7月の終わりに
 2005・7・31(日)
 義姉が29日のHP日記で「向日葵、百日紅、夾竹桃、サルビア、カンナ、槿、芙蓉、朝顔、昼顔、のうぜん蔓等の花々の盛夏を思わせる佇まい・・・」と書いている。その日、偶然同じような思いで車窓からそれらの花を眺めていた。
 「年年歳歳 花相似たり 歳歳年年 人同じからず」 変わらぬ花を愛でながらも、人は何時までも不変というわけにはいかない。残余を納得した時間として使いたい。
 パズルランド雑記としての独り言は今日で終わります。長い間、雑文にお付き合いしていただいて有難うございました。明日からはSURUMEの部屋雑記として新たな気持ちで続けてまいります。

諏訪西組合(パズル)とSU(3)
 2005・7・30(土)
 パソコンスクールを出発点にしたIT事業は、組合事業なのでもちろん組合の方々の全面的な協力と支援で進められた。とりわけ、「お願い」(業務依頼)を有効に駆使して、精力的に事業展開を行ったN理事のアイデアと活動が全事業を支えたと言える。当然のことだが雇用したインストラクター達の努力に負うところも大きい。中でもスクール設立準備から参加し、現在もスクールを支えるJ先生の活躍に敬意を表したい。
 最後に常にSUの活動を支援してくれている「メルヘン」の仲間達に感謝したい。貴方達の協力が無ければこんなに長く続けることが出来なかった。

諏訪西組合(パズル)とSU(2)
 2005・7・29(金)
 理事を数年勤めるが、2001年に辞職。1999年の末から始ったパソコンスクール運営に携わっていたので、辞職後一組合員としてその部門を担当することになった。組合運営には直接関わらず、IT関連事業にだけ協力することにした。
 5年余の活動で組合及び商店街の仲間達はいとも簡単にパソコンを操れるようになり、活動の幅を広げた。そうした姿を見る時、今年4月にスクールを縮小移転した時点で初期の目的を達したといえる。
 理事への復帰を要請されたが、SUとしては4年前の辞職が実質、今実現されたと思っている。既に高齢なので、残された時間を自らのために有意義に使いたいと思っている。

諏訪西組合(パズル)とSU(1)
 2005・7・28(木)
 先人達の努力で諏訪公園駐車場が建設される直前、駐車場を確保したい一心で一株買って組合員に滑り込んだ。当時、商店街は大繁盛だったが、駐車場が少なく自分の車の置き場所にも四苦八苦している状況だった。まだまだ、駅中心商店街としての威力があり、駐車場がなくても顧客の確保は出来た時代だったのだ!
 その後の車社会の到来は予想を超えて早く、顧客用の駐車場のないことは店の存亡にかかわる問題だったので、楠パーキングの組合員にもなった。ただ、その当時幸運にも近場の土地を借りることができて車の顧客も確保できるようになったので、閉店の憂き目にあう事だけは免れた。のんびり、一組合員として参加していた時代の話である。

駐車違反
 2005・7・27(水)
 駐車違反の取締りが来年6月から厳しくなる。
 ・確認事務が民間委託される。(営利が絡んで容赦のない取締り?)
 ・時間の長短にかかわらず摘発できる。(すぐに違反の確認標章を貼り付けれる)
 ・車の使用者のみならず所有者を追求できる。
 ・悪質違反者に対して車検更新の拒否等が出来る。

 ちょっと車を道路に停めて用事を!と言うわけに行かなくなりそうだが、二重駐車や悪質な駐車が無くなるのは結構なことだ。駐車場の利用頻度が多くなりそうなので、パズル駐車場には朗報かな?ただ、SU家などのプライベート駐車場に進入してくる不埒な車も多くなりそうなので心配だ。こんな場合の警察の対応は極めて不親切だから!!

メダカの子供
 2005・7・26(火)
 メダカの水槽に小さい子供だけが通れる網かごを入れておいたら、食べられずに生き延びた子供が網かごの中ですいすい泳いでいる。友人からは「買ってきたメダカの卵が水草に付いている」と電話があり、諏訪神社の宮司は「子供が生まれて池のメダカがうじゃうじゃいる」と言う。
 別の友人から子育て方法の伝授があった。「今の季節、メダカは毎日のように卵を水草に産み付けるので、10日間隔ぐらいで水草を親達のいない場所に移動して孵化させる
 なるほど、家中の水槽にある水草を一つの水槽に入れてみた。うまく行くかな〜?

