8月の終わりに
 2005・8・31(水)
 夏休みとお盆があるせいで8月は家族や親戚、遠来の友人などと会うことが出来る。猛暑さえなければ楽しい月だ。
 とてもびっくりしたのは突然の衆院解散・総選挙、天才的な政治技術を持つコイズミさんのショーを圧倒されながら見ている。
 会話が継続する掲示板を作って欲しいと言う要望があったので、共同の掲示板を開始した。さてさて、うまく続くだろうか?

反故(ほご)
 2005・8・30(火)
 反故とは一度使って不用になった紙を裏返して使うことやこよりなどにすることを言い、書きそこなったりして不用になった紙そのもののことでもある。「残し置かじと思ふ反故など」〈徒然草・二九〉と古典に出ている。そうしたことから、役に立たないとして捨てることを「反故」にすると言うようになった。
 衆議院選挙が公示された。とても賑やかだが、選挙向けに主義主張をご都合主義で変える候補は信用できない。さらに、選挙後に公約をいとも簡単に「反故」にすることだけは無いようにと願っている。

伊藤涼太君
 2005・8・29(月)
 男子プロゴルフツアーで堂々6位になった彼をファンが取り囲んで動いた。「後を付いて来てくれるとアドレナリンが出る」と中学3年生のアマチュアとは思えないほどコメントも上手になった。「自信はついた。18歳までに優勝してプロに転向したい」と頼もしい。昔は日大ゴルフクラブが登竜門だったが、高校を飛び越して中学生が脚光を浴びる。女子プロ人気に対抗できる逸材に育つといいね。
 アルバの会のコンペ日程が決まった。へぼのSUと一緒にプレーしたい人、歓迎!

夏休み
 2005・8・28(日)
 暑さが和らぐと子供達の夏休みも終わりに近づく。昨夜は街の食べ物屋さんが、家族連れで賑わっていた。今日は最後の日曜日、三滝川で沢山の子供達が魚とりや川原でのゲームを楽しんでいる。汗を流してスケボーをする若者もいて賑やかなものだ。
 宿題はどうかな?と心配する。自分の子供に「宿題は7月中にしなさい、8月は自由だ!」と言って実行させながら、己の子供の頃はいつも8月の末にあたふたしていた。 

共同掲示板2
 2005・8・27(土)
 沢山の方の投稿とアクセスを頂いた。「常軌を逸脱しない自由な投稿」と銘打って開設したが、先行きはどうなっていくんだろうね?ちょっと心配だけど、常軌を逸脱しない程度の不真面目さといい加減さで望めば、何とかなるだろう、と居直っている今日なのです。
 共同掲示板、どうか勝手にぐるぐる廻ってくださいな!!

共同掲示板
 2005・8・26(金)
 新たに明日から共同掲示板を運営することになった。ポイントは2つ。
    ・どなたでも自由に投稿できるが、掲示板運営者が複数であること。
       (ナマケモノのSUが編み出した運営の手抜き)
    ・投稿、運営の基準は「常軌を逸脱しない」ことだけ。従って、
     一定の組織とかジャンルにこだわりません。

 沢山の方の参加を!楽しい会話を共有しましょう。

クリックを!
梓弓 2005・8・25(木)
 東京の法隆寺宝物館で撮った梓弓、
      八一と遠き聖徳太子の時代を偲びながら。

  みとらし の あづさ の まゆみ つる はけて 
                 ひきて かへらぬ いにしへ あはれ
   (八一

       (みとらしの梓の真弓弦はけて引きて帰らぬいにしへあはれ)

謀議
 2005・8・24(水)
 仲間でいろいろな計画をするが、何人もいるとなかなか日程が決まらないのが常だ。しかし「美味しい物を食べよう!」と言ったらすぐに集まった。遠方からのメンバーは、ホテルに宿を取ってまで来てくれたのは嬉しい。
 日頃、メールでのやり取りで、住んでいる地域に関係なく話が出来るが、全員集合して話せば話は早い。掲示板の共同運営、卓球会、旅行などなど。2次会はインターネット喫茶、大きい部屋を独占してがやがや、久しぶりのメルヘン会だった。

 2005・8・23(火)
 墓参りの時、田舎の庭からもぎ取ってきた小さな柿が、気がつくと黄色くなっている。8月も終わりに近づき、真夏の猛暑が嘘のように過ごしやすくなってきた。暑い時は部屋中の涼しい場所を選びながら移動して、じっとしていた子犬・うららが、元気に走り廻っている。
 まだまだ残暑が続くだろうが、確実に秋はそこまでやってきている。柿の実を色付けながら!

