮するなら僕等のギャラを上げろ!」と半畳を入れていた。
 SU家も休みなし。スタッフ・ユウスケが連休に休みを下さいと言っていたが、遊んでくれる友達がいなかったので、無休で働くと言っている。連休は書入れ時、SUも真面目に過ごそう。

牡丹とテッセン 2007・4・28(土)
 赤い牡丹もいいが、2週間後に咲いたピンクの大輪の牡丹も素晴らしい。連れ合いが切花にしたいのをじっと我慢している。隣では紫のテッセンが咲き出した。
 今年は白いテッセンが沢山咲いて、切花が部屋中にあるが、白は持ちが悪いので、我家ではいまひとつ人気が無い。

ヨークシャーテリア 2007・4・27(金)
 我家のうららはヨーキー(ヨークシャーテリア)、この犬は輝くような美しく長い毛を持つため「動く宝石」と呼ばれる。成長するとともに伸びる毛が頭部はゴールド、身体は鋼青色(スチールダークブル-)に変化していく。真っ黒だったうららもだんだん色が変わってきた。毎日の手入れが大変だけど、美しい令嬢を目指してブラッシングをしている。
 三滝川で撮ったうららのスチールブル-になったお尻(動画)を見てください。

鉈薬師(なた) 2007・4・26(木)
 名古屋の覚王山日泰寺は日本で唯一タイ王国から送られた釈迦の遺骨を安置する寺で、毎月21日の弘法大師の命日に縁日があり、多くの人出で賑わう。
 日泰寺の北西にある円空仏で有名な鉈薬師堂はその21日だけ仏を開帳する。小さなお堂に17体の円空仏が本尊薬師座像を囲んで安置されている。重厚な堂内の雰囲気はとても素晴らしい。堂の管理人の方が親切で、長時間解説してくれた。円空仏研究に少し力を注ぎたいと思うほどいい時間を過ごした。

三滝川 菜の花と水鳥  2007・4・25(水)





法華寺 
2007・4・24(火)
 光明皇后が聖武天皇と亡き父母の冥福を祈って、藤原不比等(父)の邸宅を総国分尼寺としたのが奈良の法華寺。本尊は八一が官能的に詠った豊麗甘美な十一面観音である。
 光明皇后伝説で有名な浴室(からふろ)を見学した。平成15年改修で美しくなってはいたが、前回のように内部を見ることは出来なかった。
  光明皇后伝説
 
浴室(からふろ)で千人の垢を流す願を立てた光明皇后に、全身ただれた千人目の病人が、ウミを吸ってくれと言う。迷わず実行すると、病人は「実は自分は仏(阿閦如来・あしゅくにょらい)である」と告げて去る。

喜光寺 
2007・4・23(月)
 夢キューブを後にして、奈良市菅原町にある喜光寺(別称菅原寺)を訪れる。八一が荒れ果てたこの寺を詠んでいるからである。ただ、薬師寺副住職の山田法胤さんが喜光寺住職になられたからか、寺内はよく手入れされており、200余の蓮の鉢が所狭しと並んでいた。菅原道真生誕の地と言われる菅原神社に隣接する。
  菅原の喜光寺にて   
        ひとり きて かなしむ てら の しろかべ に 
               きしや の ひびき の ゆき かへり つつ 
     八一
         (一人来て悲しむ寺の白壁に汽車の響きのゆきかへりつつ)

擂茶(れいちゃ) 
2007・4・22(日)
 夢キューブに、擂(す)るお茶を飲ませてくれる店・おちゃっちゃがある。擂茶とは20数種類の雑穀や豆、緑茶等を乾燥・粉末にしたもので、台湾の客家(はっか)という民族で”おもてなしのお茶”として愛飲されていた。材料を時間をかけてすりつぶし、お茶や湯で溶かして飲む。客家の人たちが、労働後、簡単に栄養を補えるようにと考えだした。鹿鳴人と一緒に頂く。一口飲んで、はったい粉(オムギを炒って挽いた粉)を湯で溶かして食べた昔を思い出した。

夢キューブ 
2007・4・21(土)
 鹿鳴人が東奔西走して実現した奈良の夢キューブを訪ねた。数千万円の資金を調達して、10店のチャレンジショップが実現した。夢キューブの各店はは4坪ほどあり、思っていたより広く、いい雰囲気をかもし出している。
 まず目に付いたのが古代式金属工芸の店・Be-Buddha(ビーブッダ)、制作しながら販売する。実演を写真に撮らせてもらい、光背をモチーフにした素敵なネックレスをお土産にした。