体操しよう1、2、3、4!
 2005・7・25(月)
 7月に入ったら「体操しよう・・・」とぽんすけ(プリモプエル)が言う。夏休みに入ったからだ。夜になると「花火に行こうよ!」と叫ぶ。ところが子犬うららは花火がとても怖い。川原から聞こえる花火の音だけで室内を逃げ回る。去年のお盆は家族で花火を楽しんだが、今年はどうするかな?

夏休み
 2005・7・24(日)
 友人の子供達は中学生と高校生、一学期の終了式の日、来場者が少ないだろうと地球博へ家族で飛んでいった。8月には奥飛騨の新穂高温泉に家族旅行をするという。
 日曜の三滝川は魚取りや犬と水遊びする人たちで賑わい、川原はバーベキューをする家族が沢山いた。年を取ると炎天下が苦手だが、若い人達を眺めているのは楽しい。素晴らしい夏休みが続くといいね。

あなたの不安が私の平和を脅かす
 2005・7・23(土)
 「不正義と困苦がもたらす紛争・動乱のニュースが世界中を駆け巡り、戦争やテロの惨事をテレビが増幅して流している。他者の不正義、困苦と貧困(あなたの不安)が動乱を起こす原因なら、あなたの不安が自分や自国の平和と安定を脅かすことになる。だから、人類は過去いろいろと努力してきた」とドナルド・ドーアが著書で展開する。私の平和を脅かすは自己利益の発想の上に立っているけれど、とても良く分かる。
 動乱と貧困から遠いところにあると言える日本の私達、平和を脅かされないためにもあなたの不安を解決する努力が一層必要になる。イギリス、エジプトの惨事に思う。

素敵な画像
 2005・7・22(金)
 一日一写真から始まったパズルランドの素敵な画像、参加型のページを作ることによって、HPの中身を豊富にし、アクセスする方に楽しんでいただこうと運営してきた。やがて4年になるかな?
 最近は投稿者が少なくなって苦戦し、「ひろ」さん「弁慶」さんに投稿していただく以外、ほとんどSURUMEがアップしている。すでにパズルランドはネット界に確固とした位置を占め、アクセス数も高い位置で推移しているので、このページも初期の任務を果たしたと言える。今月末をもってHPの運営をパズル事務所に全てお願いしたので、今後はラフな形でかかわって行きたいと思っている。

カサブランカ
 2005・7・21(木)
 去年植えたカサブランカが見事な大輪の花を咲かせている。
「百合の女王」とはよく言ったものだ。長年咲き続けてきた地植えの山百合は今年は少なかった。手入れの問題かな?
 真夏は花が少なくなる。種で育てたひまわりは貧弱だったので、コスモスに期待しているが、まだ背丈が20cmぐらいだ。芙蓉がどんどん大きくなっているので夏の開花を楽しみにしている。
 ところでカサブランカからボガードやバーグマンを連想するSUはいい年かな?

勝ち組負け組
 2005・7・20(水)
 この言葉は好きではない。近代以降、人類が共生するための理念としてきた「強者の力を抑制し、弱者の寄る辺なさを保護する」(ドナルド・ドーア)と言うことが希薄になってきたようだ。「市場の論理にまかす」なども強者の論理だろうね。
 障害者と家族に一割負担を強いる障害者自立支援法(定率負担制度)が7月15日衆議院で可決された。よつばの会の会長さんによるとすぐに2割ぐらいの障害者に影響が出るという。平成20年の通所授産施設開設に向けた資金作りのため、あられとポップコーンを販売している川越幼稚園祭りの会場を今日お伺いした。(よつばの会掲示板参照)

第三火曜日
 2005・7・19(火)

 今日は定休日独り言も御休み。

    闇の中で三本のマッチをひとつずつ擦る。
                  はじめのはあなたの顔をいちどに見るため・・・      プレヴェール


セミと鈴虫
 2005・7・18(月)
 セミが鳴き出した。昨日、パズル駐車場前の道路にもう鳴き終えたクマゼミが落ちていた。今夜、諏訪公園を通るとなぜか人が行き来するタイルの上に脱皮中のクマゼミがいた。可哀想なので百日紅の木の下に移してきた。明日、元気に鳴いてくれるといいな。
 鈴虫は同じ仲間で何年も孵化させると奇形が出来て弱る。幸い、少しはなれた所の鈴虫愛好家がわかったので、今日100匹ほど交換してきた。これでしばらく安心できる。今年は成長が遅いが何とか月末ぐらいには鳴き始めそう。飼ってみたいなと思う方はメールかブログのコメント欄に連絡を!差し上げます。