おまかせDJ
 2005・8・22(月)
 車にHDDナビを付けた。音楽CDから自動的に約2000曲をハードディスクに録音する機能があるものにした。「おまかせDJ」ボタンを押すとDJトークが始まり、取り込んだ曲からランダムに選んで再生してくれる。これだけでも驚いているが、DJが曲に合わせて山口百恵の曲をお送りしますと言ったのには一瞬耳を疑った。技術の進歩には目を見張るものがある。
  おまかせDJ
     HDDに録音されている曲を、季節・時間・ユーザーの好みなどシーンに合わせて10曲までを自動選曲し、
    まるで本物のDJが曲を紹介するかのようにトークを挟み込む。あらかじめ約300フレーズものDJトークを
    収録しており、これらをノリのいい気のきいたトークを入れながら再生する。日本語でのDJのみではあるが、
    オープニングと中間、そしてエンディングと3曲ごとにトークが挟み込まれる。

BLOG
 2005・8・21(日)
 友人ポンちゃんブログをGOOで開設した。おめでとう!利点はコメントとトラックバッグ(逆リンク)が出来ることだ。コメントを利用すれば、ホームページ上にメールアドレスを公開することによって起こる大量の迷惑メールを阻止できる。(一度アドレスを公開して利用されるとダメだけどね) 友人善啓さんもブログをYAHOOで展開中だが、YAHOOブログは時間によってアクセス時間がとても長い。YAHOOは改善を!
 ところで、SUもブログの実験のため独り言を転載していたが、初期の目的を達したのでそろそろ停止するつもりだ。ホームページ上にメールアドレスは上げたくないので、近々掲示板(共同)をアップして対話を広げようと思っている。

鳥取の創志君との関係は?
 2005・8・20(土)
 義姉がSUの奥さんに「創志君(姉の孫)は貴女からどういう親戚名になるんだろうね?」と言った。「はとこなどは知っているけど、聞いたこと無いね?」などと墓参りのときに話していた。
 その後、気になったので調べてみた。あったあった!甥・姪の子供のことを「姪孫(てっそん)」といい、男は「又甥(またおい)」女は「又姪(まためい)」と呼ぶ。創志君からは奥さんが「おおおば」となる。「おおばば」ではないよ!
 「おおおば」は「またおい」と毎日電話で話して孫のように可愛がっているが、自分にが出来たらどうなるのだろうね?

円空展
 2005・8・19(金)
 名古屋市博物館の円空展に出かけた。江戸時代前期に活躍し、12万体の仏像を彫ったという円空の作品はとても独創的だ。一刀彫という独特の彫りが、作品の個性を際立たせている。如来や観音などの仏像に必要なものはかすかな微笑だ。円空仏も荒々しい彫りでありながら独特の微笑をたたえている。
 飛鳥仏から現代仏までオーソドックスな仏像を追い求めてきたが、円空の個性あふれる作品に、ある種のショックを受けた。八一の歌う仏とは違う趣がある。
 
    はつなつ の かぜ と なりぬ と みほとけ は 
                 をゆび の うれ に ほの しらす らし 
  八一

埼玉から
 2005・8・18(木)
 同級生が親子で四日市に里帰りし我家に寄ってくれた。息子さんが今春就職した。おっとりとした長男だがさすがに社会人、仕事の内容を説明する時はきびきびしてたくましい。幼児のときから折々に会っているので子供だとばっかり思っていたが、その成長にはびっくりする。確かに、団塊の世代といわれるSU達はもうじき一線から退くのだから、これからを担う息子達の世代が成長しているのは当たり前だよね。
 埼玉と四日市を一泊だけで車で往復する。SUジュニア達も千葉と四日市を同じように車で往復した。若者のバイタリティは素晴らしい。

毎日新聞・記者の目(8月16日)
 2005・8・17(水)
 『戦後60年、「小泉翼賛政治」の亡霊』を社会部記者・牧太郎が書いている。昨今の新聞記者には珍しい骨太の記事である。少し長いがリンクをたどって読んでみていただきたい。記事を書いた記者の心情が書かれたページも同時に覗いてください。
 ワイドショーに代表される浅薄なマスコミ報道などから離れて、こうした主張と対峙し吟味する中で現状を判断していきたいものだ。
 記者は最後に「この国は危ない」と書く。多様な意見を圧倒的な権力で押し込めようとする社会では未来は暗い。過去の歴史はそれを教えている。

第三火曜日
 2005・8・16(火)
 今日は定休日独り言も御休み。

        靴ぬぎて ひとりたたずむ すすき野の
                    むこうは祖国 ふりむけば日本    李正子(いちょんじゃ)