八重桜 
2007・4・20(金)
 ソメイヨシノが散りつくし、新聞の桜だよりが無くなった。散る桜花と一緒になって叔母は行ってしまった。静かにあっけなく、医者は突然死のようなものと言う。もう少しと思うが、享年90、あの世で叔父さんが待ち焦がれているだろうから、今頃手を取り合っているかもしれない。
 お別れの場所から足を伸ばして興福寺の八一の歌碑を友人・鹿鳴人と訪ねる。奈良の街ではあちこちで八重桜が咲いて、ピンクの花が叔母の葬送に花を添えているようだった。

叔母 
2007・4・19(木)
   長臥しのこの頃無口なる母が「山茱萸(さんしゅゆ)が咲いた」と唐突に言ふ
 17日に掲載したこの和歌は、母の見事な季節感を捉え、結句の「唐突に言ふ」がとてもいい。病床の奈良の叔母と重ねると深く心に響くものがあった。昨年の暮、ほとんどしゃべらなくなっていた叔母が、急に「仏さんできた?」とSUに問いかけたことを思い出す。SUがお釈迦さんを彫っているのを知っていた。
 その叔母が、今日あの世に行ってしまった。プレゼントした仏さんと一緒なら、冥土への道は危ういことなかろうが。 

ソメイヨシノ染井吉野) 
2007・4・18(水)
 ラジオで桜を3代続けて守ってきた人の話を聞いた。同じものが沢山あると生態系を乱す。杉やソメイヨシノがそうで、それらと共生できないものは滅びるからと言う。江戸時代に交配で作られたソメイヨシノは、それ自身では実を作らず、株分けのクローン植物として作られる。とりわけ昭和天皇の即位時と終戦後に大量に植樹されて、今の隆盛を作った。
 ただ、ソメイヨシノは60年寿命説があるので、数年先の荒廃が危惧されている。全てがクローンであるということは、何かの病気が発生すればたちまちにして滅ぶ恐れがある。生態系を乱すことも考えると桜も各種あったほうがいいし、山は杉林ではなく雑木林が良さそう。さらに、人間も画一されたクローンのような集団ばかりだととても危うそうだ。

第3火曜日 
2007・4・17(火)
 今日は定休日独り言も御休み。

 長臥しのこの頃無口なる母が「山茱萸(さんしゅゆ)が咲いた」と唐突に言ふ  香取市  関 ろ舟  
                                            (毎日歌壇4月16日 河野裕子・選)


緊急地震速報 
2007・4・16(月)
 緊急地震速報なるものがある。震源の近くでは効果がなく、離れているところでも事前通知は20秒ぐらい前にしかできない。民間で早々と装置を作って売っているところもあるらしい。
 速報の原理は『地震波が二つあることを利用する。伝播速度が速い「P(プライマリ)波」と大きな揺れを起こす伝播速度の遅い「S(セカンダリ)波」、その速度の差(数秒から数十秒)を使って、震源地付近で検知したP波の初動データを分析し、S波による強い揺れが来ることを事前に震源情報として速報する
 詳しくは気象庁のページを参考に!地震は怖い。

神棚 
2007・4・15(日)
 桂枝雀が落語の枕で、親が朝晩拝んでいた最も信頼する神様が、空襲警報発令とともに爆弾の振動で真っ先に落ちたと話し、笑いを誘う。
 今日の地震は激しかった。何かが落ちる音がし、うららが鳴きながら膝に飛び込んできた。聖観音を彫っていたので、仏とうららを抱きながらうろうろする。その後、窓を開けてベランダにでる。横揺れが長かったので、振動が収まっても電線が揺れており、まだ身体が動いているようだった。部屋に戻ると習作で彫った地蔵菩薩の仏頭が床にごろごろ転がっていた。
    (見舞いの電話をたくさん頂いた。この場を借りて御礼)

ボタン 
2007・4・14(土)
 ボタンが今日咲いた。写真は2日前と昨日のもの、開いたボタンはうららと一緒に写っている去年の写真を見て!写真の日付を見ると4月24日、なんと10日も早く咲いている。暖冬の影響だろう。
 例年、連休明けに鈴虫が孵化するが、今年は早めに確認しないと餓死させそう。