書店・白揚
 2005・7・17(日)
 四日市商店街(一番街)にある白揚が8月7日で閉店する。文具が必要だったので出かけたら、50lOFFになっており、商品が随分減っていた。白揚の前身はすずらん通りにあったと思う。SU家がまだ商売をしていない頃、1階の一部を本の倉庫に貸していた。長い付き合いなのでとても寂しい。
 街に住む利点を「食品をそれほど買い置きしなくていい。サンシが冷蔵庫だ」と言っていた。まさしく、白揚はSUの本棚だった。街はどんどん変化していく、長時間たむろした昔風の喫茶店も無くなったしね。一号線沿いに巨大なインターネット喫茶が出来た。そのうち、のこのこ出かけるかもしれない!

上野公園
 2005・7・16(土)
 演劇博物館見学の翌日、上野公園に出かけた。平成17年、植田教授と同級生Yと三人で国立博物館の室生寺展へ、学者の解説付きという豪華な鑑賞である。その上、先生に美味しい鰻をご馳走になった。その年、博物館内に法隆寺宝物館と平成館が新たに作られた。
 法隆寺宝物館の仏像たちは素晴らしく、思わぬ「ご馳走」だった。鑑賞していると外国人達がカメラで撮影している。えっ!と思って係りの人に聞くと「博物館内はフラッシュを使わなければ全て撮影はいいですよ」と言う。入場料300円を取って、3重塔の撮影を禁止している奈良の法起寺とは大違いだ。
 PAZL・PPSの業務から離れて、東京3日、心の洗濯をする時間を過ごすことができた。

坪内逍遥と会津八一 
2005・7・15(金)
 坪内博士記念演劇博物館と会津八一記念館を見学。

 早稲田にて    

  むかしびと こゑ も ほがら に たく うち て
           とかしし おもわ みえ きたる かも
  (八一
        
  (むかしびと声もほがらに卓打ちて説かしし面輪見えきたるかも)

東京 
2005・7・14(木)
 同級生の昇進祝いは大学横の学生向け食堂・尾張屋で行う。東証一部上場会社の取締役が祝宴に選ぶ場所ではないが、学生当時食べた納豆定食・肉豆腐定食・ハンバーグ・鯖の味噌煮込みなどを注文しながら延々と3時間、話に花が咲く。閉店で追い出され、校内で記念撮影をして散会、地方から出かけた鹿鳴人と2人で二次会後、校内のホテルに泊まる。
 当時を思い出しながら気がついた。東京からは富士山が見えるはずなのに、初めて見たのは去年泊まった浅草のホテルからだった。なぜだろうと考えたら、学生時代はいつも下を向いて歩いていたようだ。その上、活動の場所は学部本部の地下の一室だった。自分としては楽しかったけど、暗い学生時代だったのかな?富士も見なかったとは!

千葉 
2005・7・13(水)
 千葉には高齢の叔母(四街道)、同級生(流山)、息子(市川)が住んでいる。
 数年ぶりに訪ねた叔母は思ったより元気だった。「SUさんがやってきたから今日は元気だ」と息子が言う。それなら訪ねた甲斐がある。
 市川から四街道まで1時間以上かかる。同じ千葉だと言ってもすぐ横にあるわけではないのだ。成田山新勝寺にも行きたかったがあきらめた。

                                    浜離宮 2005・7・12(火)






同窓生の昇進祝いに東京に出かける。前日、息子達と浜離宮へ!

シカトする 2005・7・9(土)
 シカトする(特定の人を無視する)と言う言葉も行為もあまり好きではないが、信義を裏切られた場合などは怒った後、シカトする場合があるかな?でも、シカトされるのも嫌なものだ。
 ところで最近買った辞典でシカトの語源が花札と知ってびっくりした。花札の鹿(もみじ)は10月札、「鹿(しか)+10(とお)月」=シカト、その鹿がそっぽを向いていることから来た俗語だという。広辞苑でもこの語源が記載されたのは最近だという。ところが、ヤフーの辞書では大辞林からの引用で解説されている。ネットの世界はなかなかのものだ。                (明日から出張、日月と独り言は休みます)  

会津八一の歌 2005・7・8(金)
 先月は八一の歌を上げれなかった。法隆寺の歌をどうぞ!