終戦記念日
 2005・8・15(月)
 戦後生まれなので戦争は知らないが、戦争への反省から平和を大切にする時代に育った。廃墟広島の光景や放射線汚染による奇形児出産の映像を見たときの衝撃は未だにトラウマとして残っている。戦禍の惨たらしい写真を正視する事はとても出来ない。
 今日、コイズミさんは「二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意」を表明した。イラクに自衛隊を派遣し、憲法9条を変えようとするのは誰なのでしょうね!政治家の言葉と内実の相違を痛感する。お墓参りをする優しい心を持った人たちが、集団になるとどうして戦争などと言う惨い事が出来るのだろう。

督促状
 2005・8・14(日)
 大谷霊園にある墓地の草抜きの督促である。こんなに草が伸びていると市の担当者も困るよね。「お墓参り行った?」とぽんすけも今日叫んだ。はいはい!明日行きますよ。
 兄弟や息子達が遠方から寄ってきて一緒に墓参りをする。楽しみはその後の夕食、すでに義兄から焼肉の指示があった。はいはい!用意しておきますよ。
    あの世のじいさん、ばあさんへ!
           夕食をご一緒にどうですか!

手焼きせんべい
 2005・8・13(土)
 息子に 高山から「 お土産は、何がいいですか?」とメールさせた友人がせんべいを持ってやってきた。電車とバスを乗り継ぎ、新穂高温泉で2泊3日の夏休み家族旅行へ行っていたのだ。
 お土産の高山のせんべいを食べながら、30年ほど前に2人でロープウェイを降りて、西穂高へ行く山道を歩いた話などをしている。今、2枚目のせんべいに手を伸ばした。とても美味しい。

洗車
 2005・8・12(金)
 ・使ったものは元の位置に必ず戻す・不要なものを増やさない・捨てるを実行していると整理整頓は案外進むものだが、掃除は苦手、ほとんど奥さんやスタッフに頼っている。
 近々、車を身内に渡すので整理と掃除を迫られていた。ガソリンスタンドでお願いするという手があったので、早速出かけて洗車その他諸々を頼む。その間、涼しい部屋で高校野球を見ながら、新聞をたっぷり読んでいた。とても満足!ところが、ガソリンスタンドを出ると大粒の雨が降ってきた。夏は夕立があることを忘れていた。ショック!  うらら&ぽんすけ 

五百羅漢
 2005・8・11(木)
 久しぶりに菰野町竹成にある五百羅漢に立ち寄った。子供のころ、竹成でバスを降り父の実家がある永井村まで30分ほど歩いたものだ。当時、五百羅漢は単なる遊ぶところに過ぎなかったが、今はしみじみと羅漢さんの顔を眺めてしまう。15日は永井の墓に参る。

  五百羅漢
   
釈迦入滅後の第一回の経典結集(けつじゆう)、および第四回結集のときに集まったという五〇〇人の聖者。
  また、その像。五百阿羅漢。(yahoo辞書より)

イラク「命の水」支援
 2005・8・10(水)
 友人からの今日のメール 「バグダッドの子供を助けるために、私も送金します。あなたも協力してください。http://www.iraq-hope.net/water
 戦時下のイラクでは水と電気が不足し、バグダッドでも市内領域の50%で給水がストップしていると言う。日本の新聞もテレビも取り上げないこうした現実に、手を差し伸べる草の根の活動がある。
 アメリカの戦争を容認し、さらに自衛隊派遣で後押ししている日本が、こうした悲劇を作り出していることを一時たりとも忘れてはいけない。膨大な死傷者を出した60年前の戦争の反省が風化しつつある現状を憂う。

携帯メール
 2005・8・9(火)
 友人が新しい携帯を買った。メールの打ち方を知らないはずなのにメールが届いた。
高山についたばかりだけど、おやじは、もうベロンベロンです・・・。 追伸  お土産は、何がいいですか?」 頭のいい中学生の息子が打ったのだ。お母さんの写真まで添付してある。若い人の学習能力は素晴らしい。
 我々の年代では、もう新しいものをすばやく扱う力は乏しい。友人が息子にメールさせたように、優秀な者や熟練した者に依頼したりして頼る事が正解かもしれない。

びっくり解散
 2005・8・8(月)
 よもやと思ったが衆院解散になった。コイズミさんらしいと思うが、解散にはびっくりする。選挙を恐れて、郵政法案に反対ながら賛成票を入れた自民党衆議院議員の方にお気の毒と言いたい。選挙で国民の信を問うのはいいが、コイズミさんの強引な手法には驚く。力に頼る手法は何処かで必ず破綻する。自分のかかわる組織や身近なところでこんな乱暴な方法がまかり通れば、誰もが嫌になるだろう。急がなくても、先々郵政事業は民営化されるのに!
 自衛隊をイラクに派兵し、靖国参拝を強行し、挙句に憲法9条を骨抜きにし、平和国家・日本を形骸化させるコイズミさんには元々引退していただきたいと思っている。