如実知自(にょじつちじ) 
2007・4・13(金)
 仏像と書を紹介する2007年4回目。東京日野市の高幡不動尊金剛寺貫主・川澄祐勝さんの書と同寺の「不動三尊像」です。
 『書 「如実知自」(実のごとくみずからを知る)ありのままの自分を知ることが佛道の第一歩であり且究極である。大日経住心品には「いかんが菩薩とならば謂く実のごとく自心を知るなり」とあり、大日経疏では、佛を「如実知者」と称えている。(川澄祐勝)
 古来関東三不動の一つに挙げられるこの丈六不動三尊は総重量1100キロを超え、1000年ぶりに修復された。

四十肩2 
2007・4・12(木)
 「5月の半ばまでに何とかなりませんか?」と聞くと先生が「う~~ん、何ともいえない。とにかく痛いぐらいに動かすのがいい」との返事。今日はマッサージの道具が暖かいものに代わった。その上、唸るほど右腕を上に持ち上げられた。痛い思いをして「ありがとうございました」と言って治療のお礼を言う。理に合わない気がするが、自分の病気だから仕方がない。
 健康でないと楽しみは半減する。明日は公園の鉄棒にぶら下がってみようかな?

四十肩 
2007・4・11(水)
 去年の11月から右肩を痛めているが、スキーのストックワークには支障が無かったのでそのままにしていた。なかなか治らないので、近くの整骨院に通いだした。 
 春になったので、スキー以外のことで身体を動かしたいと思う。中断したゴルフでもと思ってスイングしたら、バックスイングで痛みが激しい。同じ右肩を痛めている知人はフォロースローで激痛が走る。SUは左利き、知人は右利きである。
 ところでスコアを競うゴルフからはリタイアしたので、ニューアルバの会のHP作成も第40回で中止した。これからは競わない勝手気ままに楽しむスポーツやゲームをするつもりだ。

イザベラとブレノ 
2007・4・10(火)
 近くで花見の宴をしていたブラジル人の子供、7歳のイザベラちゃんと5歳のブレノ君、食後の花見ならぬ「犬見??」なんどもやってきて、うららと一緒に遊ぶ。まだ日本語はあやふやだが、意思の疎通は十分できる。
 うららのリードを持って散歩したい二人に、ママがジャンケンで!というと「最初はグー」とはっきり言う。遊びの言葉はよく知っている。
 海蔵川の花見は国際色豊かだった。   花見

ミルちゃん 
2007・4・9(月)
 連れ合いのウノ仲間・Sさんの愛犬は生後3ヶ月の雄のシーズー、体重は2.2kgでうららより大きい。SU家に来て遊んでいるが、とても活発でうららを追い回す。うららは「人間」で犬嫌い、その上弱虫なので逃げ回る。軒を貸して母屋を取られたようなもの。昨日の写真、ミルから身体
を反らすうららを見て欲しい。
 それにしても花見客の多さや立派なテントにびっくりした。考えてみたら、花見を日曜にしたのは初めてだった。

   
         
 5人で花見(海蔵川) 2007・4・8(日) 
    

                 




 

冬が終わった? 
2007・4・7(土)
 スタッドレスタイヤをノーマルに換え、がーさんに借りていたスキー用キャリアを返してきた。彼に付けてもらったので、外すのも頼んだ。SU所有のマグネット式の丸型キャリア(2組)はスキー板を4セット積めるが、最近スキーの幅が広くなって、板によっては2本しか積めない。その点、この借りていたキャリアは6本積めて、スノーボードにも対応している。レンターカーを利用した志賀高原以外はこのキャリアのお世話になった。
 と言うことで、SUの車もやっと春モードになる。桜は満開、明日は海蔵川の桜をうららと見に行こう。でも、スキー場への道に雪は無く、最近のスキー板は短く、車内に積めるので・・・・・・

車の免許証更新 
2007・4・6(金)
 違反があったので津まで出かけて違反運転者講習(2時間)を受けてきた。ゴールド・5年から3年に格下げである。講習代も優良運転者講習より1000円高い。往復と受付時間を入れて4時間半かかる。講習内容はもっともなことだが、講師の慇懃無礼とまでは行かないが、変な丁寧語の連発と衣の下に隠した高圧的な態度には閉口した。
 シートベルト着用など、個人の領域まで介入し、何もかも法で縛りつけ、厳罰で処理しようと言う方向に日本の国がなりつつある。一つ一つを検証することなく、持ち上げるマスコミが余計に助長する。日本は住みにくくなったと一人嘆く。