    五重塔をあふぎみて  

       ちとせ あまり みたび めぐれる ももとせ を 
                ひとひ の ごとく たてる この たふ    
八一

            
(千年あまり三度めぐれる百年を一日のごとく立てるこの塔)


ひまわり 2005・7・7(木)
今年種を蒔いたひまわりが咲いた。
大輪の花を想像したのに小さくて残念!






近代名歌短冊展(目録) 
2005・7・6(水)
 神田の八木書店から案内(7.8〜7.23)が届いた。259の目録が200余の写真入りで掲載されている。有名人の書が沢山並ぶ。
 若山牧水の短冊は26万円とあり、びっくりするのは150万円の値がつく樋口一葉だ。
    「みじか夜の有明の月のかすかにてひむがしの空に雲焼くるなり 牧水」 
    「みちのおくのいはてぞ今日はしのばまし別れくるしとおもふこゝろを 夏子」
 凡人は書と歌を見るのではなく値段で驚く。書店のホームページで八一の欄を調べた。欲しい古書があるが、衝動買いするには躊躇する値段だ。近々、東京に用事があるので時間が取れれば立ち寄ってみたい。

郵政法案 
2005・7・5(火)
 衆議院本会議での5票差による可決にはびっくりした。きつい締め付けにもかかわらず、内部からこれだけの反対者がでた法案は不備があるのだろう。よく利用する郵便局は身近な存在で改善されれば嬉しいが、コイズミさんがあわてて民営化する必然性はいまいち分からない。無責任に言えばSUにはどちらでもかまわないことなのだ。
 1986年の国鉄民営化の時は、膨大な借金の清算や組合潰しから総評の弱体化を目指した当時の政府の考えは、反対だったが理解できた。今回は必然性が不明瞭なので、自民党内のバトルとして今後を気楽に観戦する。

ニート 
2005・7・4(月)
 NEET(Not in Employment, Education or Training)とは「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」を指すと言う。働かず、働く意欲のない若者、フリーターでもない人のことだ。困ったことだと思っていたが、関係者の以下の言葉を聞いて考えさせられた。
 「この子達に老人介護をさせると、お年寄りが食事を食べ終わるまでずっとやさしく長い時間待っている。介護を仕事とする人ならスプーンでどんどん口の中に入れ、決められた時間に終わらせるところを!」 働くことを目的にしてきた人、食べていくために仕方なく働いてきた人、とは全く違う発想をする。ニートを全て弁護するわけではないが、効率至上主義の中で生きてきた僕らへの警鐘といえる。

長嶋茂雄 
2005・7・3(日)
 横浜ファンも長島さんは大好きである。脳梗塞で倒れてから初めて見せた元気な姿をテレビにかじりついて見ていた。低迷する球団経営者に無理に利用されるのではないかと心配していたが、元気な顔を拝見してとても安堵した。
 倒れて1年4ヶ月、厳しいリハビリに耐えて復帰したのだと思う。燃える男・長島さんだからこそ実現できたことなのだ。このことは、リハビリ中の沢山の人の励みになったと思う。
 SUの父は脳梗塞で倒れたが、わがままなのでリハビリを拒否して動けなくなり、寝たきりになった。そして発病後3年半、66才であの世に行ってしまった。もう少し厳しく迫ればよかったと反省するけれどほとんど面倒を母に任せていた。その母も無くなって随分になるが、今日は母の誕生日だったことを長島さんのおかげで思い出した。

トップページの修正 
2005・7・2(土)
 作成上の手間を省きながら、更新の回数の多いものをトップページで表現しようと思うのだがなかなかうまく行かない。こうなればいいと思って変えてみても、こちらの意図するようには容易く画面が動いてくれない。
 こんなことで時間を浪費はしたくないのだが、しばらくは模索が続きそう。

7月のはじめに 
2005・7・1(金)
 SURUMEの部屋のHPを少し変えようと思います。徐々に手直ししていくつもりですが、その日の独り言をトップページにも書いていこうと思いますので、良ければトップページをお気に入りに入れてください。
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