四日市祭
 2005・8・7(日)
 祭から帰って昼寝をした創志君と義兄と3人で街へ出る。まずは諏訪公園の仲間の生ビール売り場へ。ただただ「ご苦労様!」と感謝する。
 その後、神社前の吉田ビルで手羽先を売る兄と神輿を担いでいる弟としばらくしゃべり、新道通りへ。八百八商店でみかんとバナナを頂いた。
 山車が集まるメイン会場にたどり着くと富田町の鯨船が豪快に練っている。寝起きの創志君はずっと機嫌が悪くおとなしい。
 帰路で創志君が踊りだす。ばあちゃんによると鯨船の時は怖くて静かにしていたようだ。

蟹釣り
 2005・8・6(土)
 創志君と子犬・うららを連れて、三滝川に弁慶蟹を釣りに出かけた。糸に餌を付けて吊り上げる。適当なものが無かったのでソーセージを付けたが、やわらかいので途中で蟹が落ちる。釣り糸で直接蟹を巻きつける方が簡単に取れた。創志君のばあちゃんを先頭に大人だけが熱中、子供達は三滝公園に行ってしまった。
 祭太鼓を聞きながら、のんびりとあの恐ろしい広島原爆投下の日を過ごす。
     原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ  兜太

祭囃子
 2005・8・5(金)
 午後PPSにいると創志君が四日市に着いたと電話あり。ところがアピタの5階・ゲームコーナー(創志流ではおもちゃの館)にいるから、来てと言う。アピタへ向かうと近鉄駅では諏訪太鼓の勇ましい音が聞こえてくる。祭では、商店街は神輿を担ぎ、仲間は諏訪公園で生ビール販売で得々商店街活動の資金稼ぎをする。皆さん、祭は諏訪公園で生ビールを!
 ゲームコーナーで童心に返って創志君と遊ぶ。4月から幼稚園に通っているからか、とても大人になった。SUは幼児が苦手だが、こうなるとお友達になれる。子犬のうららも逃げ回るのではないかと危惧していたが、SUのアドバイスでやさしく接するので二人はいい友達になった。明日はSaおじさんも一緒にみんなで祭に繰りだそう!

鳥取の創志君
 2005・8・4(木)
 明日おばあちゃんと2人で四日市にやって来る。両親からのメールによると『創志も3日前ぐらいから、リュックを背負っては、「カコおばちゃんのとこ行くんだ」と叫んでいます』とある。
 写真は一年前のもの、3歳半になった創志君が我家の子犬・うららとどう対面するか楽しみにしている。怖がるのか、いじめるのか?ちょうど四日市祭も見せてやれる。その上、帰りに岡山の「おもちゃの館」に行くと張り切っているそうだ。

サッカー東アジア大会(中国戦)
 2005・8・3(水)
 初戦の北朝鮮戦からメンバーをすべて入れ替えたジーコの采配にびっくりした。ふがいないレギュラーに活を入れるためかなと思ったが、ジーコはレギュラーの疲れを考えてと言っている。やっと2−2のドローにしたけど、負けていたらどう評価されるのかな?
 ところでプロ野球界は、わが横浜が首位を独走する阪神に2連勝、存在感をアピールしている。横浜球団で大魔神・佐々木が引退するのどうのとマスコミを賑わしているが、引退したほうがいい。クルーンの時代です。アメリカで挫折したときに引退すべきだったのだ。そうでなければ、マイナーから再出発する野茂のように現地で頑張ることだ。野茂は偉い。

謄写版
 2005・8・2(火)
 コピー機が廉価になる前は謄写版だった。これを購入するために初めてアルバイトをした。全国に散らばった仲の良い同級生五人の文書を刷るためだったが、作品は一回で頓挫した。
 群れたがらない一人が、一度みんなで会おうと言い出した。あれ?っと思ったが、彼の筋ジストロフィー症は徐々に進行している。 京都にいる仲間とは30年以上会っていない。彼の提案に乗るのもいいな!と思った。 

八朔(はっさく)粟餅
 2005・8・1(月)
 家人の好物、赤福の8月の朔日餅(ついたちもち)は八朔粟餅だった。八朔とは陰暦8月1日のこと。『五穀の中で一番早く稔るのが、あわ。その新あわをたべて、つヾく諸穀の豊穣を祈るのは、日本のずいぶん古くからのならわしのようです。私どもでも、毎年八月朔日「八朔もち」と呼ぶ、あわ餅をつくります』(赤福HPより)

 号の一つを八朔(郎)とした会津八一は8月1日生まれだった。こんな楽しい歌もある。
      痩かへる まけるな一茶 是にあり つきにひかへし 會津八朔
 

国立博物館・法隆寺宝物館
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