共同掲示板(どんぐり) 
2007・4・5(木)
 掲示板の運営は難しい。運営内容に魅力が無いから投稿も少なくなる。わかっているが投稿が続かないと辛い。何度も廃止を考え、ひろさんと相談したがその度に続行しましょうで一致した。それに励ましてくれる仲間もいるからね。でも、投稿が続かないとやっぱり辛い。
 今日、スキーで友達になった「まさや君」(小学4年生)の投稿を貰った。とても嬉しくて「この掲示板に行くことを知らせてくれれば、実現するかも知れないね」と来年のことを書いてしまった。これに励まされて来年の冬休みまでは頑張って運営しよう。   マー君と滑る

花と人間 
2007・4・4(水)
 狭い中部公園の桜が見事に開き、三滝川堤防の花壇も花が美しく咲いている。我家の庭もチューリップが満開になった。物言わない美しい花たちは本当に心を和ませてくれる。
 それに引き換え、人の感情的な対立ほど醜いものは無い。「坊主憎けりゃ・・・」の人を正気にさせるのは難しいが、参加した人たちの賛同を得てなんとか仲裁し、組織の崩壊も止めてきた。人間とは厄介な生き物である。

不毛な対立 
2007・4・3(火)
 本業の組合で正副組合長が対立した。組合長が引退に追い込まれ、その間のいざこざもあって、副組合長が上部団体からの脱会を宣言した。不毛な対立からは何も生まれないばかりか、かえって組織崩壊の危機を招く。理事を辞任してから11年になるが、「お家の危機」に人肌脱がなければいけない。明日は総会、以下のような考えで仲裁に入る。果たして?
  上部団体(県、中部、全国)からの脱会は業界及び個々のお店の弱体化になります。
 「組合とは一人一人では力が弱い営業者が集まって、力を発揮し営業上の不安などを取り除き、十全な営業ができる手助けをするものです。業界をめぐる環境が安定している時は、その必要性が軽く見られがちですが、空気のような存在で、無ければたちまち困ることが沢山出てきます。・・・」

飛鳥園の二つの歌碑 
2007・4・2(月)
 会津八一「春日野のやどりにて」の歌碑が飛鳥園になぜ二つもあるのか疑問だった。いろいろの手違いで、飛鳥園で聞く機会が持てなかったが、鹿鳴人から届いた資料と写真で謎が氷解した。「春日野のやどりにて・解説」に追記した。なお、奈良には八一の歌碑が15ある。
    かすがの の よ を さむみ かも さをしか の
                まち の ちまた を なき わたり ゆく
    八一
 『・・・昭和四十九(七四)年、宿の裏の前栽に建てられた。・・・(田村きよのさんは)「歌碑の彫りが気に入らん」とつぶやく。・・・平成二(九〇)年一月一五日、洗面所前の坪庭に新碑が設置された。「会津先生が頭をひょいと下げて便所から出てきて楊枝(歯ブラシ)を使うてはった」場所である。きよのさんは平成十(九八)年に亡くなり、歌碑は東側の仏像写真ギャラリー飛鳥園(奈良市登大路)に移転された。』  (「会津八一と奈良 ㊥ 富田敏子」より)             

Yakoo!エコ発電 
2007・4・1(日)         
 一年前の記事だが、こんな素晴らしい実験が行われていた。これくらいのことで、地球にやさしく出来るなら是非参加したい。
パソコンから参加できるエコ、Yahoo!エコ発電。 あなたも参加しませんか? パソコンから参加できるエコ、Yahoo!エコ発電。 あなたも参加しませんか?
私たちが生活するうえで、どうしても必要な「電気」。その電気をつくるとき、地球にやさしくできないか? そんな問いから始まったYahoo!エコ発電が、ついに実験を開始しました。
ただ今、Yahoo!エコ発電では、皆さんの参加とご協力を得て、公開実験中。発電方法はいたって簡単、あなたのマウスをくるくる回すだけ。ほら、あなたの隣の人も、マウスをくるくる回していませんか?


inserted by FC2 system